甲府市殺人放火事件でも控訴取り下げ
…座間9人殺害事件の弁護士が語る「死刑を選んだ死刑囚」の心理
甲府市で好意を寄せていた女性の両親を殺害し、住宅に放火したなどの罪に問われていた、犯行当時19歳だった遠藤裕喜死刑囚(21)の死刑が2月2日に確定した。遠藤死刑囚は弁護士が行った控訴を自ら取り下げたことで死刑が確定したが、その理由として「生きることを諦めている」などと語ったと報じられている。死刑判決が下った本人が控訴を取り下げたケースは、大阪教育大付属池田小事件や相模原障害者殺傷事件などいくつかあるが、「死刑を選んだ死刑囚」の心理とはいかなるものなのか。死刑囚と対話を重ねてきた教誨(きょうかい)師や、神奈川・座間9人殺害事件を担当した弁護士を取材した。
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座間9人殺害事件の白石隆浩死刑囚(33)は、SNSで知り合った女性たちを「一緒に自殺しよう」などと自宅アパートに誘い込み、性的暴行を加えたり金品を奪ったりした後に殺害した。2020年12月、東京地裁が下した判決は死刑。弁護人は控訴したものの、白石死刑囚がそれを取り下げたことから、翌21年1月に死刑が確定した。
白石死刑囚の主任弁護人だった大森顕さん(52)によると、白石死刑囚の意向は当初から一貫していたという。 「『裁判では検察と争わないでほしい、証拠関係はすべて同意してほしい、死刑になっても構わない』と言われました。私は知恵を絞って、『日本では他人の自殺を手助けすることは犯罪とされている。依頼人が死刑になっても構わないという弁護活動をするのは、どうしてもしたくないんです』などと何度も説得を試みましたが、白石さんの考えは1ミリも変わりませんでした」
■白石死刑囚との「対立」
実は白石死刑囚についた弁護士は、大森さんで3人目。前任の2人は、裁判で不利にならないよう取り調べでの黙秘を勧めた結果、白石死刑囚に「自分の意に沿わない」とみなされて解任されていた。そこで大森さんは、いったんは白石死刑囚の要求をのんだふりをして、法廷では死刑回避に向けて争うことにした。数々の開示証拠を確認した結果、被害者の同意の上で殺害した「承諾殺人罪」を主張する方針を決めた。
本来弁護士は、依頼人の主張に沿った弁護をすることが大原則だ。依頼人が無実を訴えていれば無罪になるよう、罪を認めていれば少しでも刑が軽くなるよう、手を尽くす。
だが大森さんは、「死刑判決が予想される事件は、究極の例外だと考えている」と話す。
「もし判決後に新たな真実が発覚したとしても、死刑が執行されていたら取り返しがつきません。また、弁護人が『争ったところでどうせ有罪になる』と諦めたことで、冤罪が生み出されてきた例もある。人の命を奪う死刑判決は、高裁と最高裁でも慎重な審理が尽くされるべきです」
公判前整理手続きで大森さんの弁護方針を知った白石死刑囚は、「どういうことですか!」と怒りをあらわにした。これまで冷静沈着で紳士的な態度を崩さなかった白石死刑囚が、初めて感情を高ぶらせた瞬間だった。以降、大森さんの接見には応じなくなっていった。
対立を解消できぬまま公判が始まると、白石死刑囚は弁護側からの質問には黙秘し、代わりに検察側からの質問には素直に応じた。そして初公判から2カ月半後の20年12月15日、死刑判決が言い渡された。弁護人の控訴申し立てを3日後に取り下げた白石死刑囚は、控訴期限1日前に接見した大森さんの「本当にいいんですか?」という問いかけに、迷いなく「いいです」と即答したという。
■“常識”がまったく通じなかった
死刑が確定した瞬間の胸の内を、大森さんはこう振り返る。
「3年間死力を尽くして、やるべきことはすべてやったので、後悔はありませんでした。ただ、真実解明の道が途絶えたことには、なんとも言えない気持ちになりました」
