尖閣危機「石原都知事が引き金」は思うツボ 反日デモは戦前から

2012-10-22 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉

尖閣危機 「石原都知事が引き金」は思うツボ 反日デモは戦前から
WEDGE11月号特集

2012年10月22日(Mon)中西輝政(京都大学教授)
 この20年、日本人の多くが、中国に対する誤った想念に衝き動かされてきた。今回の尖閣危機を契機に、日本はチャイナ・リスクを強く再認識し、 実効支配強化へ向けた計画と備えを行うとともに、安全保障体制の強化が必要だ。
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 日中間の目下の尖閣危機について奇妙なことが起こっている。それはあの激発的な反日暴動が中国全土で荒れ狂った直後から、日本国内で「折角、現状凍結で棚上げされてきた尖閣問題だったのに、日本政府が9月11日に行った国有化の決定が今回の大きな騒動を引き起こしたのだ」という見方がマスコミでも広く流布され始めたことだ。中国政府も同様のことを言っているが、これは明らかに事実に反している。
  たとえばここに今年の3月17日付の新聞報道がある(『産経新聞』同日)。それによると前日の3月16日、尖閣諸島の久場島沖で中国の国家海洋局所属の大型で最新鋭の海洋監視船「海監50」と他1隻の中国の公船が日本の領海内を航行しているのを海上保安庁の巡視船が発見し警告したところ、「海監50」は「(尖閣諸島の)魚釣島を含むその他の島は中国の領土だ」と応答し、逆に日本側に退去を要求し、数時間にわたり日本の領海と接続水域を“巡回”した、と報じられている。このようなあからさまな中国の挑発行為は初めてのことと言ってよい。
  周知の通り、日本政府の公船による海上からの巡視は1972年の沖縄返還(と同年秋の日中国交正常化)以来、ずっと行われてきたことだ。「今回どちらが先に現状凍結を破ったか」と問われれば、答は明らかであろう。さらに、8月15日には「香港の活動家」を使った強行上陸も行われていた。昨年の「3・11」以来、中国側の尖閣周辺での行動は急速にキナ臭さを増してきていた。こうした一連の流れの中で、4月16日の東京都の石原慎太郎都知事による「尖閣購入」の意思表明があったのである。
  そもそも78年の小平の「棚上げ」発言の十余年後(92年)、中国は「領海法」を制定し一方的に「尖閣諸島は中国領土」と規定、「棚上げ」を自ら放棄していたのである。
  それにしても、なぜ今回、「日本による国有化が引き金を引いた」とか「都知事の提案が火を付けた」といった事実に反する評論が日本のメディアなどで語られ始めているのだろう。誠に奇妙な光景、と言うしかない。中国による対日世論工作があったのかもしれないが、もっと深い要因に目を向ける必要もある。
 ■丹羽前中国大使の
中国観
  「東京都が尖閣諸島を購入すれば日中関係はきわめて重大な危機に陥る」と6月7日付の英紙『フィナンシャル・タイムズ』のインタビューで発言した丹羽宇一郎駐中国大使。その中国観を窺わせる発言があった。そして、この「奇妙な光景」も、そうした中国観に由来しているところ大と言えるのである。作家の深田祐介氏によれば、大使就任の前に丹羽氏に取材した際、同氏は自信に満ちてこう明言したという。「将来は大中華圏の時代が到来します」「日本は中国の属国として生きていけばいいのです」「それが日本が幸福かつ安全に生きる道です」(『WILL』2012年7月号)。
 日中の紛争は「全て日本側が折れるしかない」、なぜなら、いずれ「中国の属国」になるのだから、という点ではこの2つの発言には論理の整合性はあるわけである。
  しかし、ここまで極端な表現をとらないとしても、こうした丹羽氏の発言と内心同じようなことを思っている人々は、実は日本の政界、経済界、マスコミを中心に結構多い。あたかもヨーロッパ大陸の国家群がEUを形成したように、中国と日本も簡単に市場統合できる、さらには1つの共同体を形成できると、考えているのかもしれない。
  まず、そもそも現在の中国という存在が、「大中華圏」という世界史的な枠組にまでスムーズに自らを発展させられる可能性が果たしてあるのか。甚だ疑問と言える。この「大中華圏」論は一時の風潮に影響された根拠に乏しい趨勢論と言うしかない。
