北原白秋 「水墨集」より
落葉松
からまつの林を過ぎて、からまつをしみじみと見き。からまつはさびしかりけり。たびゆくはさびしかりけり。
からまつの林を出でて、からまつの林に入りぬ。からまつの林に入りて、 また細く道はつづけり。
からまつの林の奥も、わが通る道はありけり。霧雨のかかる道なり、山風のかよふ道なり。
からまつの林の道は、われのみか、ひともかよひぬ。ほそぼそと通ふ道なり。さびさびといそぐ道なり。
からまつの林を過ぎて、ゆゑしらず歩みひそめつ。からまつはさびしかりけり。からまつとささやきにけり。
からまつの林を出でて、浅間嶺にけぶり立つ見つ。浅間嶺にけぶり立つ見つ。からまつのまたそのうへに。
からまつの林の雨は、さびしけどいよよしづけし。かんこ鳥鳴けるのみなる。からまつの濡るるのみなる。
世の中よ、あはれなりけり。常なれどうれしかりけり。山川に山がはの音、からまつにからまつのかぜ。