池内ひろ美さん ネット脅迫事件

2007-03-26 | 社会

(中日新聞2007,3,26朝刊)
 評論家の池内ひろ美さん(45)をインターネットの掲示板で脅迫した男が先月末、逮捕された。池内さんがブログ(日記風サイト)に書いた内容をきっかけに始まった誹謗(ひぼう)中傷は、ネット上で過熱し、講演の中止などに追い込まれた。匿名性に隠れてエスカレートする言葉の暴力に、対処法はあるのか。 (岩岡千景)

 発端は、池内さんが昨年十月、自身のブログに書いた「期間工」と題する文。名古屋市内の居酒屋で居合わせた、自動車メーカーの期間工を名乗る三十代前後の男性たちとのやりとりから、男性たちの向上心のなさを叱咤(しった)した内容だった。

 学力を疑問視するともとれる表現などに、池内さんのブログやネット上の掲示板「2ちゃんねる」に「職業差別」と批判が集中。池内さんのブログは書き込みが殺到して「炎上」する一方、2ちゃんねるや他のブログに「売春斡旋(あっせん)」「非弁活動」などと書き込まれた。

 中傷は「娘は売春で補導歴がある」など家族にも及び、「池内ひろ美一家皆殺しを希望」と題するブログも開かれた。娘の実名や出身校など私的な情報もさらされた。

 身近で嫌がらせを受けるようにもなり、十一月には自宅前でカメラを持つ三十代男性が警察に事情聴取された。出演するテレビ・ラジオ局や講演会の主催者に、抗議の電話やメールを促す書き込みも飛び交った。

 苦情メールが届いたことを受け、NHKラジオは十二月十四日に予定していた池内さんの出演を取りやめた。同二十日、名古屋市の中日文化センターで予定されていた講座も、2ちゃんねるの「一気にかたをつけるのには、文化センターを血で染め上げることです」「教室に灯油をぶちまき 火をつければ あっさり終了」などの書き込みを受けて中止された。

 警視庁は今年二月二十七日、これらの書き込みをしていた東京都日野市の会社員小林一美容疑者(45)を脅迫と威力業務妨害容疑で逮捕。小林容疑者は昨年十一月から逮捕前まで、池内さんにかかわる書き込みを千回以上も繰り返していた。警察の調べに「池内さんが謝罪をしないので腹が立った」と供述したという。

 池内さんは逮捕日にブログを閉鎖し、小林容疑者は三月二十日に起訴された。

 ネットトラブルに詳しい識者はどうみるか。

 お茶の水女子大の坂元章教授(社会心理学)は「ネットの世界では他者を傷つけている実感がわきにくく、社会ルールへの意識も希薄になり、匿名で発言に責任を持たなくて済む特性がある。このため他者への誹謗中傷や名誉棄損、侮辱は頻繁に起きている」と指摘。

 「本来なら、掲示板の管理者がこうした書き込みを削除するなどの対策が必要だ」と語る。

 また、田島正広弁護士は「言葉は時に暴力に変わり、人の一生を左右しかねない。匿名で行われるネット上の書き込みは、便所の落書きと一緒といった感覚もあるが、無責任に何を書いてもいいものではない」。

 今回のように脅迫などの違法行為があった場合に「書き込み者の責任をきちんと追及できる基盤の確立を」と訴える。

 具体的には、トラブル時に発信者を迅速かつ確実にたどれるよう、発信者の情報をネットの接続業者らが一定期間保持し、最終的には裁判所が開示をその都度判断する仕組みが必要という。

 ただ、これらの対策は同時に、表現や通信の自由を阻む危険をはらむ「もろ刃の剣」にもなりかねない。坂元教授と田島弁護士は「こうした手段を取らずに済むように、ネット利用者に情報に対する倫理観をきちんと持ってもらうことが大事だ」と話している。


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。