  とはいえ、この20年、たしかに日本人の多くが、この誤った想念に衝き動かされてきたところがある。なるほど、この20年、中国は急激な経済成長を果たしたが、かつて日本にもそんな時代があったし、勿論、欧米先進国の多くはそれ以前にもっとめざましい時代を経験した。どうして中国だけが、今後も「永遠の成長」を約束されていると言えるのか。
  しかし全く根拠なく喧伝され、それに踊らされてきたのが、この20年の日本の経済界でありメディアの姿だったと言うしかない。そのことが早くも露呈してきたのが現在の中国経済の変調と政治・社会の大いに危うい情勢の到来である。
  そもそも、彼の国の経済が順調に発展しようが、崩れてしまおうが、いずれであっても、中国は、日本が一緒になれるような国ではない。そんなことは今回の暴動を見るまでもなく、中国史や近代世界の文明史を少し知っていれば、誰でもわかったことではないだろうか。今こそこのような誤った中国観を見直し、あくまで事実に基づいて、堅実な姿勢で、彼の国を見つめ直し対処していくことが求められている。
  今や中国は「反日」以外に体制を支えるイデオロギーを失い、国内では政府や官僚の腐敗が極限まで進み、貧富の格差が不可逆的に広がり、明らかに体制崩壊の道を辿っている。経済も海外への依存が高過ぎるため、今や大変脆弱性を増し、すでに欧州債務危機の影響を色濃く受けている。さらにチベットやウイグルなど周辺民族との紛争や国内の深刻な人権問題を抱え、いつまで経っても真の民主化を果たせずにいる。この現状を考えれば、中国には分裂はあり得ても、他国との広域圏の形成など全くあり得ない。経済の論理だけで歴史は決して動かない。日本の経済界や識者は余りにも目先の経済要因に幻惑され過ぎている。
■深刻な
チャイナ・リスク
  それどころか、もっと重要な目先の動きがすでに始まっている。それは、こうした体制崩壊の危機をいよいよ外へと転化していくシナリオが現実に動き始めていることだ。非力な習近平という指導者を支える強力な軍部の動向を視野の外においていては、尖閣危機の本質も見えてこない。今、日本人はむしろ、こうしたより深刻な「チャイナ・リスク」の浮上を強く認識しなければならないのである。
 今後の中国の戦略は次の3つの戦術をミックスさせた形で進められるだろう。1つ目は、日本の経済に対する圧力をさらに強めていくこと。2つ目は、国際社会への活発な宣伝攻勢によって日本を国際的に孤立させること。3つ目は、軍事力も含めた対日心理戦の発動である。
  まず中国国内では、一段と“対日経済制裁”を強めるだろう。すでに日本からの輸入品への関税検査を強化し通関手続きに遅れが出ている。
 さらに、反日デモが日本企業に勤める中国人従業員の賃上げストライキと全国的な規模で合流すると、事態はさらに深刻さを増す。すでに、9月16日に起きた深圳(しんせん)での暴動においても、反日デモが日本企業での賃上げストと合流したことが報じられている。
  これはまさに、満州事変が起きる前の「日支協調」が定着していた1920~1930年代に中国へ進出していた日本企業などで起きた現象である。しかも、今日分かってきたのだが、当時、勃興しつつあった中国の紡績関係の企業がライバルの日本企業に反日デモや従業員のストライキを仕掛けたこともあったという。有名な25年の5・30事件(上海の日本企業でのストライキに端を発し、反日デモに対して租界警察が発砲して、学生、労働者に死者、負傷者が出た事件)のパターンである。
  こうした「反日の嵐」が10年以上にわたって中国全土でくり返された。このことが、満州事変や日中戦争の大きな背景要因だったのである。
■中国でくり返される
「反日の嵐」
  中国の政治文化や国民性として、こうしたパターンがくり返されることは、いわば一種の宿命とさえ言えよう。したがってそれは、今後も多かれ少なかれ続くであろう。それ故、日本の経済人は、もっと歴史から学ばなければならなかったのだが、「日本の侵略に全ての原因があった」とする戦後の自虐的な歴史観によって、かつての反日暴動の実態などの重要な歴史的事実が現在まで昭和史を扱う歴史書では語られてこなかったのである。  勿論過度に単純化はできないとしても、国と国の構図は歴史の中で繰り返されるものであり、果たしてそれを理解した上での日中友好であり中国進出であったのか、遅まきながら、かつてなく掘り下げた検証が必要だ。  次に中国は、国連や国際世論、国際法を利用して国際社会への宣伝攻勢をさらに強化していくであろう。
