裁判員裁判 公判開始から2ヵ月 “国民感覚”判決に幅

2009-10-09 | 裁判員裁判/被害者参加/強制起訴
産経ニュース2009.10.9 08:03
 今年5月に裁判員法が施行され、8月から公判が始まった裁判員裁判。これまでの刑事裁判は裁判官、検察官、弁護士と、プロだけで行われてきたために「分かりづらい」「判決が国民の感覚とずれている」などの批判が集まることも多かった。「国民の感覚を反映させる」という目的で制度は、刑事裁判に変化をもたらし始めているのか。浮かび上がった問題点はどのようなものか。8~9月に各地で行われた17件の公判を振り返った。(大泉晋之助、福田涼太郎)

 ≪量刑≫
判断基準明示 「相場」に変化
 検察官の求刑に対し「7~8がけ」と言われてきたプロの裁判官による“量刑相場”。裁判員裁判のもとではその量刑相場も「変化していく」(ベテラン刑事裁判官)との指摘があった。というのも、犯罪になじみのない素人にとっては、被告の事情よりも、被害者や遺族の心情に傾くあまり、刑が以前よりも重くなると予想されていたからだ。
 1件目の東京地裁の殺人事件では懲役16年の求刑に対し、判決は懲役15年。法律家からは「これまでより重い感じがする」との感想が漏れた。また、青森地裁の強盗強姦(ごうかん)事件では、求刑通り懲役15年の結論となったが、裁判員の一人は「これまでの性犯罪事件の判決は軽かった」と言い切った。裁判員には、毎回、評議の際に過去の同種事件の量刑データが示されているが、裁判員はそれぞれの感覚で結論を導き出しているようだ。
 ◆被告の事情考慮
 ただ、単に厳罰化が進んでいるだけではない。介護疲れが背後にあるとされた山口地裁の夫婦間の殺人未遂事件では、執行猶予が付いた。裁判員はそれぞれ「介護問題が自分に降りかかる可能性がある」「介護を率直にとらえた」などと述べている。また、家庭内暴力に端を発し、父親が長男を刺殺した福岡の事件では「寛大な判決を求めた家族の思いを考慮した」などとして、求刑の懲役10年に対し、懲役6年としている。17件のうち執行猶予判決は3件だが、そのいずれも保護観察所の指導のもと社会での更生を目指す保護観察処分が付いたのも特徴といえる。
 裁判員のこうした判断の裏には、弁護側の工夫もあるとみられる。従来の刑事裁判で弁護側は「寛大な判決を」などと述べるにとどめていた。これに対し、裁判員裁判では、弁護側の意見として「懲役×年が相当だ」などと具体的に述べるケースが多くを占めている。担当した弁護士は口々に「裁判員の判断基準を明確にすることが必要」と、その意図を明かしている。
 あるベテラン刑事裁判官は、制度開始を前に「スタート当初は、従来の裁判よりも判決の幅が大きくなるのではないか」と予想。いまのところ、その予想通りに推移しているのかもしれない。
 ◆集中審理に負担
 裁判員への負担を考えて、8割は3~5日間の集中審理で終わるとされている裁判員裁判だが、これまでの17件も、すべてその枠内で行われている。しかし、そんな短期間の審理でも、裁判員への負担は大きいようだ。
 「今回の件はこれでぎりぎりできたが、もっと事実関係に問題がある案件であれば、この日程では無理」(神戸)「4日間で頑張ってなんとか。死刑が絡むと4日ではできない」(東京)など、判決後の会見で裁判員はそれぞれ、負担の大きさを振り返った。
 また、さいたま地裁の裁判員は「3日間が限界」と答えている。これまでの裁判員裁判ではなかった無罪主張や死刑の可否を判断しなければならない事件など、審理が長引く可能性がある場合の裁判員への配慮が今後の課題となりそうだ。
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 ≪言葉≫
被告にエール/複雑な心情吐露
 法廷では裁判員から“国民目線”ならではの質問や意見が相次いだ一方、判決後の会見では裁判に参加したことに対する率直な気持ちなどが語られ、発言には多くの注目が集まった。
 ◆「プロにはない質問」
 東京の女性裁判員は被告に「娘の遺品であるナイフをなぜ凶器に使ったのか」と質問。殺意の強さなどを確かめる上で重要な質問だが、「法律家からは出ない質問」と被告の弁護人も舌を巻いた。
 神戸の女性裁判員は、父親に対する殺人未遂罪で起訴された息子の公判で、情状証人として出廷して息子をかばう父親に「(息子が)起訴されて怒っているのか」と、素人らしく率直に真意をただした。
 被告に向けた反省を促したり、エールを送ったりする言葉も目立った。
 神戸の女性裁判員は「就職の際に父のつてを頼りたくない」とした無職の被告に「甘い。私ならプライドを捨ててでもお金を稼ぐ」と忠告。さいたまの男性裁判員は20歳のフィリピン人被告に「将来に最大限の期待を寄せて、あえて厳しい処罰を望む」。証人として出廷した被告の母親に「息子さんは罪を償って親孝行すると思う」といたわった大阪の男性裁判員もいた。
 ◆不安…判決前夜に涙
 「今でもあの判決でよかったのかと不安を感じる」と述べた東京の男性裁判員。判決前夜に「被告、被害者のことを考えると無常観や世の中の不条理を感じた」と涙したことを明らかにした。大阪の男性裁判員は「量刑の判断は足し算や割り算を解くのと違い、すっとは出てこない」と独特の表現で難しさを語った。
 参加した感想について、さいたまの男性裁判員は「ほとんどが加害者にも被害者にもならずに一生を過ごす。犯罪に向き合う時間を得たのはとても新鮮で真剣になれた」と前向きな回答。一方、「被告の心情を理解するには日程が短い」(津)「素人の自分たちが決めてよいのか疑問が残った」(和歌山)と負担の重さや疑問を言葉にする裁判員も。青森の男性裁判員は「一番つらいのが守秘義務。酒が好きだけど、あまり飲めないかもしれない」と心配していた。

