日米安保条約 発効50年 きしむ北東アジア

2010-06-24 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉

日米安保条約 発効50年  きしむ北東アジア
朝日新聞2010/06/19Sat.
 5月15日、韓国の慶州で開かれた日中韓外相会議。韓国の哨戒艦沈没問題が主な議題となったこの場で、日本と中国の外相が核問題をめぐって激しくやりあった。
 「核保有国の中で中国だけが核兵器を増やしている」。岡田克也外相がこう指摘するとヤン(楊)チエチー外相が激高。マイクのスイッチも入れぬまま「米国の核の傘に守られている日本に言われる筋合いはない」と反論し、席を立とうとした。
 中国の核弾頭保有数は推定約400発。5千発を超す米国には遠く及ばない。中国は核の先制不使用を宣言し「国家の安全に求められる最低水準の核能力を維持し続ける」(馬朝旭・外務省報道局長)と抑制的な姿勢を強調する。
 だが、現実は違う。
 射程1万4千㌔の大陸間弾道ミサイル「東風31A」や日本を射程に収める「東風21C」、超音速で艦隊を追撃する対艦弾道ミサイルなど、核搭載可能なミサイルの開発が急ピッチだ。さらに河南、山西省などの山地には総延長5千㌔の地下核ミサイル基地建設が進む。他国の攻撃から核ミサイルを守るのが狙いだ。
 中国がミサイルにこだわるのは、台湾有事の際に米空母が近海に進出してくるのを防ぐのが目的。これが「アクセス拒否」と呼ばれる戦略だ。
 「日本の米軍基地と空母艦隊をミサイルの照準に入れておけば、米艦隊が自由に西太平洋に入れなくなり、日米安全保障条約を事実上、無力化できる」。中国軍関係者は、その意図をこう明かす。

力増す中国 潜水艦で示威行動
 中国が力を入れているのはミサイルだけではない。潜水艦も「アクセス拒否」の重要な柱だ。防衛省が公表しただけでも、中国の駆逐艦は2008年以降、計5回、宮古島(沖縄県)などの周辺を航行した。水上艦船より動きをつかみにくい潜水艦はもっと活発に活動していると見られる。
 近年はスクリュー音が小さく隠密性が高い「宋級」や「キロ級」潜水艦が主力で、ますます発見が難しくなった。中国軍当局者は米軍関係者に「貴国の近海には常時2隻の中国の潜水艦が待機している」と話しているという。
 06年10月、沖縄近海を航行中の米空母キティホークから約8㌔の海面に「宋級」が突然浮上した。米側は探知できておらず、空母は完全に魚雷の射程に入っていた。
 今年4月には、浮上した「キロ級」潜水艦2隻を含む中国海軍の10隻の艦隊が沖縄本島と宮古島間の公海を通過。「東シナ海でのアクセス拒否能力の向上を日米に示威する」(北京の軍事関係者)意図があったとされる。
 この時には中国軍のヘリが海自護衛艦に水平距離で約90㍍まで接近した。中国の梁光烈国防省は11日、北京で会談した自衛隊の佐官級訪中団に対し、国際法上問題のない海域での演習であることを強調。そして「自衛隊の偵察機が黄海に頻繁に出動しているが、中国軍はじゃまをしていない。日本側も我々の活動をあまり監視しないでもらえないか」と付け加えた。
 「海軍力ですでに日本を超えた、という余裕を感じた」と日本側出席者は振り返る。
 中国はなぜ、これほど海軍力を増強するのか。多くの中国軍関係者はその目的を「台湾問題の解決だ」(伊卓・海軍少将)と語る。標的は日本でなく台湾への武器売却などを進める米国だというのだ。
 その一方で中国は、東シナ海での日本との偶発的な衝突や事故の危険性も認識し始めている。「今まで機能していなかった首相間のホットラインを再構築しましょう」。5月末に来日した温家宝首相は鳩山由紀夫前首相との会談でこう提言した。中国側が消極的だったため、これまで実現していなかった話だ。あわせて、海上危機管理メカニズムについても早期に具体化することで一致した。
 硬軟織り交ぜたこんな対応も、中国らしい。 

