光市事件弁護人更新意見陳述
目 次
第1 はじめに・・・・破棄差戻審の審理開始にあたって
1 更新意見の概要
(1)本件事件は、極めて不幸にして悲惨な事件である。
(2)弁護人が、当公判廷で明らかにしようとしていることは、以下の4項目である。
2 上告審判決批判
(1)被告人の弁護を受ける権利の侵害について
(2)永山判決の死刑選択基準の適用の逸脱と法令解釈の誤り
(3)小括
第2 1審・旧控訴審・上告審判決の事実誤認と事案の真相
1 1審及び旧控訴審・上告審判決の事実誤認
(1)本件犯行に至る経緯(自宅を出てから被害者に抱きつくまで)
(2)被告人が被害者に抱きつき死亡を確認するまで
(3)被害者死亡確認後から被害児を死亡させるに至るまでの経緯
(4)被害児を死亡させた後の行動(被害児を死亡させた後、被害者を姦淫して被害者宅を出る
まで)
(5)何故、彼らは誤りを犯したのか
2 事案の真相
(1)はじめに
(2)本件事件は、およそ性暴力の事件ではない。
(3)被告人は、激しい精神的な緊張状態の中にあった。
(4)そして、被告人は、被害者と出会った。
(5)それで、被告人は、一旦、被害者宅を出ようとした。
(6)被告人は、被害者と被害児に、亡くした母親と2歳年下の弟を見た。
(7)被告人は被害者を死亡させ、自分の母親を守った。
(8)しかし、母親は死亡していた。そして、被害児の首に巻いた紐は泣き悲しむ弟への償いのリボンだった。
(9)被害者に対する姦淫は、母親の復活への儀式であった。
(10)被告人は自分の犯したことを十分に理解できていなかった。
(11)結論
第3 情状
1 精神発達の未成熟
(1)事実関係における精神発達の未成熟
(2)情状関係における精神発達の未成熟
2 被告人のこれからの道のり・・・贖罪と償いの人生を生きる
(1)第1審、旧控訴審、上告審段階の被告人
(2)被告人が目標とする先輩の存在
第4 結語
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光市事件弁護人更新意見陳述 |
第3 情状 1 精神発達の未成熟 (1)事実関係における精神発達の未成熟 (2)情状関係における精神発達の未成熟 2 被告人のこれからの道のり・・・贖罪と償いの人生を生きる (1)第1審、旧控訴審、上告審段階の被告人 (2)被告人が目標とする先輩の存在 第4 結語 |
〔第3-2-(1)〕 |
2 被告人のこれからの道のり・・・贖罪と償いの人生を生きる |
(1)第1審、旧控訴審、上告審段階の被告人 前述のとおり、旧控訴審段階までの被告人については、母親の死亡時の精神状態のままであっ た。このことは、鑑別結果通知書(検甲218)の「処遇方針」の項で、指摘されていたことに符合し、 被告人が事実と向き合うという姿勢が乏しかったため、自己の行った行為の解明がなおざりにさ れてきていた。そのことが一因となって、内省があまり深まらない状況にあったといえる。 鑑別結果通知書(検甲218)や少年調査票(A)(検甲219)では、「事件に結びついた人格の偏り は、まだ矯正教育による可塑性を否定するほど固まっているわけではない」、「これまで顕著な非 行行動は認められず、不良文化の親和性は深化していない。人格の偏りもあるが総じて未熟な 段階にあり、可塑性を残している。矯正教育は不可能ではないだろう。」と述べ、被告人の矯正教 育による可塑性の存在を認めている。しかし、被告人は、上告審の最終段階に至り、新たな弁護 人が就任したことを受けて、これまで被告人が避けてきたこと、自分の犯した行為、本件事件と 正面から向き合うことを始めるに至った。そして、被告人は、現在、真の贖罪に向けて一歩ずつ 歩き始めている。 そして、上告審段階で、被告人は平成18年5月12日付で初めて被害者宛に謝罪の手紙を作成 し、これを送付している(弁17)。また、同月18日、その手紙でも触れている6300円の窃盗被害分 についての被害弁償について、弁護人に所持金を宅下げして、被害者遺族宛に被害弁償金を書 留郵便で送付している(弁18)。 |
〔第3-2-(2)〕 |
