取り返しつかぬ鳩山首相の普天間失政
日経新聞 社説2010/5/29
罪万死に値する失政である。
鳩山由紀夫首相が繰り返し表明した5月末までに米軍普天間基地の移設問題を決着させるという約束はほごにされた。日米両政府は普天間基地の移設先を沖縄県の「名護市辺野古」周辺と明記した共同声明を発表したが、代替施設の工法などの決定は8月末に先送りした。
連立政権内の調整は土壇場まで迷走。辺野古への移設に反対し、閣議での署名を拒んだ福島瑞穂消費者・少子化担当相(社民党党首)を首相が罷免する事態にまで発展した。
自ら信頼を損ねた愚
福島担当相の罷免に伴い、当初は社民党に配慮して具体的な地名を盛り込まない予定だった政府の対処方針にも辺野古と書き込み、ようやく閣議決定にこぎつけた。首相の政権運営には民主党内からも批判が出ており、求心力は一段と低下しよう。
しかも沖縄県名護市など地元の同意は得られておらず、社民党は辺野古への移設に強く反発している。移設のめどは全くたっていないのが実態だ。普天間基地が現状のまま固定化される恐れが強まっている。
政権発足から8カ月間にわたる迷走で、首相の言葉の軽さばかりが目立った。首相は普天間移設が日米同盟の根幹にかかわる問題であるという認識を欠いたまま、場当たりの対応に終始し、指導力を示せなかった。首相としての資質そのものが疑われるという深刻な事態を招いている。その責任は極めて重い。
首相は28日の記者会見で5月末決着ができなかったことを陳謝したうえで「今後も粘り強く基地問題に取り組み続けることが自分の使命」と述べ、続投する考えを示した。「この問題の全面的な解決に向けて命を懸けて取り組まねばならない」とも語ったが、この言葉を素直に受け取れる人はどれほどいるだろうか。
首相が福島担当相を罷免したのは当然だが、それにとどまらず社民党との連立を解消するのが筋だろう。安全保障という重要政策で根本的な意見対立を抱えたまま連立を維持するのはおかしい。選挙対策優先で連立を続けるなら本末転倒だ。
普天間問題がこじれた一因は、首相が昨年秋の政権交代前から、普天間の移設先は「最低でも県外」と約束し、沖縄の期待をあおったことにある。沖縄は当時、名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沿岸部への移設を定めた2006年の日米合意を容認する姿勢をにじませていた。しかし鳩山氏の発言もあってこうした空気は変化し、県外ないしは国外への移設を求める声が勢いづいた。
首相の「県外発言」は自民党政権との違いを出すことが目的で、米側の意向やアジアの安全保障情勢を踏まえたものではなかった。米側との協議は初めから難航したが、首相は軌道修正せず、3月下旬になっても「極力、県外」をめざすと言い張り、混乱に拍車をかけた。
日米両政府が最終的に、現行計画をほぼ踏襲し、辺野古への移設を盛り込んだ共同声明をまとめたことは評価できるが、前途は多難だ。11月の沖縄県知事選で県内移設を拒否する知事が誕生すれば、解決はさらに遠のくことになろう。
06年の日米合意が白紙に戻り、住宅地が密集する地域に普天間基地がいつまでもとどまるという、最悪の結末になりかねない。約8000人の米海兵隊員のグアム移転をはじめ、日米が合意しているさまざまな沖縄の負担軽減策も宙に浮く。
日米同盟のきずなも強く傷ついた。オバマ大統領に「トラスト・ミー(信頼してほしい)」と言ったにもかかわらず、決着を先送りした首相への米側の不信感は根強い。
辺野古案しかありえぬ
混乱を招いた大きな原因は、なぜ日米同盟が必要なのかという基本的な知識すら、首相が持ち合わせていなかったことだ。首相は有事に即応できる沖縄の米海兵隊が果たしている紛争抑止力について、当初、理解していなかったことを認めた。米海兵隊が沖縄にいなくても、抑止力に支障がないと考えていたという。
しかし日本とアジアの安定にとって、在日米軍による抑止力が必要であることは言うまでもない。日米同盟の修復を急がねばならない。
韓国哨戒艦の沈没事件で朝鮮半島情勢が緊迫するなか、北朝鮮が新たな軍事的な挑発に出るかもしれない。中国は海軍力の増強を加速しており、海上自衛隊の護衛艦に異常接近する事件が相次いだ。こうした危険に囲まれた日本の安全を守るには、強固な日米同盟が欠かせない。
とりわけ重要な役割を担うのは、朝鮮半島や台湾海峡に近い、沖縄の在日米軍だ。普天間などの米海兵隊基地を沖縄から撤去できないのはこのためだ。政府はこうした事情を丁寧に地元や国民に説明し、普天間基地の辺野古への移設に支持を取りつける責任がある。それを再確認するきっかけにするしかない。
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「普天間」政府方針 この首相に託せるのか
毎日新聞 社説 2010年5月29日
