2008/10/25.Sat、某刑事施設の内部参観。
塵一つ落ちておらず、整然としている。
木工、金属、溶接等工場を見た。100人の受刑者を2名の刑務官が監督する。
浴室は広く明るい。75人が同時に入浴。
浴室を出たところに、一日の食事のサンプルが提示されてあった。メタボは心配ないメニュー。
体育館も、明るく、しっかりした造りである。「外部の人から『予想外に立派な体育館だ。罪を犯した人たちに、こんなに立派な体育館が宛がわれていいのか?』と批判を戴いたことがあるが、高齢受刑者増加に鑑み、できるだけ自分のことは自分で出来るように、との願いがあります。そのためには、体操や運動が必要なのです。O大学から医師が常時来ていますが、手術や入院の必要があれば刑務官が付いて(外へ)行きます」と話された。
「1016名を収容しています。生命犯もいます」と説明される。「生命犯とは、殺人の罪ですか」とお尋ねすると、「はい。殺人犯と言ってもよろしいのです」と。「生命犯」と「殺人犯」、行為は同じだけれど、私は「生命犯」という言葉をじっと考えずにはいられなかった。
「立派な体育館」についても、考えさせられた。生き様は異なっても、人は平等に歳を重ね、病を得ることも避けられない。身体に異状が現れたとき、過去をあげつらうのは如何なものか。一介の老人にすぎず病人にすぎぬ存在となった人に相応の手当てで応じるのが、人の道ではないか。目の前に倒れている人を見て、その過去を問い、救済か放置か判断・選択することが果たしてヒューマニズムだろうか。 60年余も前の話になるが、戦時にあって赤十字の旗を掲げた船は、敵もこれを攻撃しなかった。
http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/69da8d6c6982ee23761361e52b2ee619