産経ニュース 2018.4.29 09:00更新
【金正恩と核・対話攻勢の行方】(中)正恩氏主導「偽装平和ショー」 米朝の「仲介者」に徹する文氏
「富強繁栄する統一強国を建設しようとする最高指導者同志の民族愛と揺るぎない意志の表れだ」
北朝鮮の朝鮮中央通信は28日、朝鮮労働党委員長、金正恩(キムジョンウン)が韓国大統領、文在寅(ムンジェイン)と板門店の韓国側施設で27日に開いた首脳会談についてこう報じ、「民族和解と平和、繁栄の新時代を開いた金正恩同志の業績は祖国統一史に輝かしく刻まれるだろう」とたたえた。
党機関紙、労働新聞は1~4面に正恩が韓国軍の儀仗(ぎじょう)隊の栄誉礼を受ける様子など61枚の写真を掲載して会談を喧伝(けんでん)した。際立つのが軍事境界線を一歩韓国側に足を踏み入れた正恩が文と2人で一時、北朝鮮側に入り、韓国側施設を背に撮られた一枚だ。「いま、(北側に)越えましょうか」と文の手を取り、瞬時に北朝鮮側に韓国大統領を連れ出すことに成功した正恩のリーダーシップを強調する意図がうかがえる。
報道には、南北首脳会談を、正恩を“主役”にしたステージに書き換える狙いがちりばめられている。
同通信は、正恩が文と署名した「板門店宣言」の全文も報じた。「完全な非核化を通じ、核なき朝鮮半島を実現する共通目標を確認した」との文言も韓国の発表と違わず明記された。正恩が3月初め以降、韓国や米国に非核化意思を表明しながら北朝鮮メディアが一切触れず、今回の会談で世界が最も注目した部分だ。
「非核化」を明文化した宣言に対する高評価がある一方、具体性に欠け、目標にとどまった点を落胆する声も少なくない。韓国最大野党、自由韓国党代表の洪(ホン)準(ジュン)杓(ピョ)はフェイスブックで「金正恩と文政権が合作した偽装平和ショーにすぎない。核廃棄は一言も切り出せず、正恩が言う通りに書いたものだ」と批判した。
非核化は、文政権が「最重要議題だ」と繰り返してきたにもかかわらず、宣言には南北関係改善や軍事的緊張緩和が先に記され、最後の項目に追いやられた。
2005年の6カ国協議で北朝鮮の全核兵器と核計画の放棄を公約した共同声明より後退したとの見方もある。韓国外国語大学碩座教授の尹(ユン)徳(ドン)敏(ミン)は「具体的な記載は難しい面もあったが、満足いく表現でないのは事実だ」と指摘する。
会談冒頭、正恩は「良い結果を出す」と明言した半面、「過去のようにいくら良い文章が発表されてもきちんと履行されなければ、期待した方々をむしろ失望させる」と述べていた。
正恩が言及した「段階的措置」に合わせ、履行しやすいようにいくらでも解釈が可能な余地を残したのが今回の宣言といえた。いきなり非核化をうたうより、「平和と繁栄、統一への全民族の願い」だとして南北関係発展や緊張緩和を先に掲げる方が「先代の遺訓だ」として北朝鮮内部を説得しやすいのは確かだ。
宣言は北朝鮮の発表を前提に綿密にすり合わせた可能性が高い。自国ペースで核廃棄を迫る米大統領、トランプとの会談を控え、平昌五輪でも正恩への配慮を欠かさなかった文との会談後を置いて、内部に非核化を明示する最良のタイミングはなかったとみられる。
正恩と宣言の共同発表に臨んだ文は「われわれは主導的に民族の運命を決めていく」と強調した。だが、2人の対面シーンや宣言の文言は、どちらが本当に主導権を握っていたのかを雄弁に語っている。
●正恩氏「話せる指導者」演じ切り
「米国と北朝鮮が戦えば、われわれが仲裁する」
文在寅の盟友、師匠であった韓国元大統領、盧(ノ)武(ム)鉉(ヒョン)が2002年末に立候補した大統領選挙の際、発した言葉だ。
「米国と北のどちらの味方なのか」「米韓同盟を無視している」などと当時、韓国では非難が集中した。あれから16年。盧の“失言”を文が実現しようとしている。時は移り、「米朝仲裁論」への批判もうせた。
金正恩が1月の「新年の辞」で南北関係改善に意欲を示して以来4カ月足らず。その間、文在寅は平昌五輪への北朝鮮の参加や芸術団派遣など、北朝鮮の要求を全面的に受け入れ対話に応じてきた。
平昌五輪の開幕式で、米副大統領のペンスは、文が招待し引き合わせようとした金正恩の妹、金与(ヨ)正(ジョン)ら北朝鮮代表団を徹底的に無視。米国の冷ややかな視線の一方、北朝鮮に傾斜する文の姿勢が際立った。その姿は卑屈にさえ映り、韓国国内でも批判が起きた。だが、文は南北和解の好機を信じ、金正恩との板門店宣言へと導いた。
板門店宣言で、北朝鮮の非核化は「共同の目標を確認する」にとどまった。具体的な行動は示されず、北朝鮮が過去に出していた声明や合意と同じだ。ただ、韓国は「米国に反対されない程度の合意」(韓国政府関係者)と評価している。当初の予想通りの内容だ。
そもそも文は、南北首脳会談を米朝首脳会談につなげるものと位置付け、自らが米朝の「仲介者」となることを自任していた。南北首脳会談を通して金正恩を「話ができる相手」と米国に印象づけようとしていた。会談で文が見せた懸命な姿勢からも読み取れる。
南北首脳会談を終えた文の言葉や表情からは、米朝首脳会談への環境作りに成功し、役割を果たしたという充実感がにじみ出ていた。同時に、北朝鮮をめぐる外交での韓国の必要性を米国にアピールし、今後の米朝交渉への韓国の関与を認めさせつつある。
一方、南北首脳会談で文の“期待”通りに「話せる北朝鮮の指導者」を演じ切った金正恩は、次の米朝首脳会談をにらんでいる。対米交渉を有利に進めるには文の存在は欠かせない。文も、それを分かった上で仲介役を買って出る構えだ。
板門店宣言には「(朝鮮戦争の)休戦協定を平和協定に転換し平和体制を構築するための南北米3者、南北米中4者会談の開催推進」が盛り込まれている。韓国はこの3者、4者のいずれにも名を連ねている。問題は、米国がこれに乗ってくるかどうか。米朝首脳会談の展開次第だ。
文は5月中旬に訪米し、トランプと会談する。米朝首脳会談へのお膳立てをしたかたちの文だが、米朝会談が決裂すれば、板門店宣言の履行は難しくなってしまう。
「平和を求める8千万人の民族の念願」だとして、文は共同発表で「終戦宣言と平和協定を通じ休戦体制を終息させる」と強調した。=敬称略
(ソウル 名村隆寛、桜井紀雄、時吉達也)
◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です
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