 これに対し日本が国際世論を味方に付けるには、国連の場だけでなく米国やオーストラリア、ASEAN(東南アジア諸国連合)など価値観と利害を共有できる国々に対し、政府間だけでなく、相手国世論の形成にもあわせて働きかけていく精力的な国際広報活動が是が非でも必要である。
  このためには、新たに総理官邸が直接統括する「対外広報庁」の設置などが早急に求められる。当面は40億円規模の予算(今年度の対中ODA予算と同額)で運営できるものでもよい。すぐに具体化することだ。
  それはまた、尖閣問題以外にも「従軍慰安婦」などの歴史問題に対する日本の見解についての広報や、日本の市場アクセス、さらには巨大プロジェクト、高速鉄道といったインフラ輸出などの経済外交にも活用できる。
  しかし次の段階として、中国の公船や漁船が何十隻と大挙して尖閣諸島に上陸してくる事態になれば、軍事力の対峙、「一触即発」の状況も考慮される。いよいよこうした状況になれば同盟国である米国の動向がカギを握ることは言うまでもない。そのためにも、日米は今から大きな対中戦略の頻繁なすり合わせや基地問題の早急な解決に取り組み、米国との関係を緊密にしておかなければならない。
  さらに急がれるのは、まず従来の憲法解釈を改め、集団的自衛権を行使できるようにし、同盟国として対等な責任を果たす意思を今すぐにでも示すことだ。こうした内容を米国とともに共同声明として表明できれば、日米同盟の抑止力の画期的な向上を、中国をはじめとする国際社会にアピールできる。
  オバマ大統領も昨年11月にアジア太平洋地域を米国の世界戦略の最重点地域と位置付けることを宣言したが、これは日本の集団的自衛権行使を前提にした新戦略だ。南シナ海やマラッカ海峡などのシーレーンを守るべきASEAN諸国は海軍力が弱く、日米が同海域で海軍や海上自衛隊による共同軍事演習を行うことが中国への牽制、抑止になり、中国を現状秩序の維持へと向かわせることにつながる。
  中国の強硬姿勢がさらに激化し、武力衝突に至る可能性もゼロではない。中国は実際に南シナ海でも武力行使をくり返しながら海洋進出してきた。また、それに向けた布石ともいえる法律(「領海法」や「離島防衛法」など)を制定している。
  法律といえば、ここまで事態が切迫してきた以上、中国が2010年7月に施行した「国防動員法」にも改めて注意を向けておく必要がある。この法律は、中国が有事の際(あるいは緊急時でも)、中国国内で事業を営む外国企業は資産や業務、技術を中国政府に提供しなければならないと規定している。もし万が一、日中がこれ以上、緊張を高める事態となれば、中国に進出している日本企業は、製品やサービスを中国政府や中国軍に提供しなければならないと定められているのだ。
 さらに同法では、外国に居住する中国人も、中国政府の指示に従わなければならないとされている。有事などの際、日本に在住する中国人は中国政府の指示に従って日本で反日デモや暴動を起こす可能性も全くなしとは言えないだろう。つまり、日本国内での騒擾事件も起きかねないということも頭に入れておく必要があり、治安機関などにおいてもそうした想定での対応が求められる。
■今後日本がなすべきこと
  中国の今後の動きに備えて、日本は次の3つの柱を打ち立てなければならない。
  第1の柱は、国際社会へ日本の平和的な意思を明確に発信することだ。その上で「日本は政府、国民の総意として尖閣諸島の国有化に踏み切った。国有化は絶対に撤回しない。現在の実効支配を徹底して守り抜く」という目標も明確に発信しておく必要がある。
  石原都知事が尖閣購入に合わせて提唱した施設整備もこうした意思を示す良い具体策と言える。自民党総裁選でも、全ての候補者が集団的自衛権の行使とともに、船溜まりや灯台の設置、公務員の常駐などを主張していた。
  しかし、こうした実効支配の強化策は、それを実行するタイミングが肝要である。今の状況で強行すれば、「日本の挑発」と国際社会に受け取られ、さらに「余計な刺激をするな」と米国世論も日本から離れてしまうことにもなりかねない。まずは、挑発せず、妥協しない姿勢をしっかりと示し、今しばらくの間は我慢比べする時だ。その間に国際広報によって日本への支持を確保し、実効支配の強化策実行に向けた戦略計画や予算措置を着実に進めておくべきである。
