【暮らし】
中日新聞2009年1月8日
解雇された非正規雇用労働者が住まいも失ってホームレス状態になる事例が全国で大量に発生し、寒い冬が越せるかどうかの危機に直面している。こうした人たちの最後のセーフティーネット(安全網)が生活保護制度。「生き延びるために申請する」という人が急増している。
岐阜県内の古いアパートで六十一歳の男性が、ストーブに当たりながら涙ながらに語った。「本当に暖かい。皆さまのおかげです」
関西地方で住み込みの寮に入って建設関係の仕事をしていたが、仕事が減ったため昨年五月に郷里の岐阜県に戻った。所持金は少なく家族らにも頼れなかったので、まもなく野宿に。八月からは橋の下で暮らした。
食事はスーパーの売れ残り品や行楽客の捨てたもの。探しても探しても仕事はない。自殺も頭をよぎり、自殺予防の電話相談「いのちの電話」のダイヤルを回した。
転機は十二月十日ごろ。交番の警官が声をかけてくれた。「大丈夫か。今夜は四度まで気温が下がる。行政に相談したら」。さらに、拾った新聞に生活保護制度の解説記事が出ていて勇気づけられた。「ホームレスでも生活保護が受けられる」
自治体の担当部署に駆け込んだが、申請受け付けの担当者は「住所がないとだめ」と拒否。住所がなくても生活保護が受けられる道はあるはずだが、この役所では三回足を運んでも拒否された。アパートも探したが、敷金を用意できないなどの事情で無理だった。
最後に希望を託したのが、貧困問題に取り組む全国の人たちが十二月二十四日に行った「年越し電話相談会」。岐阜県では「ぎふ反貧困ネットワーク」が岐阜市内の法律事務所で実施することを新聞で知り、その事務所まで歩いた。このときの所持金はわずか五円。
「岐阜生活と健康を守る会」の森下満寿美事務局長らが親身に事情を聴き、男性とともに四度目の申し出のため役所へ。
森下さんらは、男性を市営住宅に入居させようと交渉したが、役所は「入居の要件を満たさない」と拒否。その日は平行線のままだったが、翌日に道が開けた。ネットワークのメンバーが、すぐに入居できるアパートを見つけたのだ。住所が確保できたので役所は生活保護を認めた。
生活費や家賃は生活保護で賄え、何より屋根の下で暮らせる。男性は「天国です」とつぶやいた。
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憲法二五条の「生存権保障」に基づいて整備されているのが生活保護制度。資産や働く能力、親族による扶養などをすべて活用しても生活が成り立たない生活困窮世帯に、国や自治体の予算から生活保護費を支給する。国が定める最低生活費に満たない収入の世帯に、不足分を支給する仕組みで、自治体の担当窓口への申請が必要だ。この男性への月額支給額は家賃分が約三万円、生活費が約八万円程度。
昨年秋から急激に進んだ非正規雇用労働者の解雇によって、生活保護受給者が増えることは確実とみられる。派遣会社の寮を追い出されるなど、仕事と住まいを同時に失った人が多いからだ。
男性も頼った十二月二十四日の年越し電話相談会には相談電話が殺到。かかった電話は全国で一万九千八百八件で、つながったのは千七百件だった。そのうち約百件では、弁護士らが相談者に同行して自治体窓口に生活保護を申請した。
派遣切りなどで住まいと仕事を失った人たちに食料や寝場所などを提供するため労働団体などが昨年十二月三十一日から今年一月五日まで東京・日比谷公園に設置した「年越し派遣村」には約五百人が入村。このうち二百人以上が生活保護の申請をした。
=次回は十五日に掲載。
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【暮らし】
生活防衛 生活保護(下) 申請は支援者と同行
2009年1月15日
「派遣切り」などで生活が困窮して生活保護を受けようとする人が急増しているが、役所側に申請をなかなか認めてもらえず、あきらめてしまう人も多い。こうした場合に効果的なのは、生活保護に詳しい支援者に同行を依頼することだ。「生き延びるための攻防戦」を乗り切るノウハウを考えてみた。
年明けから東京都千代田区役所や名古屋市中村区役所などで、生活保護を受けようとする人の波ができた。
注目されたのは、仕事と住まいを失った派遣労働者らを支援する東京・日比谷公園の「年越し派遣村」。駆け込んだ人のうち生活保護を希望した約二百八十人のほとんどに、受給決定が出た。派遣村の村長は「NPO法人自立生活サポートセンター・もやい」「反貧困ネットワーク」の事務局長を務める湯浅誠さん。
中部地方に住む五十代の男性Aさんも湯浅さんに救われた一人だ。複雑な家庭事情で二〇〇七年春、妻と幼い娘と一緒に急に近県に移った。所持金も多くなかったので住まいは自家用車の中。妻は何とか派遣社員の仕事を見つけたが、住所不定の男性は仕事を見つけるのがより困難で、Aさんは就職できなかった。
そこで、〇七年夏、車中生活していた市の生活保護課を訪ね「生活保護を受けたい」と申し出た。しかし、担当者は「住所がないと受け付けできない」と突っぱね、申請書も渡さなかった。「三、四回行ったのですが、同じでした」とAさん。
打開策を必死で模索。ネットカフェのパソコン検索で「もやい」を見つけた。早速、連絡して窮状を説明すると、湯浅さんが支援者を探してくれ、若手司法書士が手を挙げた。その司法書士が生活保護課に同行すると、担当者の対応が変わった。住所が決まっていないうちに申請書をくれたのだ。
その後、Aさんは家賃の安いアパートを自分で探して住所を確保。申請が認められた。家賃と生活費の分で月に十万円強の保護費をもらうことができた。Aさんは翌年春には仕事が見つかり、それからは生活保護を受けていない。
同行者なしで生活保護の申請窓口である自治体の福祉事務所や生活保護課を訪ねるとどのように大変か、湯浅さんは著書「あなたにもできる!本当に困った人のための生活保護申請マニュアル」で説明している。
担当者に「本当なの?」攻撃にさらされるという。「本当に生活に困っているの?」「本当に働くところがないの?」「本当にだれも援助してくれないの?」といった調子だ。
生活保護は、国が定める最低生活費より収入が少ない世帯に不足分を支給する制度。資産や働く能力などをフル活用しても生活が成り立たない世帯が対象だ。
そのため、担当者がチェックするのは当然だが、生活保護に詳しい法律家らは「担当者に事情をしっかり話せず、泣き寝入りを強いられている人が多いのが実態」と指摘する。
泣き寝入りを防ぐのが、窓口への支援者の同行。支援者が「本当なの?」攻撃に理路整然と対抗すると、担当者の態度が一変することが多いという。
ホームレス状態の人に対して「住所がないと生活保護は受けられない」と突き放す対応は多くの自治体に広がっている。民間アパートや生活保護施設を紹介するなどして住所を確保すれば生活保護が支給できるので、疑問のある対応だ。
生活保護の申請同行をしているのは、ホームレス支援団体、各地にある民間団体「生活と健康を守る会」、貧困問題に取り組んでいる地方議員など。二年前からは申請同行に積極的に取り組む弁護士や司法書士が全国で増え、法律家らによるネットワーク組織が各地にできた。
役所の担当者とのやりとりに自信がない人は、その地域のネットワークに電話するのが賢明。必要に応じて、手配を受けた法律家らが役所に同行してくれる。(白井康彦)