 ≪ハプニング≫
地裁が会見“遮断”/モニターミス…
 この2カ月間、制度が始まって日が浅いこともあってか、各地でトラブルやハプニングが相次いだ。制度反対派とみられる傍聴人の不規則発言から地裁側の守秘義務に関する“過敏”ともいえる対応まで、内容はさまざまだ。
 東京地裁で8月3日に開かれた全国初の裁判員裁判初日。閉廷が告げられると同時に女性傍聴人が「何で裁判員裁判をやる必要があるんですか」と叫び、法廷の外に連れ出された。9月14日に千葉地裁で開かれた強盗致傷事件初公判でも、閉廷間際に男性傍聴人が「こんなのただの見せ物だ」などと裁判長の制止を無視して騒ぎ続けた。
 地裁の対応が問題となったケースでは、8月12日に判決が言い渡されたさいたま地裁の会見があった。「裁判長の説諭は裁判員の思いを代弁したものか」との質疑中、立ち会っていた地裁職員が裁判員の回答を遮った。制止前に回答した3人は「私は代弁してもらったと思っている」などと答えていたため、「整合性がない」と指摘された。
 また、山口地裁で開かれた9月9日の判決後の会見では、「判決に保護観察が付いたのはどんな気持ちからか」との質問に対する回答について、職員が報道自粛を要請したが後に撤回。9月16日の和歌山地裁での会見では「意見はどれぐらい判決に反映されたか」という記者の質問に、評議での過程や賛否などの内容を明かすことは守秘義務違反に当たる恐れがあるため、職員が「(裁判員の)皆さんも困惑されていますので」と割って入った。
 そのほかのケースでは、9月2日に青森地裁で開かれた強盗強姦事件初公判で、被害者宅周辺の見取り図が傍聴人も見ることのできる大型モニターに一瞬だけ映し出され、職員が急いで電源を落とす一幕も。9月8日の大阪地裁で開かれた覚醒(かくせい)剤密輸事件の初公判では、「書証は…」と証拠調べを始めようとした検察官に、裁判長が「業界用語を使わないように」と一喝。さらに、裁判員法では裁判が終わるまでの間、裁判員への接触などを防ぐために、個人が特定されるような情報の開示を禁じているが、その後の証人尋問で、男性裁判員が質問する際に自分の姓を名乗ってしまい、裁判長があわてて制止する場面もあった。

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