ニッポンの紛争地帯をゆく:「従軍慰安婦」抗議からみえる、日本で起きるデモの未来
抗議デモを「参加者目線」でレポートしていく本連載。4回目は「従軍慰安婦」問題へ抗議する人々に密着する。テレビでは「右翼団体ら」と報じられた彼らの姿から、「日本の抗議デモ」の未来がみえてきた。
2012年01月18日 08時02分 UPDATE[窪田順生,Business Media 誠]
■「従軍慰安婦」とともに抗議をする日本人
ちょっと前、ソウルの日本大使館前に「従軍慰安婦」のブロンズ像が建ったというニュースが流れたのを覚えているだろうか。
かなり繊細なテーマなので詳しくはご自分で調べていただきたいのだが、「従軍慰安婦」とは「日本軍に強制連行され、性行為を強要された」と訴える女性たちのことである。韓国政府は日本に謝罪して賠償せよと迫っているが、政府は「問題は解決済み」というスタンスであるため、報復として大使館の目の前に「被害者」を立たせたというわけだ。
KARAの脚線美や女優キム・テヒの美貌に鼻の下を伸ばしていた“親韓”な人からすればあまり聞きたくもない話だろうが、この問題に対するかの国の反日ぶりはすさまじい。
李明博大統領は野田首相に対して「誠意」をみせないと韓国中に従軍慰安婦像が建つぞと恫喝。「従軍慰安婦」だったという老婆たちは、日本大使館前で1000回にものぼる座り込み抗議を続けたあげく、ブロンズ像が設置される日に合わせて御年89歳の老婆が抗議のために車椅子で来日し、外務省へ乗り込んだのだ。
国家にはそれぞれ外交戦略というものがあるので、いたしかたないとして、これに合わせて日本特有の現象が起こっている。
なんと韓国の人たちだけではなく、「従軍慰安婦」に謝罪せよ、賠償せよとたくさんの日本人まで外務省に押しかけたのである。
■「右翼団体ら」で片付けられた人々
なんで日本人が「反日」をと理解に苦しむかもしれないが、外務省に押しかけたのは「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動2010」をはじめとする日本軍の戦争責任を追及する団体や女性人権団体である。ネット上では「反日左翼」と呼ばれるこれらの市民活動家のみなさんが、外務省に集結し手をつないで取り囲む「人間の鎖」という抗議を展開したのだ。
反原発運動で経産省や東京電力に対しても行われている例のアレである。
もちろん、このような動きに対して保守系の「市民」も黙っていない。そもそも従軍慰安婦など存在しない、歴史的捏造だと訴える1000人以上の人々が反撃にでた。
つまり、実にややこしい構図だが、「従軍慰安婦」と“人間の鎖”のみなさんがタッグを組んで日本政府を抗議し、それに対して保守系のみなさんからの抗議が行われたのだ。
この様子は、ニュースで「人間の鎖VS. 右翼団体」などと報じられたのでご覧になった人も多いだろうが、案の定というか、大手マスコミはかなり偏った伝え方をしていた。
「元従軍慰安婦」の老婆や、“人間の鎖”をつくる「市民」には積極的にインタビューで放映するものの、保守系の「市民」は遠目に撮影し“雑観”扱いで、その主張はスルー。某ニュース番組は「右翼団体ら」の一言で片付けていた。
そこで、マスコミが現場にいながらもガン無視したこの冬一番アツいガチンコ対決の一部をここでご紹介していこう。
■「在特会」の挑発を無視する「左翼」
12月14日午前11時。「人間の鎖」に参加する市民たちの集合場所となっている日比谷公園霞ヶ関口に行ってみると、さっそく直接対決が始まっていた。
一列に並んだ警官隊に隔てられ、2つの集団がわずか十メートルほどの距離でにらみあっているのだ。
左側はもちろん「人間の鎖」のみなさん。そして右側は「在日特権を許さない市民の会」、略して「在特会」。前回、フジテレビデモに参加していた十代と二十代の若い女性が「イケている」と評していた保守系市民団体だ。
「20万人の婦女子が日本の官憲に連れていかれたといいますけど、じゃあその時、朝鮮人は何をしていたんですか? みなさんはその問いに答えられないでしょう? 朝鮮人は家族思いなんですよ。目の前で自分の家族が日本兵に連行されてるのをただ指をくわえて見ているわけがないんですよ!」
日章旗が立ち並ぶなかで、「在特会」の男性が拡声器で「人間の鎖」に厳しい口調で語りかける。彼のいわんとしていることはよく分かる。
私事で恐縮だが、かつて「朝鮮人女性を強制連行した」と証言し、「従軍慰安婦」問題のきっかけとなった吉田という元日本兵の取材をしに下関まで行った。そこで分かったのは、彼が共産党から出馬し、旧ソ連の友好団体に属するなどバリバリの左であり、地元でもかなりうさん臭い人物として知られていたということ。
事実、吉田某は後に「あれは創作でした」と認めている。このように「従軍慰安婦」にはぶっちゃけ、怪しいネタ元が多いのである。
とはいえ、そこは「左翼」のみなさんである。ロマンスグレーのご年配やインテリっぽい人たちが多いし、きっとこんな話を一蹴するような理論武装をしていらっしゃるに違いない。
期待に胸を膨らませて、「人間の鎖」側の反論を待つが、彼らの多くはまるで目の前に「在特会」など存在しないかのように談笑をしたり携帯をカチカチいじったりしている。なかには、仁王立ちをして「在特会」メンバーにメンチをきっている人もいるが、基本的にはシカトなのである。
なんだ、これは?
