永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(9)カタギ「津川静夫」さん殺害の背景 『週刊新潮』2016/3/10号

2016-03-20 | 死刑/重刑/生命犯

まもなく警視庁の“穴掘り”始まる 「津川静夫」さん殺害の背景〈永田町の黒幕を埋めた「死刑囚」の告白(9)〉
 死刑囚・矢野治(67)が告白した「もう一つの殺人」は、住吉会系の若頭から相談を受け、不動産業を営んでいた津川静夫さん(失踪時60歳)を殺害させた、というものだった。津川さんは1982年、小田急線伊勢原駅前に建つビルの土地を競売により転売目的で落札。“市が10億円で買い取る話が進んでいる”と周囲に語っていたという。ビル明け渡しのため、テナント、ビルオーナーを提訴し、会社の運転資金やビルの解体費用を求めて94年9月に1700万円の融資を受ける。歌舞伎町の金融業者を介して出会ったこの金主こそ、津川さん殺害の首謀者という住吉会系の若頭だった。
 ***
 この融資にあたり、若頭は津川さんから、担保として土地の権利証と印鑑証明書、それと同じ実印が押された委任状を差し出させていた。この3点セットがあれば、土地の所有権を移転することが可能になる。なお印鑑証明書の有効期限は発行から3カ月なので、期限切れが近づくごとに新しいものに差し換えさせていた。
「さらには、若頭が金を貸した事実の証拠として、融資の実行現場を写真撮影することも、津川さんは求められた」(津川さんの知人)
■さらなる巧妙なやり口
 そのうちの1枚が掲載のものだ。場所は都内のある司法書士事務所の一室。手前の椅子に腰かけた津川さんが、カメラのレンズの方を振り返っている。彼の前には1万円札の札束が積まれ、金額はしめて1500万円。撮影日は1994年9月14日となっている。
「こうした証拠写真を撮るのは、取り立ての激しい暴力団系の街金のやり口です」(不動産取引に詳しい司法書士)
 しかも、津川さんは、歌舞伎町の金融業者との間で、見せかけの土地の売買契約書まで作成させられていた。これをもとに、土地の登記に、売買予約を原因として、所有権移転請求権が設定されている。この権利は後に若頭に移った。話が複雑になってきたが、関係者が入り組んだ取引を解きほぐすように、解説する。
「金融業者は、津川さんに金主だけではなく、“土地の購入者も探してやる。市よりもっと高く買ってくれるやつがいる”などと言っていた。“ついては、自分が所有権を押さえていると言った方が、交渉しやすい。だから見せかけの売買契約書を作っておこう”と持ちかけたのです。彼は、津川さんを安心させるために、この土地の売買契約書は便宜上、作成するだけで、真正ではない、との確約書も作っていました。その後、“名目上の買い手を若頭にした方がより効果的だ”と言って、所有権移転請求権の権利者を若頭に代えたのです」
■“有効期限”1日前に
 3点セットを押さえられ、少しでも返済が滞れば、土地の権利を取り上げられてしまう。それどころか、1700万円の融資と引き換えに、売買契約書まで作られてしまった。仮装のものとはいえ、いつ何時、これをタテに強引に土地を奪われるやも知れない。津川さんには相当なプレッシャーがかかっていたはずだ。
 それでも彼は、借金の利子として毎月50万円を懸命に返済しつづけた。元金は減らないが、裁判で勝訴し、テナントやビルオーナーが立ち退けば、土地は高値で売れる。その暁に、一括して元金を清算しようという腹積もりだったという。
 そして96年7月18日、ついに最高裁で被告らの上告が棄却され、津川さんの勝訴が確定したのである。
「乾坤一擲の勝負に勝った」
 この時、彼は万感胸に迫り、こう思ったにちがいない。若頭に土地の購入者を探してもらわなくても、市がすでに購入を表明している。一方、意気揚々の津川さんを見た若頭の胸中には黒い思惑が渦巻いていたことだろう。彼の真の狙いは、金利を稼ぐことではなく、この土地を我が物にして、再開発に乗じ、大儲けを目論むことだったのだ。
 彼が手にしている津川さんの印鑑証明書の有効期限はひと月を切っていた。もはや津川さんが新たな証明書を差し出すこともあるまい。若頭が暴力装置のスイッチを押すまでに、さほどの時間はかからなかった。13年かけ、待ちに待って手に入れた判決からひと月も経たないうちに、津川さんは、葬り去られてしまったというのである。すぐさま若頭は権利証、印鑑証明書、委任状、売買契約書を行使し、土地の所有権を自分のものとした。その日は96年8月12日。津川さんが最後に差し出した印鑑証明書の有効期限が切れるわずか1日前のことだった。
■「骨だけでも帰ってきてほしい」
 当時、津川夫人の捜索願に基づき、捜査を展開した神奈川県警の元捜査一課幹部が事件を振り返り、嘆く。
「当然、この若頭が重要参考人として浮上し、事情聴取を行いました。しかし、津川さんの失踪時、警察官と一緒に居て、これ以上ないほど完璧なアリバイがあった。交友関係から、矢野治の存在も浮かび、事情を聴きましたが、結局、シラを切り通されてしまった……」
 矢野に命じられ遺棄を担った結城実氏(仮名)は、“大山に向かい、山の林道脇の雑木林に死体を埋めた”と本誌(「週刊新潮」)に語っている。
 津川夫人は悲痛な思いを明かす。
「伊勢原の山に埋められたのが本当なら、一日も早く掘り出してあげてほしい。骨だけでもいい。私の元に帰ってきてほしいんです」
 警視庁は、最初に告白した斎藤衛の案件より、結城氏の証言で遺体の発見が期待できそうな、津川さんの事件の捜査を優先するという。まもなく捜索のための穴掘りが始まろうとしている。
 ***
(10)へつづく
「特集 永田町の黒幕を埋めた『死刑囚』の告白 第3回 伊勢原駅前再開発『10億円利権』でカタギを手に掛けた」より
 週刊新潮 2016年3月10日号 掲載 ※この記事の内容は掲載当時のものです

 ◎上記事は[デイリー新潮]からの転載・引用です
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(10)警視庁が捜索を始めた死体遺棄場所『週刊新潮』2016/3/17号
永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(9)カタギ「津川静夫」さん殺害の背景 『週刊新潮』2016/3/10号
永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(8)10億円利権でカタギを手に掛けた 『週刊新潮』2016/3/10号
永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(7) 遺族証言と一致 実行犯・秘密の暴露『週刊新潮』2016/3/3号
永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(6)「斎藤衛」とは別の、もう一つの殺人『週刊新潮』2016/3/3号
永田町の黒幕「リュー一世(斉藤衛)」を埋めた矢野治死刑囚の告白(5)『週刊新潮』2016/3/3号
矢野治死刑囚の告白 (3)(4)結城実氏「リュー一世(斉藤衛)を遺棄した経緯」週刊新潮2016/2/25号
永田町の黒幕「リュー一世(斉藤衛)」を埋めた矢野治死刑囚の告白(1)(2) 週刊新潮2016/2/25号
「他の人物も殺害した」前橋スナック乱射事件の矢野治死刑囚が警視庁に文書提出 平成26/9/7付
.............


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。