哨戒艦事件 日韓の連携に課題
 3月末に黄海で起きた韓国哨戒艦沈没事件は、日韓両国がこの地域の安全保障を米国に依存している実態とともに、日韓関係の薄さもまた印象づけた。
 米韓の連携は緊密だ。米国は沈没に関与したとされる北朝鮮の「ヨノ級」潜水艦(130㌧)の機密情報を提供し、6月には米韓合同軍事演習も計画している。
 日本の米国依存も変わらない。複数の外交筋によると、米国は当初、北朝鮮軍の事件への関与に否定的だった。北朝鮮潜水艦の動静把握が十分でなかったためだ。その結果、日本は事態の把握が遅れ、原因究明のための軍民合同調査団への参加申請を見送った。
 その米国の戦略には、このところ、変化が出ている。
 まず在韓米軍の軽量化と海外展開。米軍変革の一環で、兵力はこの数年で約1万人減の2万8千人程度になった。軍事関係筋によれば、在韓米軍が海外に展開する際の米韓事前協議の詳細など具体的ルール作りも始めるという。
 日本に頼っていた東アジアでの米国の弾道ミサイル防衛(BMD)態勢も変化がみえる。米国は昨年12月、韓国に地域BMD協議を打診。さらに2月に発表した報告書で、BMD態勢で東アジア関係強化を目指す国として、日韓のほかに豪州も挙げた。
 米国の変化の理由は何か。韓国政府関係者は韓国のノムヒョン政権や鳩山政権での対米関係の混乱を挙げ、「リスク回避が狙いでは」とみる。
 一方、北朝鮮は不安定さを増している。三男ジョンウン氏への権力継承が順調に進まない可能性もあり、新たな軍事挑発に出る可能性は高い。
 今回の事件に使われたと見られる潜水艇や、10万~18万人とされる特殊部隊、核を含む大量破壊兵器、弾道ミサイルはいずれも日本の安全保障にとっても脅威だ。
 日本は90年代から周辺事態法や武力攻撃事態法などを整備したが、いずれも米国との協力を念頭に置いている。今回のように米国の判断が遅れると、日本の動きにも支障が出る。このため日本政府からは韓国との安保協力を進めるべきだとの声が出始めているが、韓国側の反応は厳しい。日本統治時代をめぐるあつれきと中国の反発への懸念から、「日韓同盟」には否定的な意見が根強いのだ。
 とはいえ危機感は共有している。09年4月の日韓防衛首脳会談で韓国軍と自衛隊との定期交流を確認。武器の部品や燃料などを融通し合う協定を締結する検討も始めている。韓国軍関係者は「同盟は無理かもしれないが、両国は常に高いレベルでの友好関係を保つ必要がある」と語る。

背景複雑化 新戦略さぐる日本
 普天間飛行場の移設について日米間で激しいやり取りが続いていた5月下旬、沖縄県の嘉手納基地に最新鋭のステルス戦闘機F22が12機飛来した。韓国政府が、哨戒艦沈没の原因は北朝鮮の魚雷と認定した調査結果の公表に合わせての配備だった。
 米軍は配備の目的を公式には説明していないが、防衛省幹部は「北朝鮮を牽制するためなのは明らか」と見る。
 日米がぎくしゃくしても、在日米軍基地はいつもどおり機能する。それが日米安保だ。
 日米同盟は時代によって姿を変えてきた。1996年、橋本龍太郎首相はクリントン大統領との共同宣言で日米安保の空間を「アジア・太平洋地域の平和と安定」に広げた。小泉純一郎首相はブッシュ大統領との間で「世界の中の日米同盟」とその空間を地球規模に広げ、インド洋やイラクなどへの自衛隊派遣につなげた。
 ところが最近は「同盟の比重が再び北東アジアに回帰している」(外務省幹部)。
 日本の具体的な安全保障政策はどうあるべきか。年末に予定される防衛大綱策定に向けてつくられた首相の私的諮問機関「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」では激論が続く。
 「中国には抑制的にならず、言うべきことをはっきりさせるべきだ」
 「露骨な反中意識はマイナスだ。良好な対中関係を表面的には維持している米国への配慮が必要だ」
 「米国はイラクやアフガニスタン問題で余裕がなくなっている。日本は自己完結的な対応が求められる」
 冷戦時代と違い自衛隊は中国やロシアの軍部とも交流している。自衛隊が定期的な協議や訓練を実施しているのは同盟国を含め約20カ国。このほかにも多国間の安保対話が頻繁に行われている。
 防衛省幹部は「安保政策の議論になると軍事力の話に特化されやすいが、これからはソフトパワーも含め国家全体でつくる安保戦略が不可欠だ」と話す。(北京=峯村健司、ソウル=牧野愛博、編集委員・薬師寺克行)


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