「おい! そこのおまえ!」
やがてトレンチコートの男性が、拡声器を持った。「在特会」の桜井誠会長である。
「もう学術的には慰安婦問題は決着がついているんだよ! それを今になって強姦だった強姦だったってね。これを許したら50年後に必ず、今新宿とか鴬谷とかで股を開いている朝鮮人ね、あれは強姦だったと言い出しますよ! 今みなさんの子ども、孫が我々のように罵られる。だから絶対にここで止める!」
集団から「そうだ!」「うそつきは死ね!」などど罵声が次々とあがる。桜井会長はたたみかけるように「おまえらも自分たちの名誉をかけて日本を罵るんだろ? だったら逃げるなよ」などと挑発するも、「人間の鎖」のみなさんは相変わらずノーリアクション。
これはいったいどういうことかと「人間の鎖」側の様子をうかがっていると、ひとりの若者が私を横目で見ながら、隣の長髪男性にヒソヒソとやっている。
「おい! そこのおまえ!」
「はい?」
長髪男性がものすごい怒りの表情で私に向かって突進してきた。瞬時に、警官が取り押さえる。気が付けば、なぜか私も若い警官に取り押さえられている。
「ね、ね……あちらもかなり気がたってますから。撮影は止めてあげてください」
耳元で必死に説得する若い警官。うーむ、「左翼」のみなさんはいろんな活動をされている人も多いので、「取材お断り」が多いのはもちろん知っていたが、ここまでピリピリしているとは。
「在特会」の挑発など気にかけてないように見えたが、実はいつブチキレしてもおかしくない状況なのかもしれない。
激しい言動とともに怒りを全面に押し出す「右翼」。内にマグマのように怒りをたぎらせる「左翼」。この2つが直接衝突したらいったい何が起きるのか?
■「死人が出るかもしれませんよ」
「取材するなら気をつけてやってくださいね。今日は本当にヤバイですからね。死人も出るかもしれませんよ」
「在日特権を許さない市民の会」、略して「在特会」の桜井誠会長から、そのように声をかけられた。確かに。ネット上で「反日左翼」と呼ばれる市民活動家の1人は、先ほど私に向かって怒りをあらわにして突進してきた(関連記事)。市民活動のみなさんは全員が手をつなぎ、いわば「人間の鎖」状態。そんな彼らと、過激な発言で挑発をする「在特会」のメンバーが衝突したら……どちらかが手を出した途端、数十人規模の大乱闘に発展する恐れは十分にある。
なんて思っていたら、「人間の鎖」の人たちは外務省前へ。それを追いかけるように「在特会」も移動していく。
が、追跡は外務省前をとおる国道1号線(桜田通り)までだった。「人間の鎖」の人たちは、横断歩道をわたって、ゆうゆうと外務省にたどりついたが、「在特会」をはじめ保守系市民団体は、横断歩道を渡ることを許されず、警官隊に足止めを食っているのだ。同じ「市民」でこの待遇の違いはいったい……。
■警察の封鎖をかいくぐって外務省前に“上陸”
外務省正門前ですでに「従軍慰安婦」の老婆が記者会見を開いていた。朝日新聞に共同通信、NHKに韓国メディア……30人以上の記者に取り囲まれている。思っていた以上にご高齢で、こんな場所にして大丈夫かと心配してしまうほどヨボヨボだった。
「7年もの慰安所生活を中国で強制された後、日本軍兵士にダマされて日本にわたって来ました。日本でも半世紀、在日朝鮮人としてあらゆる差別を一身にうけながら中国の慰安所時代に関しては沈黙し語ることはできませんでした。語り始めたソンさんは10年間、日本政府を相手に裁判を闘いました。しかし、司法の厚い壁は崩すことはできませんでした」
支援者の女性が時おり涙で言葉をつまりながら訴えているのを聞いていると、外務省前の地下鉄のあたりが大騒ぎになっていることに気付いた。
見れば、「在特会」が地下鉄霞ヶ関駅の地下通路を経由して、車道の向こう側からわたって来たのである。地下鉄出口の階段から続々とあがってくる日章旗を掲げた一団。それを阻もうとする警官隊。目と鼻の先では、ロマンスグレーのおばさまや、若い女性たちが手をつないで「人間の鎖」をやっており、不安そうな表情を浮かべている。
これは……えらいことになったぞ!
■あわや「将棋倒し」の大事故に?
