日経新S 「新聞案内人」2009年02月18日 安井至(前国際連合大学副学長、東京大学名誉教授)
「動かぬ研究者」こそ最大の危機
7870億ドルにおよぶ米国の景気対策が上下両院を通過し、いよいよ動き出すことになった。その内容の細かいところまでは報道されていないが、その表の第1の項目が、奇妙な組み合わせで、"Infrastructure and Science"となっている。 科学関連予算の金額と行く先は、10億ドルがNASA(宇宙開発)、30億ドルがNSF(基礎科学と工学)、20億ドルがDOE(エネルギー関係、高エネルギー物理、核物理)に、そして、8.3億ドルがNOAA(気象科学)である。
しかし、それ以外にもある。科学ではなく、ヘルスケアという項目の下に書かれているのだが、100億ドルが健康研究とNIH(国立衛生研究所)の施設拡充に用いられる。
さらに、エネルギーという項目の下にも、研究という項目がいくつか入っている。中でも気になるのが、25億ドル程度であるが、エネルギー効率と再生可能エネルギーの研究という項目である。加えて、化石燃料についても研究という言葉が入っている。
以上を合計すると、200億ドル余であり、日本円にすれば1.8兆円となる。
○米国の景気対策と日本の不安
これだけの予算によって、何が行われるか。継続して注目する必要があるが、もっとも重要なポイントは、この研究費で、米国の科学者の動きがどう変わるかである。
今回の投資によって、これまで他の分野で著名だった研究者が、一気に環境エネルギー分野に飛び込むのではないか、ということである。
日本の科学技術予算の基本方針は、競争的資金の拡大と、運営費交付金のような非競争資金の削減であった。その理由は、投資効果が明瞭に分かるような、直接的な成果が出る研究を推進することにあった。
その結果、何が起きたのか、と言えば、もともと自分の専門を動かさない傾向が強かった日本の研究者が、ますます自分の領域に閉じこもり、その中だけで論文を書いていくという傾向を強めた。理由は、論文の生産性が高く有利であり、かつ楽だからである。
科学研究費が主な研究費の資源である以上、ある研究コミュニティーの中で有名になり、学会賞などを得ることが、予算獲得面から見れば最善の方策である。一方、他の研究領域に移動することが、なんら有利な状況を生み出さなかったからである。
今回の米国の景気対策をもう少々細かく見ると、エネルギー関係では、さらに重要なことがある。それは20億ドルが先進自動車用バッテリー生産の支援に使用され、また、11億ドルが、スマート電力供給網に使用されることである。
単に、基礎研究を支援するだけでなく、生産に係る応用研究や開発まで、まとめて支援しようとしている。
これまで、日本の省エネ技術などは、世界をリードしており、米国の2歩先を歩んでいるものと考えられてきた。しかし、ぼやぼやしていると、米国に追いつかれ、一気に追い越される可能性が強くなった。
○日本の「省エネ技術」が追いつかれ、追い越される
日本で何か対策がとれるのか。現在の日本の研究者のマインドでは、新しい分野に研究費があっても、そちらに動くことはないので、研究のニーズがいくらあっても、その領域の研究は進展しない。
新人がいたとしても、管理者である教授が自分の分野に縛り付けるから、新しい分野で挑戦をする新人が育つこともない。
現時点での日本の最大の危機、それは誰も足を動かさないことである。対温暖化政策を見ても、すべて同じ状況である。
未来を担うべき研究者が動かない状況は、ますます悪化しつつある。大学への研究費配分に関しても、一度、根底から見直すことが必要だろう。社会のニーズに応えるのが大学の一つの重要な使命だからである。
「動かぬ研究者」こそ最大の危機
7870億ドルにおよぶ米国の景気対策が上下両院を通過し、いよいよ動き出すことになった。その内容の細かいところまでは報道されていないが、その表の第1の項目が、奇妙な組み合わせで、"Infrastructure and Science"となっている。 科学関連予算の金額と行く先は、10億ドルがNASA(宇宙開発)、30億ドルがNSF(基礎科学と工学)、20億ドルがDOE(エネルギー関係、高エネルギー物理、核物理)に、そして、8.3億ドルがNOAA(気象科学)である。
しかし、それ以外にもある。科学ではなく、ヘルスケアという項目の下に書かれているのだが、100億ドルが健康研究とNIH(国立衛生研究所)の施設拡充に用いられる。
さらに、エネルギーという項目の下にも、研究という項目がいくつか入っている。中でも気になるのが、25億ドル程度であるが、エネルギー効率と再生可能エネルギーの研究という項目である。加えて、化石燃料についても研究という言葉が入っている。
以上を合計すると、200億ドル余であり、日本円にすれば1.8兆円となる。
○米国の景気対策と日本の不安
これだけの予算によって、何が行われるか。継続して注目する必要があるが、もっとも重要なポイントは、この研究費で、米国の科学者の動きがどう変わるかである。
今回の投資によって、これまで他の分野で著名だった研究者が、一気に環境エネルギー分野に飛び込むのではないか、ということである。
日本の科学技術予算の基本方針は、競争的資金の拡大と、運営費交付金のような非競争資金の削減であった。その理由は、投資効果が明瞭に分かるような、直接的な成果が出る研究を推進することにあった。
その結果、何が起きたのか、と言えば、もともと自分の専門を動かさない傾向が強かった日本の研究者が、ますます自分の領域に閉じこもり、その中だけで論文を書いていくという傾向を強めた。理由は、論文の生産性が高く有利であり、かつ楽だからである。
科学研究費が主な研究費の資源である以上、ある研究コミュニティーの中で有名になり、学会賞などを得ることが、予算獲得面から見れば最善の方策である。一方、他の研究領域に移動することが、なんら有利な状況を生み出さなかったからである。
今回の米国の景気対策をもう少々細かく見ると、エネルギー関係では、さらに重要なことがある。それは20億ドルが先進自動車用バッテリー生産の支援に使用され、また、11億ドルが、スマート電力供給網に使用されることである。
単に、基礎研究を支援するだけでなく、生産に係る応用研究や開発まで、まとめて支援しようとしている。
これまで、日本の省エネ技術などは、世界をリードしており、米国の2歩先を歩んでいるものと考えられてきた。しかし、ぼやぼやしていると、米国に追いつかれ、一気に追い越される可能性が強くなった。
○日本の「省エネ技術」が追いつかれ、追い越される
日本で何か対策がとれるのか。現在の日本の研究者のマインドでは、新しい分野に研究費があっても、そちらに動くことはないので、研究のニーズがいくらあっても、その領域の研究は進展しない。
新人がいたとしても、管理者である教授が自分の分野に縛り付けるから、新しい分野で挑戦をする新人が育つこともない。
現時点での日本の最大の危機、それは誰も足を動かさないことである。対温暖化政策を見ても、すべて同じ状況である。
未来を担うべき研究者が動かない状況は、ますます悪化しつつある。大学への研究費配分に関しても、一度、根底から見直すことが必要だろう。社会のニーズに応えるのが大学の一つの重要な使命だからである。