産経ニュース 2015.10.24 05:39更新
【TPP日米協議舞台裏(上)】「こうなったのは誰のせいなんだ!」 激しく火花散らした甘利、フロマン両氏
TPP交渉で激しくぶつかり合った甘利TPP担当相(右)とフロマン米通商代表=1日、米アトランタ(共同)
環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉が大筋合意に達した今月5日。交渉参加12カ国の閣僚会合が行われた米アトランタのホテルの一室で、交渉責任者のTPP担当相、甘利明は米通商代表部(USTR)代表のフロマンとがっちりと握手し、互いの労をねぎらった。
「お互いに大変だったな…」
フロマンは大筋合意後の記者会見で、隣に座る甘利の空のグラスに自ら水を注ぎながら、謝意を示した。
ただ、その直前まで甘利は「もたもたせず各国と同時進行で調整を進めてくれ」とフロマンに厳しく注文を付け続けた。気を緩めれば、TPP交渉が漂流しかねなかったからだ。
実際、日本が正式参加した平成25年7月以降、甘利とフロマンのやり取りは、事務方が息をのむほど緊迫した場面の連続だった。
× × ×
「一体、こうなっているのは誰のせいなんだ!」
約3カ月前の7月31日。前回の閣僚会合が開かれた米ハワイのホテルの会議場に、甘利の怒声と「ダーーン!」というテーブルをたたく音が響きわたった。会場は一瞬にして静まり返る。前回会合で大筋合意が見送られた瞬間だった。
甘利はこの日、フロマンから何度も発言を求められたが、沈黙を続けていた。
フロマンは国内調整の遅れを理由にして譲歩案を示さず、なかなか交渉をまとめようとしない。難航する責任を日本に押しつけられかねなかったからだ。
会合の終盤、甘利は臨席の首席交渉官、鶴岡公二の制止も聞かず、沈黙を破って奇襲を仕掛けた。
「皆さん、今から重要なことをお話しします。聞いてください」
そう切り出すと、自動車分野などに関する日米協議の経緯を暴露した。
2国間協議の中身をさらけ出すのは異例のことだが、事前交渉の結果を閣僚会合の場で袖にするような米側の不誠実さを明らかにするためだった。そして声を荒らげ、テーブルをたたいた。
これまでも甘利とフロマンは水面下で情報戦、神経戦を繰り広げてきた。最大のヤマ場は昨年4月の米大統領、オバマの来日のときだった。
× × ×
甘利は昨年4月23日、オバマと首相、安倍晋三の首脳会談を前にしてフロマンと都内で閣僚協議を行ったが、接点は見いだせなかった。
同日深夜、甘利の携帯電話が鳴った。安倍からだった。
安倍「いま大統領と話したけど、豚肉関税の“落としどころ”はこんな感じじゃないの?」
甘利「その通りです」
安倍「じゃあ、その線でもう少しやってみて」
安倍は電話の直前まで来日したばかりのオバマと東京・銀座の老舗すし店で夕食をともにしていた。オバマはすしを味わうのもほどほどに、TPP日米協議の中身に踏み込んできた。
予想外の展開だったが、普段から「安倍(A)-甘利(A)ライン」で情報共有は密だった。安倍は協議で優位に立てる落としどころを直感したのだった。
甘利は電話を切ると、深夜にもかかわらず、フロマンとの協議を再開させる。オバマから引き出した安倍の案を伝えると、寝耳に水の提案だったのだろう、フロマンはたじろいだ。
フロマン「朝までとことんやろう!」
甘利「朝は天皇陛下が出席される大統領の歓迎式典がある。それでも協議を続けるの? (式典に出ないと)日本では不敬にあたるけど…」
翌24日午前3時になっても粘るフロマンに式典の重要性を諭しながら協議を打ち切った。疲れていたわけではない。ここで豚肉関税だけをまとめては協議全体として得策ではないと判断し、あえて細部を詰めなかったのだ。
日米最大の対立点だった豚肉の協議で、関税撤廃を強く迫る米国を相手に日本が落としどころを描くという、日本側に大きく流れを引き込んだ協議となった。
《高価格帯にかける4.3%の関税は10年目に撤廃し、低価格帯は1キロ482円の関税を10年目に50円に下げる。輸入量が跳ね上がったときに関税を引き上げる緊急輸入制限(セーフガード)を導入する》
最終決着した豚肉関税の仕組みは「A-Aライン」でつくった流れに沿ったものとなった。(敬称略)
◇