(2)被告人が目標とする先輩の存在 なお、本件弁護人の1人は、かつて、本件でも、本件よりも犯情が重いにも関わらず無期懲役が 適用された事例として挙げられているアベック殺人事件の控訴審(名古屋高裁平成8年12月16日 判決・判例時報1595号38頁)の弁護人を担当した。 この事件は、少年らが2名のアベックの男女を殺害した強盗強姦殺人事件で、主犯とされた当 時19歳の少年には1審では死刑が宣告された。しかし、彼は、「どうか生きて償いをさせて欲しい」 と訴え、控訴審では、被告人及び弁護人によって徹底して事実の見直しが行われ、平成8年12 月、無期懲役に減刑され確定した。彼は下獄してから10年6ヵ月となり、現在は38歳となっている (弁22)。彼の名前はS君という。 しかし、S君の裁判の審理においては、被害者遺族は、こぞって、捜査段階及び1審の公判廷に おいて、「被告人らを一生恨む。全員死刑にして欲しい」との厳しい意向を示し、1審判決後も、検 察官に対し、「死刑は当然である。」と訴えていた。(前掲名古屋高裁判決)。 ところが、S君のお母さんから平成17年5月に届いた手紙の中に、 「今回は少しうれしいお知らせができます。Sがここ数年作業賞与金を遺族の2家族の方に詫び 状を添えて送っていたのですが、今年は、Aさん(被害者)の父様より礼状が届いたとの手紙が来 ました。(略)Sも、びっくりするのとうれしいのと心の中は大変だったと書いてありました。事件の 後、家に主人と二人でうかがった時は、奥様がとても気をつかっていただき、その後二度ほどお 会いしたのですがご主人は私たちに決して会ってくださることはありませんでした。その方が、自 分の今の生活の事等を書いて、頑張るようにと書いて下さったとの事、少し私もうれしく思い、主 人の仏前に知らせました。これからもAさんの気持ちを大切に頑張る、と書いてありました。」と あった(弁20)。 これは、S君が生きて償うことを実践してきたことの積み重ねによってもたらされたものである。 生きて償うとは、何時までも贖罪の心を忘れることなく被害者のことを思い謝罪を続けることで ある。そして、そのことを通して再び人間としての信頼を取り戻していくということである。それは、 決して生やさしいものではない。しかし、1審判決の死刑を控訴審で無期懲役に減軽されたS君 は、それから10年を経過する今日も実践し続けているし、将来も決して変わることはない(弁21)。 そのS君と被告人は文通を始めた。 被告人は、文通を通じてS君の生き方に触れた。S君からもらった手紙を読み涙を流した。被告 人は、現在自らの歩むべき道として、S君の生き方を学んでいる。 被告人と同じく、少年時代に2名を殺害してしまったS君が無期懲役で刑務所で服役し、1ヵ月働 いて作業報奨金が約1万円くらい得られる状況でありながら、そのほとんどすべてを被害者の遺 族に送金している。被害者は、このようなS君の生き方に触れて、償いとは何か、反省とは何かを 深く考えるようになってきた(弁23、24)。 また、被害人は、S君の生き方に触発されて、差戻審になってから、請願作業を始めるようにな り、まだ作業を始めたばかりで時給5円70銭とごくわずかの作業報奨金しか得ることができていな いが、平成19年4月13日には、初めて得たお金(900円)を弁護人を通じて被害者らの命日に間 に合うように遺族宛に送金することを始めた。 さらに、C鑑定(弁9)の鑑定主文Vの7項・35頁で、被告人について、「現状でも、贖罪意識は不 十分であり、自己コントロールの弱い面は残る。そうではあっても、ある程度、自己の言動を対象 化して客観的に評価することができるようにはなっており、あるがままの自分に直面できる力が ついてはきている。」として、矯正能力を指摘する。 そして、B鑑定(弁10)でも、「事件後8年を経過し、遅れたとはいえ、まず母親との外傷体験、共 生感情の分析を経て、父親の暴力への恐怖を分析していけば、被告人の精神的発達と安定を促 すことが十分に可能であるだろう。」とし、同じく矯正可能性を指摘している。 弁護人らは、このS君と同じく、被告人にも一生かけて償う道を歩むチャンスを与えられるべきで あると考える。 |
〔第4〕 |
第4 結語 弁護人は、裁判所に対し、事実取調請求書を提出し、25の証拠及び証人を調べることを求めて いる。弁護人の更新意見の結論は、これらの証拠が当裁判所において、取り調べられることであ る。 |