〈来栖のつぶやき〉 ずっと気になっていた「付帯私訴」と「被害者参加」制度。裁判員参加と相まって、刑事裁判は感情横溢・報復の場に変容した感がある。
前月(2009年10月17日)、以下の「決定」。
◆初の裁判員裁判の被告に賠償命令--隣家女性殺害
全国初の裁判員裁判(8月3~6日)で審理され、隣家の女性に対する殺人罪で懲役15年の判決を受けた無職、藤井勝吉被告(72)=控訴中=に対し、東京地裁(秋葉康弘裁判長)は、損害賠償命令制度に基づき遺族に約4745万円を支払うよう命じる決定を出した。決定は9日付。刑事裁判で有罪判決を言い渡した裁判官が、引き続き被害者の賠償請求についても審理する制度で、遺族は7月、慰謝料など約5845万円の支払いを求めていた。【安高晋】
毎日新聞 2009年10月17日 12時49分
本件は初の裁判員裁判だったが、裁判員裁判の特徴よろしく審理は不十分、被告人の防御は守られておらず、判決自体にも問題を感じさせるものだった(被害者に落ち度が皆無というわけではなく、懲役15年を言い渡された被告人の年齢は72歳)。揚げ句の付帯私訴である。
被告人に賠償能力のないことは、裁判官にもわかっているはず。にもかかわらず、こういった判決文を書く。遺族感情をなだめようとの意図かもしれないが、形骸である。
けれども、言渡しを受ける被告人には、ずしりと堪えるのではないだろうか。情状を斟酌してもらえず、不当な量刑で片付けられ、その判決にのっとっての支払い命令である。そもそも本件被告人には、審理に際し代理人を選任する金もない。そういうなかで進められた。
刑事裁判は「被害者自身による報復や、被害者個人の損害回復のための制度ではなく、犯罪を抑止することと同時に犯罪を犯した人の改善更生を実現することを目的としている」。また、「被告人席に立たされた市民に対し、冤罪の危険を3度にわたってチェックするためである」が、被害者・裁判員参加制度導入以来、この原点が忘れられている。
参考;◆被害者参加制度
<法制審議会>被害者参加制度と付帯私訴制度導入 部会要綱
1月30日19時21分配信 毎日新聞
法制審議会(法相の諮問機関)の刑事法部会は30日、犯罪被害者が刑事裁判の公判に出席して被告への直接質問などができる「被害者参加制度」や、被害者が刑事裁判に併せて被告に損害賠償を請求できる「付帯私訴制度」の導入を柱とする要綱をまとめた。05年12月に閣議決定された犯罪被害者等基本計画に基づき、法務省が具体案の検討を諮問していた。政府は今国会に刑事訴訟法などの改正案を提出する。
被害者参加制度が導入されると、被害者や遺族、被害者の委託を受けた弁護士に(1)公判への出席(2)被告人質問(3)情状証人への尋問(4)検察官の論告に相当する最終意見陳述――などが新たに認められる。被害者側が、公判の進め方などについて検察官に意見を述べ、説明を受けることもできるようになる。
被告人質問は「被害者が意見陳述をするために必要な場合」に、証人尋問は「情状について証言の証明力を争う場合」に認め、被害者側は事前に検察官を通じて質問・尋問事項を明らかにする。また、処罰感情などを述べる従来の意見陳述に加えて、検察官の論告と同様に、被害者側が起訴事実の範囲内で事実関係や法律適用についての意見を述べられる最終意見陳述の手続きも新設する。
被害者参加制度の対象事件は▽殺人や傷害など故意の犯罪行為で人を死傷させた罪▽強制わいせつ、強姦(ごうかん)罪▽業務上過失致死傷罪▽略取、誘拐、人身売買罪――など。参加を希望する被害者は、検察官を通じて申し立て、裁判所が許可する。
一方、付帯私訴制度では、刑事の有罪判決が出た後に、同じ裁判官が引き続いて民事の審理を行う。口頭弁論を開く必要はなく、非公開の「審尋」と呼ばれる手続きも可能。4回以内の簡易・迅速な審理で賠償額を決定し、決定に不服がある当事者が異議を申し立てれれば、通常の民事訴訟に移行する。
刑事裁判の証拠を利用して損害賠償額を認定する付帯私訴制度は、被害者側の立証負担が軽くなる利点がある。対象事件は被害者参加制度とほぼ同じだが、業務上過失致死傷罪については、過失の割合などの審理が長引く恐れがあるため、対象から除外した。
要綱はこのほか、民事訴訟を起こすために必要な場合など「正当な理由がある場合」に限って被害者側に認めていた公判記録の閲覧・謄写の要件を緩和し「不当な理由である場合」以外は原則として認めた。また、性犯罪被害者らのプライバシーに配慮し、公開の法廷で氏名を明らかにしない措置を法律に明記する。【森本英彦】
