和歌山カレー事件・林真須美死刑囚の長男とAbemaTVに出ていろいろ考えさせられた 篠田博之 2019/4/21

2019-04-23 | 死刑/重刑/生命犯

和歌山カレー事件・林真須美死刑囚の長男とAbemaTVに出ていろいろ考えさせられた

篠田博之  | 月刊『創』編集長 2019/4/21(日) 18:03

 4月21日午前1~3時のネット放送AbemaTVにゲスト出演した。MCはカンニング竹山さんで、テーマは「和歌山カレー事件・林真須美長男が生放送初出演。今伝えたいことは~土曜The NIGHT#60」。真須美さんの長男はこの1~2年、いろいろなテレビの報道・ドキュメンタリー番組に登場してきたが、スタジオでの生出演はこれが初めてだ。

 2月にこの番組でカレー事件について触れたのを長男本人が見ていて、メールを送ってきて、生出演することになったという。

 私は1998年の和歌山カレー事件直後に林家を取材で何度か訪れており、当時小学校5年生だった長男にも会っていた。またその後、真須美さんに接見を重ねるようになってからも、夫の健治さんの出所後の自宅や、真須美さん支援集会などで長男に会ってきた。

 今回、久々に会うことになったのだが、彼はもう31歳とすっかり大人の男性になっていた。番組では匿名ですりガラス越しでの発言だったが、冒頭でこの番組に出演しようと考えた思いを語った。それがなかなか考えさせられる内容だった。

 この1年ほど彼が出演したのはNHKのNスぺや民放の報道特番で、制作者もきちんと考えたうえで比較的丁寧に作った番組だった。でもその反響をネットなどで見ると、「何を被害者づらしてるんだ」「カレー事件の被害者はもっと辛い思いをしてるんだぞ」というものが多かったという。

 1998年10月4日の両親の逮捕で4人の子どもたちは突然、親のいない状態に放り出されるという境遇になった。施設に預けられるのだが、子どもたちにとっては本当に過酷な体験だった。その後も結婚や就職をめぐって彼らは「あの林真須美の子ども」ということでいろいろな目にあってきた。これは番組では語っていなかったが、長男も、結婚を約束した女性がいたが、女性の両親に「実は」と真須美さんの息子であることを告げたとたんに猛反対され、破談になった。3人の姉妹もそれぞれ大変な思いを重ねてきている。

 ドキュメンタリー制作者にとっては、そういう現実を社会に問題提起するという思いで番組を作るから、どうしてもそういう苦労した話を強調することになる。

 ただ、長男が言っていたのは、取材を受けてもそういうところだけ取り上げられることに疑問を感じることもあったという。もっといろいろなことを話しても、使われるのはそういう部分だけ。しかも、局側の意向で、わざわざ普段は行かないカレー事件現場へ行って収録を行うことになったりする。事件を知っている現場付近の人たちが、テレビの撮影をしているのに気が付いて振り向いたりすると、長男としてはいたたまれない思いになったらしい。

 だから特定の文脈でのみ切り取って取り上げられるのでない、今回の2時間の生出演に応じたのだという。番組冒頭でそういう思いを短く語ったのだが、私は、これはなかなか微妙でかつ大事な問題だと思った。だから番組の後、もう一度長男に連絡し、わざわざ日曜で誰もいない『創』編集部に来てもらい、再度話を聞いた。上記の説明はその話も含めて彼の思いを書いたものだ。

 長男は2~3日前からツイッターを始めたという。テレビとかマスコミ報道を通してでない、世間の生の声を聴き、自ら発信できる手段がほしかったからだという。当然、心ない攻撃の声も届くことになるが、それもわかったうえでのことだという。

 長男も最初にネットで母親についてのコメントなどを見始めた時には、「早く吊るせ」「税金の無駄遣いだ」といった書き込みを見て、衝撃を受けたという。そういう世間の反応があることはわかったうえで、でもそういう声にも目をそむけずにいようと考えたという。

