【伝統芸能】
<阿部さとみ 花に舞い踊る>(撫子) めぐる因果が重ねられ
東京新聞 2019年8月30日
愛した人は母の恋人だった。奥女中のかさねは同じ家中の与右衛門との恋に溺れたが、男にとっては遊びでしかなく、しかも男はかつて母と密通し、父を殺した犯人だった。そして突然、かさねの顔は醜く変わり、足も不自由になって…。
これは江戸時代に有名だった怨霊・かさねの説話を基にした歌舞伎舞踊「色彩(いろもよう)間(ちょっと)苅豆(かりまめ)」、通称「かさね」のストーリーです。この恋模様と殺戮(さつりく)の舞踊劇を優しく彩るのが撫子(なでしこ)。夏から秋にかけて山野に自生する秋の七草の一つです。
二〇一七年、東京新聞主催「第五十三回推薦名流舞踊大会」(東京・国立大劇場)では、かさねを西川喜之華(きのはな)、与右衛門を西川大樹(だいき)が熱演しました。写真は、かさねが与右衛門への思いを訴える場面。二人の背景に撫子の花が可憐(かれん)に咲いています。
「奥の細道」にかさねを撫子のように可愛い名だとする句があり、それを詞章にさりげなく読み込み、舞台面に撫子を配しているのが心憎い演出です。
場面は木下川堤。与右衛門がかさねの思いに応えるふりをし、心中する心を見せると、そこへかさねの父の髑髏(どくろ)が流れ寄り、父の祟(たた)りでかさねの顔形が変貌。それは殺された父の断末魔の姿がそのまま「かさね」合わされたものでした。親の仇(かたき)と知らずに与右衛門と死のうとしたために、父の怨念が取りついたのです。
与右衛門は「これも因果と諦めて、成仏しろ」と襲いかかります。因果とは前世あるいは過去に行った悪行の報い。「かさね」にはめぐる因果が撫子の花びらのように重ねられているのです。 (舞踊評論家)
◎上記事は[東京新聞]からの転載・引用です