◇要綱の骨子
・犯罪被害者や遺族に、公判への出席や被告人質問などを認める
・刑事裁判に併せて被害者側が損害賠償請求できる付帯私訴制度を導入
・被害者側による公判記録の閲覧・謄写を原則として認める
・性犯罪被害者らの氏名を公判で明らかにしない措置を法律で定める
最終更新:1月30日19時21分
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◆刑事裁判は誰のためにあるのか=裁判員の為ではなく被告人対し冤罪を3度に亘ってチェックする為だ
刑事裁判は誰のため【中日新聞を読んで】後藤昌弘(弁護士)
12日付の朝刊で、裁判員制度に関する司法研修所の報告書について報じられていた。控訴審については、裁判員が判断した1審判決を尊重し、破棄するのは例外的なケースに限るとある。
裁判員裁判は1審のみであり、控訴審では従来通り職業裁判官が審理する。この控訴審のあり方については従来、議論があった。控訴審で職業裁判官のみにより1審判決が安易に覆されるとなれば、市民の声は反映されにくくなる。市民の声を裁判に反映させることを目指す裁判員制度の趣旨からすれば、1審の裁判員による判断は尊重されなければならない、という意見があった。今回の報告書はこの意見を採りいれたものである。
ここで考える必要があるのは「刑事裁判は誰のためにあるのか」である。裁判員になる市民のためではない。被告人席に立たされた市民に対し、冤罪の危険を3度にわたってチェックするためである。「疑わしきは罰せず」という言葉も、冤罪を防ぐという究極の目的があるからである。だとすれば、有罪・無罪にかかわらず裁判員の意見を尊重する、という今回の方向性が正しいものとは思えない。市民が無罪としたものを覆すことは許されないとしても、事実認定や量刑について問題がある場合にまで「市民の声」ということで認めてしまうのであれば、控訴審は無きに等しいものになる。しかも、被告人には裁判員裁判を拒否する権利はないのである。
今回の運用について、検察官控訴に対してのみ適用するのなら理解できる(そうした立法例もあると聞く)。しかし結論にかかわらず一律運用されるとすれば、裁判員裁判制度は刑事被告人の権利などを定めた憲法に違反すると思う。今更やめられないとの声はあろうが、後で後悔するのは被告人席に立つ国民である。改めることを躊躇うべきではない。2008/11/16中日新聞朝刊
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司法研「二審は裁判員判断尊重」
2008年11月12日 中日新聞朝刊
来年5月に始まる裁判員制度で、焦点になっていた控訴審のあり方について、最高裁司法研修所は11日、「国民の視点、感覚などが反映された結果をできる限り尊重しつつ審査に当たる必要がある」との原則を示し、1審判決を破棄するのは例外的なケースに限るとする研究報告書を発表した。
国民の社会常識を反映させる制度の理念に沿った基準で、報告書に拘束力はないが、裁判官の実務の指針になるとみられる。
裁判員裁判は1審に限って導入され、高裁が審理する2審は職業裁判官が担当する。
報告書は、裁判員が関与した1審判決を控訴審が破棄できる例外的なケースの条件として(1)争点や証拠の整理が不適切で事実を誤認している(2)結論に重大な影響を及ぼすことが明らかな証拠を調べていない(3)証人や被告の供述の信用性の判断が、客観的な証拠と明らかに矛盾している-などの基準を挙げた。
量刑も「よほど不合理なことが明らかな場合を除き、1審判断を尊重する」との方向性を示した。死刑と無期懲役で1、2審の結論が分かれることが予想される場合にどのような考え方をとるべきかは、「なお慎重な検討を要する」と記すにとどめた。
また、精神鑑定について、報告書は「責任能力の有無の結論に直結するような意見や、心神喪失などの用語を用いた法律判断の明示を避けるべきだ」として、裁判員の判断に必要以上の影響を与える記述を排除することを求めた。
鑑定医は精神障害の有無や程度という医学的な所見などに限り意見を出すべきだと判断。複数回の鑑定を可能な限り防ぎ、公判開始後の再鑑定を避ける-などを課題に挙げている。