これまでのTPP交渉を主導してきたのが、参加国全体の経済規模の約8割を占める日本と米国だった。甘利、フロマン両氏は互いの国益をぶつけ合い、激しく火花を散らしてきた。2人の交渉の舞台裏を振り返る。
◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です
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2015.10.26 06:00更新
【TPP日米協議舞台裏(中)】「何しに来た!お引き取り願う」 甘利氏、更迭も覚悟 そのときフロマンが発した言葉とは…
難産の末に大筋合意した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)は今後、参加12カ国による各国内の批准プロセスに入る。これまでの日米協議では、日本の交渉責任者のTPP担当相、甘利明が「更迭」を覚悟したこともあった。
米ワシントンで昨年9月23、24両日に行われた米通商代表部(USTR)代表、フロマンとの日米閣僚協議。両国が対立していた農産品と自動車の分野で、甘利が譲歩案を提示したにもかかわらず、フロマンは歩み寄りの姿勢すら見せなかった。
「ふざけるな! そんな対応しかしないなら、もうやってられない」
甘利は席を蹴り、事務方を引き連れてそのまま帰国した。24日の協議が始まってわずか1時間。甘利は「交渉をまとめるには、歩み寄る姿勢が必要だ。今後の段取りは未定だ」と不満をぶちまけたが、亀裂は決定的になりかねなかった。
日米協議の頓挫は、年内の大筋合意を目指していたTPP交渉全体に大きく影響する。このとき、甘利は「決裂となれば、辞任しなければならない」と周囲に漏らしている。担当閣僚を更迭されることも覚悟した。
しかし、報告した首相の安倍晋三からは、思いもよらない言葉が返ってきた。
「甘利さん、それでいいんですよ。どんどんやってください。交渉は全て任せます」
× × ×
甘利がなぜ強気でいられるのか-。いぶかしがる米側は甘利周辺を徹底的に調査し、その言動を細かく分析するようになる。
米国は「甘利が激怒して部屋を出ていった当初、日米協議の行方をかなり心配していたが、数カ月たってから、あれは演技だったのではとみている」(元ホワイトハウス政策担当者)。
「甘利イコール安倍」であることを確信すると、甘利の発言に素早く反応するようになった。米側の変化に気付いた甘利は、フロマンとこんな会話もするようになる。
フロマン「あれもダメ、これもダメと言うが、TPPをまとめる気があるのか!?」
甘利「安倍政権の中で本気でまとめようとしているのは、俺と首相の2人だ。俺があきらめたら、そこでTPPは終わりだ」
フロマン「分かった。俺はもう甘利としか交渉はしない」
× × ×
今年4月20日。来日したフロマンと首相官邸近くの内閣府で行った日米閣僚協議は、目に見える成果が期待されていた。訪米する安倍と米大統領のオバマの首脳会談が1週間後の28日にセットされており、大筋合意に向けた発信が予定されていたからだ。ギリギリの状況の中での“直接対決”となったが、フロマンも簡単には妥協しない。
甘利「事務的に詰め切れていないのに、何をしに日本に来たんだ!」
フロマン「そうではない」
甘利「これ以上、閣僚同士で協議を続けても物別れだ。もうお引き取りいただいて結構だ」
ただ、日米同盟の重要性を認識する2人は、このタイミングで決裂することを回避する。のちにオバマが「中国のような国ではなく、われわれが世界経済のルールをつくる」と宣言したように、TPPは太平洋を取り巻く広大な経済圏をつくるだけでなく、対中外交・安全保障という政治的な側面があるからだった。
フロマン「いま、われわれはトップの意を受けてここにいるはずだ。もう少し最後の努力を続けてみないか?」
甘利「それもそうだ。続けることはやぶさかではない」
一進一退の攻防は翌21日の朝方まで約18時間に及んだ。甘利は自身のホームページで、フロマンとの日米閣僚協議について「穏やかにやっているうちは交渉は進まず、物別れ寸前になって道が開ける、の連続です」と振り返っている。
そんなフロマンの苦労を知っていたのか、オバマは日米首脳会談の際、安倍にこう耳打ちしたという。
