「現代と共鳴するカフカ」 2023年3月5日

2023-03-05 | 文化 思索

現代と共鳴するカフカ

週のはじめに考える
 中日新聞 社説 2023年3月5日

  

 奇怪で不思議な世界を描いたチェコの作家、フランツ・カフカ=写真、共同=は今年生誕百四十年、来年は没後百年を迎えます。長い年月を経ているにもかかわらず、その作品は今も、人々をひきつけてやみません。

 最も読まれているのが、眠りから目覚めたセールスマン、ザムザが虫になっていたという「変身」です。文庫本でわずか百ページほどの作品ですが、新潮文庫は一九五二年の初版以来百二十以上もの版を重ねました。昨年は角川文庫から新訳も出版され、NHKテレビ番組「100分de名著」でも再度取り上げられました。
 ロングセラーの秘密は何か。
 「変身」は第二次世界大戦後、人間の存在や人を取り巻く不条理を考える哲学「実存主義」の文学として注目されました。
 突然蔓延(まんえん)したペストと闘う人々を描き、コロナ禍で改めて注目されたフランスの作家、カミュの小説「ペスト」は実存主義の代表作ですが、人の力では止めようもない災厄に見舞われるという点は、「変身」にも共通します。
 過酷な勤務を強いられザムザは虫になった朝も上司に営業に出るよう脅されていましたから、「変身」はサラリーマンの悲哀物語としても読まれてきました。
 最近では、より具体的で、現実に即した問題意識からも注目されているようです。
 そもそもザムザが変身したモノは何でしょうか。これまでは虫、毒虫などと訳されてきましたが、ドイツ在住の作家、多和田葉子さんによる訳(集英社文庫)は、それに飽き足らず、ドイツ語の原語「ウンゲツィーファー」をそのまま引用、(生け贄(にえ)にできないほど汚れた動物或(ある)いは虫)と、言葉の由来を含む説明を付けました。

「変身」から考える介護
 ウンゲツィーファーを手元の独和辞典で引くと、有害小動物、害虫などの訳語があります。徹底して否定的なイメージです。
 新訳を出した川島隆・京都大大学院准教授によると、カフカは本の挿絵に具体的な虫を描くことを拒否しました。多様な解釈を望んでいたのかもしれません。
 さらに、多和田さんは「一家の稼ぎ手が、逆に介護される立場になったらどうなるかが詳細に描かれている」として、介護をテーマとした作品としても読むことができると指摘します。確かに、変身して寝返りも打てず仕事に行けなくなったザムザは、病気や老いで体が不自由となり、介護を必要とする人たちの境遇と重なります。
 多和田さんはまた、ザムザのように外に出られなくなるのは「不登校やひきこもりなど日本ではめずらしくない」と、現代の若者らにも通じる問題に注目します。
 カフカは父親との折り合いが悪く、スペイン風邪に感染するなど病気がちでした。婚約を繰り返したが結婚できず、作品も生前は大ブレークすることなく労災保険局の役人として生涯を終えました。
 現代社会で追い詰められていく弱者の気持ちを、先取りしていたかのようでもあります。
 野宿者支援活動をしている生田武志さんは「カフカの階段」というキーワードで貧困問題を考えています。
 
「カフカの階段」の困難
 他の人がやすやすと上っていく階段を、全力を尽くしても一段も上ることができない−カフカが、異性に近づくことができない悩みを訴えた「父への手紙」の一節にこんな趣旨の記述があります。
 生田さんはこれを、社会の底辺に転落した人が、再びはい上がることが困難な社会のつらさを表す例えに用いました。
 カフカが生まれた当時、チェコはオーストリア・ハンガリー帝国の一部でした。三十歳代で起きた第一次大戦で帝国は敗北、解体され、チェコスロバキア共和国が独立する激動を経験しました。
 カフカが四十歳で亡くなった翌年にはヒトラーが「わが闘争」を出版、その後、ナチスはドイツで政権を奪取し、侵略や虐殺を繰り返します。ユダヤ人だったカフカの妹もアウシュビッツ絶滅収容所に送られ、亡くなりました。
 「変身」や、理由なく逮捕される男性を描いた長編「訴訟」など、絶望や不安を強く感じさせるカフカの作品には、そんな時代が影を落としています。
 私たちは今、ロシアによるウクライナ侵攻をはじめとする戦争と混乱の時代に生きています。カフカが今も読む人を引きつけているのは、カフカの生きた時代と、現代の社会状況が重なり、共鳴しているからかもしれません。
 2023.3.5
 
 ◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です

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