「疑惑報道と裁判員裁判」 中日新聞を読んで 後藤昌弘
このところ、詐欺容疑で逮捕された女性の周辺で、この女性と関係のあった男性の不審死が相次いでいるという事件が大きく報じられている。ただ、この女性について、中日新聞をはじめとする一般紙は匿名扱いとし、名前も顔写真も報じていない。
80年代後半の「ロス疑惑」では一般紙も、渦中の三浦和義元社長を逮捕前から顔写真つきで実名報道したことを思うと隔世の感がある。この事件ではその後、三浦元社長は日本の裁判では無罪が確定したほか、マスコミ各社に対し名誉毀損による損害賠償請求訴訟などを多数起こし、相当数で賠償が認められた。
今回の不審死事件について、疑惑が持たれている女性の氏名等を報じないという姿勢には、ロス疑惑事件の後遺症が新聞各社に残っているのではないか、と感じている人が多いかもしれない。
ただ法律上は、有罪かどうかは裁判がすべて終わったときに確定する。逮捕や起訴の段階では「無罪の推定」を受けている。一般紙は80年代末から、逮捕時に実名を出す際にも「容疑者」をつけるようにした。その意味では、今回の渦中の女性は、不審死事件では逮捕されていない以上、法律の建前からしても、実名や写真を報じない扱いはむしろ当然であろう。
今回の不審死事件で今は匿名扱いの女性が、仮に今後逮捕されて起訴された場合は、必然的に裁判員裁判となる。しかも全面否認事件となる可能性がある。今の時点で報道する必要性を否定するものではないが、実名ではないにしろこれだけ「疑い」が大きく報じられることは、結果的に、裁判員となる市民に対して予断を与えることになるのではないかと懸念される。
また、これだけ多くの不審死がみな起訴対象となった場合、審理対象が多岐にわたり、審理の長期化が予想される。そうなった場合、裁判所は、市民の負担をどう考慮しつつ審理の適正化を図るのか、訴訟指揮とその報道姿勢にも注目したい。(弁護士)2009/11/15Sun.
◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
------------