「遺族」証言と一致する「実行犯」にしか知り得ない秘密〈永田町の黒幕を埋めた「死刑囚」の告白(7)〉
永田町の黒幕・斎藤衛の殺害に続き、矢野治死刑囚(67)は「もう一つの殺人」についても明らかにした。曰く、被害者は〈伊勢原駅前にある不動産物件のオーナー〉で、知人からの殺人の依頼を矢野が仲介したという。斎藤の死体を遺棄した結城実氏(仮名)はこちらの件でも処理を頼まれたと語り、小誌(「週刊新潮」)に死体を埋めた現場を案内。結城氏は、以下のように話を続ける。
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任務が終了した後、しばらく経って小川(仮名、故人。本件の殺人役)から聞いたのですが、彼はターゲットにした男の伊勢原市内の自宅近辺で相手を監視し、夜間出歩くのを待っていた。人目に付かないよう、夜陰に乗じて襲うつもりだったのでしょう。しかし相手はなかなか夜、外出しない。そこで、業を煮やした小川は、宅急便を装って、夕方、相手の自宅に電話をかけたそうです。住所を頼りに近くまで来ているはずだが、なかなかお宅が見つからないなどと申し向け、相手に、「では、こちらから迎えに行きますよ」と言わせ、自宅近くの神社に停めたワンボックスカーまでおびき寄せた。そして車に乗せ、ヒモで相手の首を絞めた――。小川からはそう聞かされました。
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結城氏の死体遺棄の証言は具体性に富む。しかも、彼が殺害実行者から聞かされた犯行の状況には、実行犯にしか知り得ない“秘密の暴露”があったのである。
■被害者夫人への取材
小田急線の伊勢原駅。その駅前の一等地に8階建てのビルが聳え立っている。しかし築40年を超えたビルの壁面は煤け、テナントは一つも入居しておらず、廃墟も同然の有り様だ。
矢野が手紙で示した被害者の村山氏は、この“幽霊ビル”の当時のオーナーである。だが、関係者に取材したところ、2008年まで存命だったことが分かった。矢野の話と合わないのである。
“事故物件”らしく、この伊勢原駅前のビルをめぐっては、いくつもの民事裁判が行われていた。その一つの訴訟記録を閲覧したところ、気になる一文があった。
〈平成8年8月、原告代表者が失踪し――〉
この原告とは、ビルの底地を所有する協同組合の代表理事だ。矢野は本件では、殺人の依頼を仲介しただけなので、土地のオーナーであった被害者を、ビルのオーナーと勘違いしているのではないか。本誌(「週刊新潮」)は代表理事の家族を探した。ようやく妻(78)の所在を探し当て、夫の動静を尋ねたところ、こう答えたのだった。
「主人は、失踪したままです。あの日のことは今も鮮明に覚えているのよ。忘れもしない平成8年の8月10日、夕方5時ごろ、私が自宅で夕飯のハンバーグを作っていたところ、家の電話が鳴りました。リビングでくつろいでいた主人が出ると、宅配便の人からで、“お届けものですが、住所は書かれているけど、場所が分からない”と言ったそうです。主人は丁寧に自宅の場所を案内していました。しかし10分、20分と経っても到着しない。するとまた電話があり、主人は“いいよ、いいよ、私が表に出ますから”と答えていたの。そして判子を持ち、Tシャツにラフなズボンでサンダルを履いて、表に出て行きました。それっきり、20年間、帰ってこないんです」
■いつか「ただいま」と……
もはや“秘密の暴露”について、細かな説明は不要だろう。この被害者の名は、津川静夫さん。失踪時60歳だった不動産業者である。妻が続ける。
「5分ほどで戻ってくると思ったのに、主人は帰ってきません。ハンバーグには手を付けず、2時間、3時間と待っていました。さすがに心配になり、夜9時頃、懐中電灯を片手に近所を探しまわったの。でも主人は見つからず、その夜は不安で一睡もできませんでした。翌朝、伊勢原警察署に電話すると、すぐに警察の方が来てくれました。神奈川県警本部の人も加わって捜査が始まりましたが、私は主人の仕事にはノータッチだったから、質問にろくに答えられなくてね。結局、主人は発見されないまま、1年が経ったところで、警察は段ボール20箱分の資料を返しにきました。捜査に区切りをつけたのでしょう」
津川夫人は夫が亡くなったとは思えなかった。“いつか「ただいま」と言って帰ってくる”と仄かな希望を持ち続けてきたという。
「だから生命保険も満期まで保険料を払い続けたのよ。仏壇も作らなかったし、もちろん、遺影もありません。ただ普通の写真は飾っています。毎年、8月10日に写真の前に主人が好きだったお茶を置いて、“どこに行ったんですか?”と心の中で話しかけるのよ。死亡届は、公営アパートの審査で役所がうるさいため、5~6年前に出すことになりました」
■骨だけでもいい、帰ってきてほしい
なぜ津川さんは殺害されたのか。その謎を解くカギが掲載の写真だ。これは、駅前の土地を担保に、津川さんが暴力団系の街金から1500万円を借りた際、貸主側によって撮影された“証拠写真”だ。そしてその金主こそが、矢野が手紙で明かした住吉会系の組の若頭だったのである。津川さんは億単位の土地の転売に乾坤一擲の勝負をかけ、危ない金に手を出していた。その結果、命を搦め捕られてしまったのだが、その詳細は次回以降に譲る。
矢野は津川さんの事件を告白する手紙を渋谷警察署に送っているが、
「渋谷署からも本部からも何のリアクションもありません」(矢野の関係者)
捜査放棄の態である。
津川夫人は気丈に語った。
「もし埋められているのが事実なら、掘り出してあげたい。何より主人が望んでいる筈です。亡くなったというのなら、骨の形でもいい……骨だけでもいいから、私の元に帰ってきてほしい」
警察はこの言葉をどう聞くのか。
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(8)へつづく
「特集 永田町の黒幕を埋めた『死刑囚』の告白 第2回 警察が知らない『さらにもう一つ』の殺人事件」より
週刊新潮 2016年3月3日号 掲載 ※この記事の内容は掲載当時のものです
◎上記事は[デイリー新潮]からの転載・引用です *強調(太字・着色)は来栖
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⇒ 矢野治死刑囚の告白で見つかった(2016/4/19)遺体=「津川靜夫さん」と確認 殺人容疑での立件検討
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◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(10)警視庁が捜索を始めた死体遺棄場所『週刊新潮』2016/3/17号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(9)カタギ「津川静夫」さん殺害の背景 『週刊新潮』2016/3/10号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(8)10億円利権でカタギを手に掛けた 『週刊新潮』2016/3/10号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(7) 遺族証言と一致 実行犯・秘密の暴露『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(6)「斎藤衛」とは別の、もう一つの殺人『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 永田町の黒幕「リュー一世(斉藤衛)」を埋めた矢野治死刑囚の告白(5)『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 矢野治死刑囚の告白 (3)(4)結城実氏「リュー一世(斉藤衛)を遺棄した経緯」週刊新潮2016/2/25号
◇ 永田町の黒幕「リュー一世(斉藤衛)」を埋めた矢野治死刑囚の告白(1)(2) 週刊新潮2016/2/25号
◇ 「他の人物も殺害した」前橋スナック乱射事件の矢野治死刑囚が警視庁に文書提出 平成26/9/7付
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