《神がいなければ》 プーチン大統領の心酔した作家はドストエフスキー 2022.5.28

2022-05-28 | 文化 思索

 中日新聞ー5面 発 言  
風来語
(かぜきたりてかたる)

神がいなければ
 主筆 小出宣昭

 ロシアの文学者で名古屋外国語大学長の亀山郁夫さんによれば、プーチン大統領のだれにもまして心酔した作家はドストエフスキーだという。
 19世紀のこの文豪は、スラブ民族の包括的一体感という国家間を持ち、その意味でプーチン大統領の大スラブ主義、ウクライナ抱き込みと重なって見える。
 しかし、どんな理由でも殺人は罪であるという神の摂理と金の現実の間にほんろうされる人間の悲しさを描いた作品群と、ウクライナ侵攻とはどう繋がるのだろうか。亀山さんは「繋がらないが、二つのキーワードが問題の核心をつく」という。
 一つは「神がいなければ全てが許される」。もう一つは「リアリズムは恐ろしい悲劇を人間にもたらす」。「カラマーゾフの兄弟」で語られた言葉だ。
  力ずくで侵略と虐殺、暴行を「全てが許される」と思うロシア軍の将兵。戦場のリアリズムがその恐ろしさに拍車をかける。ふと、ロシア革命から七十数年、この国は無神論の社会主義国だったことを思い起こした。
 1980年代後半、私は何度もこの国(ソ連)を取材で訪れた。驚いたのは、社会生活のほとんどに表と裏の顔があることだった。
 取材ビザを取るには二週間かかるという。やむなくビザなしでモスクワの空港へ飛び、カーテンで囲まれた怪しげな一角でパスポートに百㌦を添えて出すとOK。現地の特派員の車で大通りをUターンしたら警官が「Uターン禁止だ」。「いつも曲がっているじゃないか」と反論すると「今日は禁止だ」。ピンときた特派員氏、車に積んである日活ロマンポルノのカレンダーを差し出したら、これまたOK。この国はキリスト教的倫理観を捨ててしまったのだろうかと思わせた。
 国のわいろ事情を示す腐敗指数ランキングという統計がある。世界百八十カ国、透明性が高い(わいろがきかない)方から順位づけし、ニュージーランドと北欧諸国が首位グループで、次にスイス、ドイツ、英国などが続き、日本は十八位。フランスの上だ。ロシアは百三十六位。欧州ではぶっちぎりの最下位、いくつかのアフリカ諸国と同率である。
 ソ連崩壊から三十年、ロシアにはまだ、神の倫理は戻っていないのかもしれない。
 2022.5.28

 ◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
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〈来栖の独白 2022.5.28 Sat.
 ロシアによるウクライナ侵攻以来、新聞記事などに「ロシア」「ドストエフスキー」そしてできれば「神」に触れた記事はないものかと探していた。本日、上の記事。タイトルは《神がいなければ》。ドストを学生の頃に読んで以来、ロシアと神は、私の裡で切り離し難い。『カラマーゾフの兄弟』は、聖書に次ぐ。
 しかし、そうかぁ、この国はいつの間にやら、倫理観も地に落ちたか。“プーチン大統領のだれにもまして心酔した作家はドストエフスキーだという”のに。
 いや、膨大な国土を有するロシアには、多くの国民がいる。その多くの国民には、きっとキリスト教的倫理観が生きていると思いたい。先刻のウクライナ侵攻は、ひとり政治家の所業だと思いたい。 


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