  実効支配の強化策を打つタイミングとしては、少なくとも中国の指導部が正式に交代を果たし、新体制の中長期的戦略目標が見えてくる来年3月以降まで待つべきだろう。
  第2の柱は、どのように話し合いのテーブルに着くか、その戦略を描くことである。これには慎重に備えておく必要がある。下手をすれば「領土交渉」に持ち込まれてしまいかねない。しかも中国による国際広報が万が一成功し、国際世論が中国を後押しするような状況になればこれを拒むのは難しくなる。他方、安易に交渉のテーブルに着いてしまえば、中国側に領有権にまで踏み込んだ交渉を要求されてしまう。このギリギリの隘路を突破する日本の戦略戦術を綿密に用意しておくべきであろう。
  日本は、「日本の主張を認めるなら交渉のテーブルに着いてもいい」とするか、多国間交渉などより大きな枠組みの中で話し合う環境に持ち込むべきだ。たとえば、南シナ海で同じく中国と対立するASEAN諸国と一緒に、東アジア全体をカバーする「海洋安保会議」を提案する方法があろう。迂闊に日中の2国間交渉をやれば、決裂した場合、即、武力衝突という事態になってしまいかねない。太平洋戦争前に安易に日米交渉を始めたことが、結局、開戦につながったという教訓もある。
 第3の柱は、すぐにでもできる安全保障体制の強化である。まずは既述のように集団的自衛権の行使へ向けて憲法解釈を変更する。次に、海上保安庁と海上自衛隊の能力向上や法制整備がある。領海、領域警備をシームレスに行えるよう、法体系を早急に整備しなければならない。そして国際広報体制の整備。また、少し時間や資金を要するが、国際情報の収集、深度化のためのインテリジェンス機関の整備も必要だ。とりわけサイバー戦能力の向上は、もはや待ったなしだ。
  そして、日本はより中長期を見据えた戦略も描いておかなければならない。
  まずは防衛費の大幅な増額が必要だ。中国、ロシアが急激な勢いで防衛予算を増額している中、この20年の間、日本はこうした周辺諸国の潮流に全く逆行して防衛費を減らし続けてきた。当面は社会保障を効率化させることによって生み出す予算から3000~4000億円でも防衛装備に充当できれば、周辺地域での日米同盟の抑止力は大幅に向上する。
  また、対外経済戦略の見直しも必要だろう。この20年、日本企業はこぞって「13億人の市場」と喧伝され雪崩を打って中国へ向かったが、今回の中国での深刻なリスクの浮上を重大な教訓として、ベトナムやミャンマー、インド、さらにはロシアや東欧など、中国以外の地域にも日本企業が進出の可能性を広げられるよう、政府主導での「チャイナ・パッシング(中国通過)」という国家戦略の推進が不可欠だ。
  今後も中国や北朝鮮との間で有事は頻発するだろう。ベルリンの壁崩壊後、日本人だけが、「今後、世界は画期的に安定し、新興国も含めて世界各地が経済発展して、国連を中心とした平和が維持される」というムードに包まれたが、この20年、日本は時代観を決定的に誤っていたのだ。こうした愚行とも言える時代認識を今こそ、大きく転換する必要がある。
  そのとき忘れてはならないのは、世界に通用する普遍主義の旗を高く掲げることである。無用な争いを避け、「法の支配」と自由な価値観に守られた国際社会を打ち立てるため、中国の今の体制ややり方はおかしい、と声を上げ、中国人の人権や民主化の必要を世界に訴え、日本自身も正しい歴史認識を持った自由主義の先進国として世界に認められるよう努力しなければならない。 *WEDGE2012年11月号より
<筆者プロフィール>
 中西輝政(なかにし・てるまさ)京都大学教授
 1947年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。ケンブリッジ大学大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て、現職。専攻は国際政治学、国際関係史、文明史。近著に『日本の悲劇 怨念の政治家小沢一郎論』(PHP)がある。
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