 マスコミを経由するのでなく、自分の声を発信したいという思いでツイッターやブログを始めるというのは、元オウム教祖の松本家の子どもたちもそうだし、私が関わった事件当事者でも少なくない。マスコミ報道は、たとえよかれという思いでやっていたとしても、当事者に多かれ少なかれ違和感を抱かせているものだ。どうしたって報道側の主観で事実の一部を切り取ることになるし、しかも報道する者にとってはそれがある種の「使命感」に基づくものだったりする。でも、もしかするとそれは「傲慢」なのかもしれない。

 長男は、婚約していた女性の父親に自分の素性を話した時、相手の女性からは隠しておいたほうがよかったといわれたらしい。実際、結果的に破談になったから、隠しておいたほうがよかったのかもしれない。でも、1時間ほど話しこんだ時に彼が語ったのは、例えば自分の林という姓を変えて結婚する道もあるけれど、母親が「自分はやっていない」と無実を訴えているのに、自分がその家族であることを隠して生きていくことが正しいことなのか葛藤があるということだった。

「自分でも、何が正解なのかはわからないんです」 彼はそう言った。

 そういう取材対象者の複雑な思いをくみ取ることは当然、マスメディアに属する者には求められているのだが、果たして今のメディアはそういうことが十分できているのだろうか。

 そんな長男の話を聞きながら、私は初めて会った時はあどけない小学生だった彼のたどってきた約20年の重みを感じた。久しぶりにあって、他の姉妹たちはどうしているか、健治さんや真須美さんの体調なども聞いた。私にとっても、真須美さんや家族たちとの20年のつきあいの過程には、いろいろなことがあった。そんなことを改めて考えさせられた。

 さて番組のほうは、マスコミ関係者も注目していたようで、長男のもとにはさっそく幾つかの取材依頼が届いているという。AbemaTVの番組自体は1週間は見られるというから興味ある方はぜひ下記からアクセスしてほしい。番組は2時間という長時間だったので、カレー事件をめぐる経緯や問題点をめぐって多岐にわたった話ができた。

  https://gxyt4.app.goo.gl/RwgcK

 和歌山カレー事件の再審をめぐる経緯については、2017年にヤフーニュースに下記の記事を書いた。この記事は、地裁で再審請求が棄却された時に書いたもので、今は高裁に対して請求が行われているのだが、基本的な事柄はそこに書いた内容と変わっていない。

 https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20170329-00069290/  和歌山カレー事件・林眞須美死刑囚の再審請求棄却決定に思うこと

 そしてもうひとつここで触れておきたいのだが、再審のあり方をめぐって、今、弁護士や冤罪支援をしてきた人たちの間で、再審をめぐる法的改正をすべきではないかという動きが高まっている。例えば検察が持っている証拠開示を裁判所がもっと促すようなことがなされるべきではないか、といったことだ。そういう法改正を求めるために「再審法改正をめざす市民の会」というのが作られ、5月20日には議員会館で結成集会が開催される。

 共同代表などはそうそうたる顔ぶれで、私も運営委員の一人なのだが、これについては改めてヤフーニュースでも紹介していきたいと思っている。

 再審のあり方をめぐる議論は、今極めて大事な局面だ。今回の和歌山カレー事件の再審請求をめぐる話でも、裁判とは何なのか、事件の真相究明はどうなされるべきなのか、そういう問題に関心をもって見ていただきたいと思う。

 なお和歌山カレー事件については、創出版より『和歌山カレー事件 獄中からの手紙』(林真須美・他著、本体1000円)という本を刊行しており、林真須美さんの獄中手記を相当数収録しつつ、ヒ素鑑定の問題点など再審請求の争点も整理してまとめている。ぜひ読んでいただきたいと思う。

http://www.tsukuru.co.jp/books/2014/07/wakayama.html 

《篠田博之》 月刊『創』編集長

 月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

 ◎上記事は[Yahoo!JAPAN ニュース]からの転載・引用です

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