「ミスター甘利は、なかなかタフネゴシエーターだな」
(敬称略)
(*タフ‐ネゴシエーター【tough negotiator】 手ごわい交渉相手)
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2015.10.27 12:00更新
【TPP日米協議舞台裏(下)】「米国の属国じゃない。対等だ!」 強気の甘利氏を支える「剛」と「柔」の官僚たち
環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉で、12番目の参加国となった日本。出遅れたため最も不利な立場だったことは疑う余地もない。それでもTPP担当相の甘利明が率いた「チーム甘利」と呼ばれる交渉団は、進化を遂げながら交渉全体の主導権を握るようになっていた。
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首相の安倍晋三が平成25年3月に政治決断し、TPP交渉への参加が決まる。甘利が最初に驚いたのは、米通商代表部(USTR)代表、フロマンの立場が想像以上に強かったことだ。閣僚会合でフロマンが一席ぶつと、他の閣僚はじっと下を向いていた。
フロマン「次の閣僚会合は、この辺りの日程でやりましょう」
他国の閣僚「その時期は大統領選があると前から伝えていたはずですよ」
フロマン「あなたは大統領選に関係ないでしょ!? 出馬しないですよね?」
次回会合の日程調整ですら、米国の威圧的な姿勢は変わらなかった。交渉力の源泉が経済力であることを再確認した甘利は腹をくくった。「米国に文句を言えるのは日本だけだ」
そんな甘利を支えたのが首席交渉官の鶴岡公二、首席交渉官代理の大江博らチーム甘利の官僚たちだった。
■ ■
鶴岡は安倍や副総理兼財務相の麻生太郎からの信頼も厚い。強引な性格で他国の交渉官らに「ミスター・デストロイヤー(破壊者)」と呼ばれた。
日本が参加した直後から、鶴岡らは新参者の日本の立場を覆し、交渉主導権を握ろうとした。政府TPP対策本部のメンバーが総出でそれまでの交渉内容を分析し、問題点や共通利益などを細かく洗い出した。
鶴岡は首席交渉官会合で、ときに数十分に及ぶ“独演会”を繰り広げ、納得できない提案は理詰めで論破。交渉全体をジリジリと日本に優位な環境に持ち込んでいった。英語が堪能な鶴岡は、甘利とフロマンの協議に同席すると「違う。正しく伝わらないぞ」と、通訳を修正することも度々。フロマンから「最もアロガンス(arrogance=傲慢)な男」と警戒されるようにもなった。
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“鶴岡スタイル”によって荒れた交渉を、せっせと整え日本への理解を求めるのが大江の役割だった。2人は外務省時代から接点が多く、息のあった「剛」と「柔」の役割分担で、コメや牛・豚肉など「聖域」とされた重要農産品5分野の関税について、日本の立場を説明してまわった。
大江は交渉責任者の甘利の許可もなく、「これが大臣の認識です」と交渉相手に耳打ちし、出方を探ることはしばしば。大江は「今日は甘利さんを利用させてもらいました」と、あっけらかんと事後報告した。
フロマンは、鶴岡や大江らを同席させず、甘利との直接協議を要求するようになった。1対1なら落とせる-と踏んだのかもしれない。ただ甘利もフロマンとの距離を慎重に測っていた。
フロマン「韓国は米韓FTA(自由貿易協定)でこの条件で了解した」
甘利「米国が韓国をどう思っているのか知らないが、日本は米国の属国じゃない! 日米は対等だ」
自動車協議では、米側に優位な協定内容とされる米韓FTAを引き合いに、フロマンが日本の市場開放を強行に迫ってきたが、甘利は毅然と切り返した。
チーム甘利は米国と対等に渡り合いながら、徐々にだがTPP交渉を大筋合意へ導いていった。(敬称略)
*この連載は大谷次郎、坂本一之、沢田大典が担当しました。
◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です
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