31年前の殺人「松橋事件」 再審決定 2016/6/30 熊本地裁 懲役13年服役した宮田浩喜さん 83歳

2016-06-30 | 死刑/重刑/生命犯

 中日新聞 2016年6月30日 夕刊

 

31年前の殺人、再審決定 熊本地裁、懲役13年の83歳
 熊本県松橋町(現宇城市)で一九八五年、男性=当時(59)=が刺殺された「松橋事件」の再審請求審で、熊本地裁(溝国禎久(よしひさ)裁判長)は三十日、殺人罪などに問われ、懲役十三年が確定し服役した熊本市の宮田浩喜(こうき)さん(83)の再審開始を認める決定をした。決定は「自白に疑義が生じており、確定判決の有罪認定を維持できなくなった」と判断した。
 事件では、宮田さんと犯行を結び付ける証拠は自白しかなかった。決定は、弁護団が「新証拠」として提出した凶器の小刀の形状と被害者の傷痕が一致しないとする鑑定書などに基づき「自白は重要部分に客観的事実との矛盾が存在する疑義が生じており、信用性が揺らいでいる」と指摘し「有罪認定に合理的な疑いが生じた」と判断した。
 弁護団は鑑定書のほか、犯行時、小刀に巻き付けたとされた「布切れ」も新証拠として提出していた。宮田さんは「犯行後に燃やした」と自白したが、決定は「新証拠によって、布切れが燃やされておらず、血液も付いていないことが判明した」とし、自白自体が「宮田さんの作り話との疑いがある」と指摘。鑑定書と合わせて、凶器が小刀でない可能性に言及した。
 宮田さんの供述内容が変遷したことについては「取調官に迎合した疑いがある」とした。
 再審請求審では、地裁が検察側に手持ち証拠の開示を勧告し、約九十点が新たに開示された。
 熊本地検の大久保仁視(ひとし)次席検事は「意外な決定だ。上級庁と協議の上、適切に対応したい」とのコメントを出した。
 宮田さんは捜査段階で犯行を自白したが、一審熊本地裁の公判途中から否認に転じて無罪を主張。八六年の熊本地裁判決は自白の任意性、信用性を認めて懲役十三年とし、二審福岡高裁も支持した。九〇年に最高裁が上告を棄却し、刑が確定した。
 確定判決によると、宮田さんは八五年一月五日、松橋町の男性宅で将棋仲間ら三人と飲食中に男性と口論になり、一度帰宅した後、六日未明に男性宅に戻り、こたつに座っていた男性の首や顔などを小刀で突き刺して殺害した。
 二〇一二年三月、認知症の症状がある宮田さんに代わり、成年後見人の弁護士が地裁に再審請求した。
 <松橋事件> 1985年1月8日、熊本県松橋町(現宇城市)の男性が血を流して死亡しているのが発見された。男性の将棋仲間だった宮田浩喜さんが「刃物で刺した」と殺害を自白し、県警は20日に逮捕した。同4月の一審熊本地裁初公判で起訴内容を認めたが、公判途中から否認に転じて無罪を主張。地裁は自白に任意性、信用性があると認定し、懲役13年の判決を言い渡した。二審福岡高裁も支持し、90年に最高裁が上告を棄却し確定。服役後、宮田さんは99年に出所した。

 ◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です *強調(太字・着色)は来栖
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松橋事件 再審決定 「無実」の声、届いた 家族、捜査に不信
 毎日新聞2016年6月30日 西部夕刊
 「父はやっていない」−−。熊本県宇城(うき)市(旧松橋(まつばせ)町)で1985年に男性(当時59歳)が刺殺された「松橋事件」で、殺人罪などで懲役13年が確定して服役した宮田浩喜(こうき)さん(83)の再審開始を認めた30日の熊本地裁決定。父親の無実を信じ続け、裁判のやり直しを求めてきた長男貴浩(たかひろ)さん(60)=熊本市西区=の思いがようやく実を結んだ。【柿崎誠】
 「警察は映画のシナリオのように父を犯人に仕立てたとしか思えない」。貴浩さんは事件当時28歳。「親族の悪口を言われたのが動機というが、そんなことで自宅に小刀を取りに戻って殺害するだろうか」。任意の事情聴取に否認していた父親の突然の逮捕に納得できず、30年以上にわたり警察への憤りを胸に日々を過ごしてきた。
 法廷で無実を訴えた宮田さんは99年に出所したが、その後はあまり事件について語らなくなった。弁護士らの支援を受けて2012年に再審請求したが、その時には既に認知症の症状が出ていた。現在は熊本市の介護施設で暮らし、「必ず無罪を勝ち取れるから」と励ますと黙ってうなずいてくれる。事件や服役していたことは忘れた様子で「自分はプロ野球選手だ」と話すこともあるという。
 貴浩さんは今年1月、支援者や報道関係者らと事件現場から当時の自宅までの道のりを1時間かけて歩いた。犯行時に使った軍手を「捨てた」と自白したとされる大野川の川岸に差しかかると自然に足が止まった。「捜索してそれらしい軍手が見つからないと、今度は『燃やした』と供述が変わるなど明らかにおかしい」と捜査への不信感をにじませた。そして「捜査に当たった警察、検察の関係者も父と同じ期間を刑務所で過ごしてほしい。そうでなければ冤罪(えんざい)はなくならない」と憤った。
 再審開始決定については「もし出ればいち早く父に報告したい。丁寧に説明すればきっと喜んでくれるはず」と話していた。しかし、その後、体調を崩して入院したため、この日の決定を地裁で受け取ることはできなかった。
*支援者、地裁前で拍手
 熊本市中央区の熊本地裁前では午前11時過ぎ、弁護団が「開始決定」の紙を掲げて宮田浩喜(こうき)さんの再審開始を伝えると、集まった支援者ら約10人から大きな拍手が起こった。
 宮田さんは認知症で熊本市内の介護施設で暮らしており、この日は地裁に来ることができなかった。熊本県宇城(うき)市松橋(まつばせ)町の事件現場近くに住み、約3年前から宮田さんの活動を支援してきた「えん罪松橋事件・宮田浩喜さんを支える会準備会」の大森康男会長(80)は「司法が健全な判断をしてくれた。宮田さんの無罪を信じている」と語った。【出口絢】
*弁護団「無罪へ頑張る」
 宮田さんの弁護団共同代表を務める斉藤誠弁護士は、地裁前に集まった報道陣に対し、「20年の再審支援の努力が実った。とにかくうれしいのひとこと。無罪に向けて頑張りたい」と語った。
*地検「意外な決定」
 熊本地検の大久保仁視(ひとし)次席検事は「意外な決定であり、早急に決定の内容を検討し、上級庁とも協議の上、適切に対応したい」とのコメントを発表した。
*県警コメントせず
 熊本県警刑事企画課の原勇生次席は「県警としては再審に関してコメントする立場にない」と話した。
*松橋事件の主な経緯
1985年 1月 8日 男性の遺体が宇城市の自宅で見つかる
  85年 1月20日 熊本県警が宮田さんを殺人容疑で逮捕
  86年12月    熊本地裁が懲役13年の有罪判決
  90年 1月    最高裁が上告を棄却し、判決が確定
  99年 3月    宮田さんが仮出所
2012年 3月    宮田さんが熊本地裁に再審請求
  16年 6月    熊本地裁が再審開始を決定

 ◎上記事は[毎日新聞]からの転載・引用です
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「松橋事件」(1985年の熊本の殺人)13年服役した宮田浩喜さん 福岡高裁も再審認める2017/11/29 
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