「緋の河」 …「生まれつき」に小賢しい是非を言わず なにがあっても死ぬようなことはいけないよ 2018/9/6

2018-09-06 | 日録

緋の河<249> 
 桜木紫乃作 赤津ミワコ画
2018/9/6  中日新聞 夕刊
「ヒデ、お前は自分の好きな道を行きなさい。世の中こんなに人がいっぱいいる。どんなふうに生まれつくかなんて、本人にだってわからないだろうさ。けれど、なにがあっても死ぬようなことはいけないよ」
 章子が声を殺して泣いていた。握りしめた両手が、膝の上で青白い。記憶の端をリリーが通りすぎる。姉はいま、秀男のぶんも泣いてくれているのだった。
「ショコちゃん、これがお別れじゃないわ。あたし必ず一人前になる。いつか必ず、かあさんとショコちゃんにいい着物を贈るわ」
 ふたりは同時に首を横に振った。何から何まで、母と姉はそっくりだ。母の弟が秀男と同じ心を持っていたというのなら、良縁も苦痛だったろう。生まれ育った土地から離れることも出来ず、思うことを口にも出せないまま、果たしてこのちぐはぐな心のかたちは死ぬようなことだろうかと秀男は思う。
 死を選ぶくらいなら---あたしは誰に何を言われようと生きる方法を探す。
「かあさん、あたしはこのとおりどうしょうもない馬鹿だけれど、死んで咲く花なんかどこにもないってことだけはわかる」

  

 あたしには、わかるのよ---
 マツがひとつ大きく頷いた。
 (中略)
「ヒデ坊、たまには手紙をちょうだい。居所だけはちゃんと報せてほしいの。年に一度でも顔が見られたなら嬉しい。わたしも、ヒデ坊にしか話せないこと本当はいっぱいあるの。手紙を書かせて」
「わかった、あたしもショコちゃんには本当のことを報せるわ。笑えるようなことがたくさんあるよう、祈ってて。あたしはどこへ行っても元気。とうさんとかあさんのこと、ごめんね。仕送りできるようがんばるから。富男と福子にも、ちゃんとお小遣いを送る」
 出発の日になっても、父はひとことも秀男のことに触れなかった。もう捜索願は出ない。今度はノブヨも笑って送り出してくれた。
 笑顔で別れるために、2度も家出が必要になるとは思わなかった。
 3月---章子が高校を卒業すると同時に、秀男は再び家を出た。捜索願が出されない旅立ちは、まだ冬場の冷たさを残している。母が持たせてくれたおにぎりの袋には、いつか仏壇に置いた2万円が手つかずで入っていた。文次が旅立った日によく似た風が吹いていた。
 ◎ 書き写し(=来栖)
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〈来栖の独白〉
 愛おしい人、その人を尊重する。「生まれつき」に小賢しい是非を言わず、生存を尊び、一緒に居ることを願う。
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*  叔父を同性愛者としてもってくる才筆「緋の河」  こういう、常識の狭間に苦しむ人をこそ救わねばならないのに、聖書は。
私の実質人生は終わっている。 夕刊は「緋の河」を読む。 〈来栖の独白 2018.9.5〉
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