白石死刑囚には、“常識”がまったく通じなかった。9人を手にかけた理由は、「楽をしてお金を稼いで、性欲も満たしたかったから」。大森さんが「普通そんな理由で人を殺しますか?」と尋ねても、「(警察に)見つからないと思ったので」と、どうにもかみ合わない。
裁判で争わない理由を「起訴内容はすべて事実なので」としか説明しない白石死刑囚の姿に、死刑制度を使った自殺が目的の可能性を考えたこともあった。しかし本人は、「死刑で構わない」とは言っても、「死刑になりたい」という言葉は一度も口にしなかったといい、「白石さんの心の奥に何があったのか、今も分からないままです」(大森さん)。
一方、東京拘置所や府中刑務所で教誨師を務めるハビエル・ガラルダ神父(92)によると、死刑囚が死刑に抵抗感を抱かないというのは非常に珍しいケースだという。ガラルダさんは、これまで担当した6人の死刑囚の姿をこう振り返る。
「死刑囚になるとずっと一人で、誰かと話すことはほとんどできない。とてもつらい状況です。でも、みなさん少しでも希望を見つけて、生きようとしていた。ある人は、『ガラルダ神父と月に1回話せることが今の希望』と言っていました。ある人は、『私は感謝しながら生きることにしたよ。だって歩けるし寝られるし、新聞を読んでラジオだって聞けるし、できることはたくさんある』と言っていました。ある人は、『私は灯台です。私の姿を知った若者たちに、悪いことをしてはいけない、こういう生き方に近づいてはいけないと思ってもらうことが、私の生きる意味です』と話していましたが、執行前に病気で亡くなりました」
■頭に布をかぶせられ連れて行かれた
死刑への恐怖を口にする人はいなかったが、ガラルダさんはかつて刑務官から、「朝に人が来ると、執行されるのかと死刑囚たちが緊張するので、面会は午後にして下さい」と言われたという。
担当している死刑囚の死刑が執行される前日には、拘置所から「明日の朝、来ていただけませんか?」と電話がかかってくる。ガラルダさんは、10年以上前、中年の男性死刑囚と執行直前に面会した時の様子を話してくれた。 「彼はすごく落ち着いていました。まずミサをして彼自身が聖書を朗読した後、5分間だけ話ができた。私が『死は永遠の命への門で、死ぬ時はキリストのところに迎えてもらえる』と伝えると、彼はうなずいて聞いていました。そして『ありがとうございます。赦してください』と言いました。その後メガネを後ろから取られて、頭に布をかぶせられて、ドアの向こうへ連れて行かれた。しばらくして彼の遺体が運ばれてきて、簡単な葬儀をしたのですが、申し訳ない気持ちからか、遺体に近寄ろうとしない職員もいました。法務大臣が死刑執行のハンコを押すのは簡単かもしれませんが、刑務官で、自ら望んで死刑囚を手にかける人はいません。私は、死刑制度がなくなる日が来ればいいと思っています」
座間9人殺害事件の白石死刑囚は今、東京拘置所で執行までの日々を過ごしている。前出の大森さんは、担当弁護士という立場でなくなってからも半年に1度、面会に足を運んでいるという。 「面会では、白石さんが最近読んだ画集の話とか、他愛もない話をします。でも20分間の会話も難しいほど体力が落ちているようで、途中で机に伏せてしまうこともあります。白石さんが、今更自分の本心を話してくれるとは思っていません。でも、面会できる民間人が5人に制限されている中で、なぜか自分の名前をリストに入れてくれた以上、会いに行かなきゃという気持ちになるんですよね」(大森さん) “死刑を選んだ死刑囚”という特殊な存在に、大森さんは今も向き合い続けている。 (AERA dot.編集部・大谷百合絵)
◎上記事は[Yahoo!JAPAN ニュース]からの転載・引用です