叔父を同性愛者としてもってくる才筆「緋の河」  こういう、常識の狭間に苦しむ人をこそ救わねばならないのに、聖書は。

2018-09-06 | 日録

緋の河<248> 
2018/9/5 夕刊
 母に弟がいたというのは初耳だった。母が自分の実家の話をしたのもこれが初めてだ。幼いころのことも口に出さず、今と明日を生きている母だった。弟がいたことも、その写真を仏壇に忍ばせていたことも知らなかった。章子が二枚の写真を見て、ぽつりと言った。
「きれいなひと」
 母がうんうんと頷き、少し誇らしげな表情になった。
「あんまり裕福な家でもなかったけれど、この子はちいさいときからお花を生けたり踊ったりというのが好きでねえ。親にはちょっと疎まれながら育ったけれども、素直で優しい子だったんだ」
 マツは日本海側の雪深い街で、商人の子として育ったという。鰊(にしん)漁や酒蔵のある土地には、三味線や踊りといった花柳界のお師匠さんも多かった。
「華道の師匠がこの子をえらく気に入って、ずいぶん可愛がってもらってた。10人もいる子供らの、わたしらは最後のふたりだったから、お前と章子みたいにとても仲が良かったんだよ」

  

 華道の師匠が弟の筋を褒め、ぜひとも娘の婿にと申し出た際、家の者は願ってもないご縁と喜んだ。姉のマツも時次郎との縁談がまとまったころのことだった。
「地元の名士でもあるお師匠さんのところに入り婿が決まったっていうのに---」
 弟は夕暮れ時の上り列車に飛び込んだ。誰もがその死を不思議がったが、心を病んでいたのではという想像で彼の死を着地させた。実弟の喪の明けを待って嫁に出たマツは、夫時次郎が釧路の勤め先を得てから実家には帰っていなかった。
 秀男はその存在も知らずにいた叔父の写真に、ひとつの答えを見た。
「かあさん、おじさんってあたしによく似てなかった?」
 マツは唇の両端を持ち上げて「うん」と頷いた。嚙んで砕いて、更に言葉を嚙みながらマツが言う。
「誰がというよりも、女の人と結婚しなけりゃならないことがつらかったんだ。誰にも言えなくて、さぞ苦しかったんだと思うんだよ」
 マツは実弟がそうした心を持って生まれついたことを、うすうすだが気付いていた。ひとつ納得の息を吐き、「だから」と続けた。

 ◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
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〈来栖の独白 2018.9.6 Thu〉
 予想通りの展開の「緋の河」。それ故、愛おしさがこみ上げる。秀男の叔父を同性愛者としてもってくる桜木紫乃さん。そうすることで母親マツに秀男への愛を語らせ、同性愛の是非などという議論を低劣なものとして、読者に退けさせる。人間にとって、同性愛の是非など、どうでもよいのである。生きることだ、と云う。並の書き手ではない。
 この「叔父」は、どれほど苦しんだことだろう。この苦しみは、しかし、聖書は救ってはくれなかった。こういう、言うに云われぬ常識の狭間に苦しむ人をこそ、救わねばならないのに。こういう、常識からこぼれた人をこそ救うのが聖書の筈なのに。
 狭間に苦しむ人がいる。この世の実相か・・・。

創世記 1:26-27
26 神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。
27 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。
28 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。

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私の実質人生は終わっている。 夕刊は「緋の河」を読む。 〈来栖の独白 2018.9.5〉

  

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