春秋(1/29)
1097件という数字を、先日の紙面で知った。昨年1年間に全国で発生した、未遂を含めた殺人事件の警察庁統計である。およそ殺人という犯罪は昭和30年代からほぼ一貫して減り続けていて、昨年は戦後最少を更新したのだという。▼治安が悪くなったと感じていても、こんな統計に接すればやはりニッポンは安全な国だと思い至る。ただ、背景にはなかなか複雑な事情が潜んでいるようだ。昔に比べて人間関係が希薄になり、他人との摩擦が減ったと説く専門家もいる。自己完結しがちなネット社会が、この傾向を強めているという指摘もある。▼東京・秋葉原で起きた無差別殺傷事件の初公判で、きのう検察側は凶行に突き進む被告の心の動きを詳述した。深い人づきあいもなく、ネット掲示板への書き込みを日々の救いにしていた被告。ところが、そこでも相手にされなくなったと思い込み、社会への復讐(ふくしゅう)に及んだ。「大きな事件」を起こしてやろう――。▼殺人事件を減らしているのかもしれない淡い人間関係が、そして孤独や孤立が、ときには暴発してこれほどの狂気につながるのだろうか。身勝手極まりない無差別殺傷の「動機」だが、それを生んだ世の中を思ってまた慄然(りつぜん)とする。近年の殺人発生件数は最多期の約3分の1。あらわれた数字の、裏側が見えない。