日米両政府は、米軍普天間飛行場移設に関する共同声明を発表した。移設先を沖縄県名護市の「辺野古崎地区及び隣接水域」とし、米軍訓練の鹿児島県・徳之島をはじめ県外への分散移転、グアムなど国外移転を検討するという内容だ。
政府は、共同声明に基づいて普天間移設と沖縄の負担軽減に取り組むとする政府方針を閣議決定した。
鳩山由紀夫首相は、共同声明の辺野古明記に反発する福島瑞穂消費者・少子化担当相(社民党党首)が政府方針への署名を拒否する考えを表明したため、福島氏を罷免した。
◇「信」失った言葉
普天間問題は首相が約束した、移設先の合意を含めた「5月末決着」も「県外移設」も実現できなかった。
閣議後に記者会見した首相は、県外の約束が守れなかったことを謝罪し、辺野古移設について「代替地を決めないと普天間の危険が除去できない」と語った。また、移設先・沖縄の理解を得ることなどに「今後も全力を尽くす」と述べ、首相の職にとどまる考えを明らかにした。
私たちは、鳩山首相が政治の最高責任者の座に就き続けることに大きな疑念を抱かざるを得ない。最大の政治課題、普天間問題での一連の言動は、首相としての資質を強く疑わせるものだった。これ以上、国のかじ取りを任せられるだろうか。来る参院選は、首相の資質と鳩山内閣の是非が問われることになろう。
首相は5月末決着に「職を賭す」と語っていた。しかし、今回の日米大枠合意は、「辺野古移設」を具体的に決める一方で、沖縄の負担軽減策は、辺野古移設の「進展」を条件とする今後の検討項目となった。カギを握る移設先の同意は見通しも立たない。「決着」にはほど遠い。
移設先をめぐる混迷は、より深刻だ。首相は「最低でも県外」「辺野古以外に」と明言した。「沖縄県民の思い」を繰り返し、「腹案がある」とも語った。06年日米合意の辺野古埋め立てを「自然への冒とく」と非難した。その結果が、現行案と同様の辺野古移設である。
国の最高指導者が「県外」「腹案」と自信ありげに断言すれば、沖縄県民が県外への期待を膨らませるのは当然だ。それを裏切った罪は重い。
県外から辺野古への変心は在日米軍の抑止力を学んだ結果だという。首相として耳を疑う発言だった。「最低でも県外」は党公約ではないと釈明を重ねる姿に、首相の威厳はない。
鳩山首相の言葉は、羽根よりも軽い。そう受け止められている。政治家と国民をつなぐ「言葉」が信用されなくなれば、政治の危機である。
首相が沖縄の負担軽減を願い、県外移設に込めた思いは疑うまい。しかし、希望を口にすれば実現するわけではない。政治は結果責任である。
経済財政政策や深刻な雇用への対策、緊急の口蹄疫(こうていえき)対応、政治主導の国づくり、緊迫する朝鮮半島情勢--内政・外交の諸課題が山積している。しかし、首相の言葉が信を失った今、誰がその訴えに耳を傾けるだろうか。深刻なのはそこだ。
日米同盟は日本の安全のために有効かつ必要である。「北朝鮮魚雷」事件で、改めてその思いを強くしている国民は多い。が、日米同盟の円滑な運営には、基地を抱える自治体との良好な政治的関係が不可欠である。辺野古移設を強行突破することになれば、その前提が崩れる。
◇まず普天間危険除去を
沖縄の合意のないまま辺野古移設で米政府と合意したことは、沖縄には、日米両政府が新たな負担を押しつけようとしていると映っている。県外移設に大きな期待を抱いた沖縄の、首相への不信は深い。その落差を、当の鳩山首相が埋めるのは果たして可能だろうか。
稲嶺進名護市長は受け入れ断固拒否の姿勢だ。11月に知事選を控え、かつて辺野古移設を容認していた仲井真弘多知事も、今回の日米合意の内容を認める環境にない。
同月のオバマ米大統領来日にあわせ、辺野古移設の詳細で日米合意しても、実現の保証はない。「世界一危険な基地」普天間が継続使用される最悪の事態が現実味を増している。普天間問題への対応は明らかな失政である。その責めは鳩山首相自身が負うべきだ。
普天間移設が現実に進展しないとしても、普天間問題の原点である周辺住民への危険除去は、ただちに取り組むべきだ。訓練分散などによる飛行回数の大幅減少は急務である。大惨事が起きかねない現状を放置してはならない。
共同声明は、訓練分散移転のほか、米軍施設立ち入りなどによる環境対策、沖縄東方の「ホテル・ホテル訓練区域」の使用制限一部解除など新たな負担軽減策を盛り込んだ。これらの措置は辺野古移設の進ちょくを条件に実施されるとしている。これでは、負担軽減策が先延ばしになりかねない。特に、訓練分散など普天間飛行場の危険除去策は、移設作業と切り離して対応すべきだ。
米政府にも、普天間の危険除去と騒音など生活被害対策に積極的に協力するよう求める。この点で日本政府には強い姿勢が必要だ。
その解決の先頭に立つ指導者として、鳩山首相には不安がある。
◆「在沖米海兵隊の抑止力とは何なのか」孫崎享(元外務省国際情報局長)
◆沖縄県民以外の国民も「在日米軍が日本の安保に欠かせない」という認識を共有することが重要だ