中国で日本人死刑 教訓を受け止めたい
社説 毎日新聞 2010年4月7日 2時31分
中国で麻薬密輸罪で死刑が確定していた日本人男性に対して、刑が執行された。72年の国交正常化以降、初めての執行である。
判決によると、男性は06年9月に大連の空港で、共犯男性(懲役15年確定)と、約2・5キロの覚せい剤を日本に密輸しようとした。
覚せい剤の密輸で死刑は厳しすぎる。そう受け取る日本人も多いだろう。日本の法律では、覚せい剤で最も重い「営利目的密輸」でも最高が無期懲役だ。また、男性は、面会した親類に、通訳のひどさなど、取り調べや裁判への不満を漏らしていたと伝えられる。
先月末に中国側の執行通告を受け、鳩山由紀夫首相が「大変残念だ」と表明したのをはじめ、閣僚から懸念の声が相次いだ。岡田克也外相は、適正な刑事手続きの面から駐日中国大使に疑問を伝え、菅直人副総理兼財務相は「日本の罰則より厳しいと思っている人がいる」と温家宝首相に直接、訴えた。
犯行の経緯など事件の情報が乏しく、刑事手続きにも疑問符がつく中、自国民の生命権の保護の問題として、政府が声を上げたのは当然だった。懸念が聞き入れられず残念だ。同じ罪でさらに3人の執行が通告されており、波紋は広がるだろう。
ただし、今回の問題を冷静に受け止めることも必要である。
司法制度はそれぞれの国が定める。刑罰も同様だ。中国が麻薬犯罪に厳罰で臨むのは、アヘン戦争など歴史的な背景があるからとされる。
東南アジアも麻薬に厳しい。先月末、覚せい剤4キロ以上の所持を問われた日本人女性の初公判がマレーシアであった。無罪を主張したが、有罪が確定すれば法定刑は死刑だ。
空港などで知らないうちに覚せい剤をバッグに入れられたと訴えるケースもある。各国警察が慎重を期すべきなのは言うまでもない。だが、薬物犯罪への認識が国によって異なることをまずは自覚したい。
アムネスティ・インターナショナルは、昨年の中国の死刑執行は数千人とみる。世界一だ。まゆをひそめる向きもあるだろうが、欧州などの死刑廃止国からは、日本も同じような目で見られていることを心にとどめたい。
世界の死刑執行国は15年前から半減し、昨年は18カ国だ。日本はその一つである。国連の国際人権規約人権委員会などが懸念を繰り返し表明するが、政府が「国内問題」と言い続けてきたのも事実だ。
中国は今回、日本の国民感情に配慮してか、執行前の家族との面会を認めた。日本では死刑囚が執行を知るのは当日朝で、最期の別れはできない。死刑制度や死刑囚の処遇を考えるきっかけにもしたい。
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余録:中国での日本人死刑
日本で万引きによる窃盗や、警官とのいざこざでの公務執行妨害で逮捕や起訴された中国人は差別されたと不満を抱くという。比較法学の王雲海一橋大教授によると、日本人ならそんな「小さなこと」で刑事事件にしないと思うらしい▲というのも中国では500元以下の盗みは刑法上の窃盗にならないという。発覚しても大半がその場限りの行政処分や被害者との話し合い、叱責(しっせき)ですませる。この日中の法意識の違いが「差別」の誤解を生むのだという(「日本の刑罰は重いか軽いか」集英社新書)▲だがいったん「大きいこと」とみなされた犯罪の処罰では日中逆転する。中国では死刑にできる罪名は69にもなるが、うち殺人など暴力にからむ罪は10件にすぎない。経済犯、薬物犯、収賄や横領などが死刑の対象となる▲中国で覚せい剤の日本への密輸出を図ったとして死刑判決を受けた日本人の刑が執行された。72年の日中国交正常化後初のことである。中国政府は日本政府に対し他の日本人死刑囚3人の刑も近く執行すると通告している▲犯行の詳細が日本に伝わらず、刑事手続きも不透明な事件である。死刑は重すぎるとの国民一般の法意識を背景に日本政府も懸念を表明した。しかし日本にも中国人死刑囚がいる死刑存続国同士の関係だ。昨年自国民の死刑執行を非難した英国とは対応の差が目立つ▲国際人権団体がいうように年間数千人の死刑を執行する世界随一の死刑国にして、かつその実数すら秘密にする現状は決して中国の名誉といえない。各国との法意識の差も政治の道具にするのではなく、そのミゾを埋める努力に目をむけてほしい。
毎日新聞 2010年4月7日 0時01分
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