「朝鮮人は日本からひとりのこらず出ていけー」
警官隊にもみくちゃにされながら男性がマイクで叫ぶ。「従軍慰安婦」の会見場までおよそ200メートル。異常事態に気付いた「人間の鎖」のメンバーたちも、これ以上進ませないように地下鉄出口周辺に集まってきた。日比谷公園で私に怒声を浴びせた長髪男性も、外務省前に“上陸”を果たした「在特会」を憎々しげに睨んでいる。
「かーえーれ! かーえーれ!」
コールとともに「在特会」が警官たちを退けていく。若い警官たちがさらに押し返す、ってアブないって!
「在特会」の後ろの人たちが階段をのぼっているところだ。このまでは将棋倒しで大事故になるぞ!
とヒヤッとしたところで、「鬼軍曹」っぽいベテラン警官が颯爽(さっそう)と現れ、群衆を押し返している制服警官たちを次々と襟首をつかんで後ろに引きずる。
「聞け! オレの話を! 壁をつくれ壁を!」
なるほど、少し後退して駅の出口を取り囲むように壁をつくってそこから進ませないわけね。「在特会」とおしくらまんじゅうをしていた若い制服警官らの目は完全に泳いでいたが、さすがベテラン。冷静な判断である。
■「外務省の前で、反日極左にやりたい放題やらせるからだろ!」
ステンカラーコートを身にまとった中年の私服警官が、「鬼軍曹」の背中に心配そうに声をかける。
「どうすんだよ? あけんの!? あけんの!? これ」
ここを突破されたら「人間の鎖」のみなさんとの衝突は避けられない。「在特会」のテンションなら、マスコミに囲まれて会見をしている「従軍慰安婦」のとこにも突っ込んでいくだろう。これは外交問題にも……つーか、警察のみなさん、こんないきあたりばったりで警備計画、大丈夫?
と、その時、もみあう警官たちと「在特会」の中から「全員、静まれ!」という叫び声があがった。桜井会長である。
「下げることは下げるけど、君たちだってこうなった原因は最低限考えろ。外務省の前で、反日極左にやりたい放題やらせるからだろ! 警察もあっちを取り締まりなさいよ。だったら、私たちだってここまでこないよ!」
これは確かに一理ある。「人間の鎖」の参加者はノーチェックでこちらに渡れるが、保守系市民団体のみなさんは立ち入り制限。車道を隔てた農林水産省前あたりから、声を枯らせて叫んでいる。近づけたらケンカになるのであれば、せめて門の左と右に分けるとか。こういうえこひいきをすると、怒りが増すだけだと思うのだが……。
その後、多少の小競り合いはあったものの、「在特会」は道の向こうへと後退。車道を挟んだ場所から、「主権回復を目指す会」や、日本を愛する女性たちの団体「なでしこアクション」「頑張れ日本! 全国行動委員会」などの保守系市民団体と並び、1時間以上も声を枯らせてシュプレヒコールをしていた。
■「外務省の前で、反日極左にやりたい放題やらせるからだろ!」
ステンカラーコートを身にまとった中年の私服警官が、「鬼軍曹」の背中に心配そうに声をかける。
「どうすんだよ? あけんの!? あけんの!? これ」
ここを突破されたら「人間の鎖」のみなさんとの衝突は避けられない。「在特会」のテンションなら、マスコミに囲まれて会見をしている「従軍慰安婦」のとこにも突っ込んでいくだろう。これは外交問題にも……つーか、警察のみなさん、こんないきあたりばったりで警備計画、大丈夫?
と、その時、もみあう警官たちと「在特会」の中から「全員、静まれ!」という叫び声があがった。桜井会長である。
「下げることは下げるけど、君たちだってこうなった原因は最低限考えろ。外務省の前で、反日極左にやりたい放題やらせるからだろ! 警察もあっちを取り締まりなさいよ。だったら、私たちだってここまでこないよ!」
これは確かに一理ある。「人間の鎖」の参加者はノーチェックでこちらに渡れるが、保守系市民団体のみなさんは立ち入り制限。車道を隔てた農林水産省前あたりから、声を枯らせて叫んでいる。近づけたらケンカになるのであれば、せめて門の左と右に分けるとか。こういうえこひいきをすると、怒りが増すだけだと思うのだが……。
その後、多少の小競り合いはあったものの、「在特会」は道の向こうへと後退。車道を挟んだ場所から、「主権回復を目指す会」や、日本を愛する女性たちの団体「なでしこアクション」「頑張れ日本! 全国行動委員会」などの保守系市民団体と並び、1時間以上も声を枯らせてシュプレヒコールをしていた。
*窪田順生氏プロフィール:
1974年生まれ、学習院大学文学部卒業。在学中から、テレビ情報番組の制作に携わり、『フライデー』の取材記者として3年間活動。その後、朝日新聞、漫画誌編集長、実話紙編集長などを経て、現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌でルポを発表するかたわらで、報道対策アドバイザーとしても活動している。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。近著に『死体の経済学』(小学館101新書)、『スピンドクター “モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)がある。