
画像;札幌の友人から戴いたすずらん 今年も咲きました
〈来栖の独白 2018.4.22 Sun〉
毎日、公園を散歩。猫ちゃんに餌をあげるのも、日課。何年も続いている。猫つながりの知人も何人か、いる。
公園の愛猫 茶とらん
O夫妻は、そういう知り合い。深い話はせず、挨拶と猫ちゃんのことだけで何年も過ぎていたが、夫君は私と生年月が同じ、奥方は10ヵ月ほどお若いが同世代ということを知り、昨年から様々な話をするようになった。
昨日も御夫君が「マルコポーロ事件、読んでくれました?」と。そして、いつものように3人で立ち話の長話。この種の話は、短く終えることは難しい。
私の二人の息子は、どちらも洗礼名に「コルベ」がつく。長男が洗礼名として戴いた時、マキシミリアノ・マリア・コルベ師はまだ聖人に上げられておらず、福者だった。
アウシュビッツで、妻子ある男性の身代わりとなり、懲罰牢で餓死したコルベ師。「いのちを与えるほど大きな愛は、ない」との聖書の言葉を生きて死んだコルベ神父。マルコポーロ事件の話は、私に、久しぶりに聖コルベを思い起こさせた。
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マルコポーロ事件
マルコポーロ事件(マルコポーロじけん)とは、1995年2月に日本の文藝春秋が発行していた雑誌『マルコポーロ』が、内科医西岡昌紀が寄稿したホロコーストを否定する内容の記事を掲載したことに対して、アメリカのユダヤ人団体サイモン・ウィーゼンタール・センターなどからの抗議を受けて同誌を自主廃刊したこと、及び当時の社長や編集長が辞任解任された事態を指す。この事件は、日本における「歴史修正主義」あるいは「ホロコースト否認論」を巡る状況のなかで、最も広範囲に話題となったもののひとつである。また、日本の出版界の商業主義、過度な広告依存、スポンサーへの過剰萎縮などの議論のきっかけとなった。(続き ⇒)
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* ユダヤ人はなぜ、ナチス・ドイツの標的にされたのか アウシュビッツで身代わりとなったコルベ神父 「PHP online 衆知」
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ヨハネ15章 12~14
わたしのいましめは、これである。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。
人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。
あなたがたにわたしが命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。
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ルカ 12章 49~53
わたしは、火を地上に投じるためにきたのだ。火がすでに燃えていたならと、わたしはどんなに願っていることか。
しかし、わたしには受けねばならないバプテスマがある。そして、それを受けてしまうまでは、わたしはどんなにか苦しい思いをすることであろう。
あなたがたは、わたしが平和をこの地上にもたらすためにきたと思っているのか。あなたがたに言っておく。そうではない。むしろ分裂である。
というのは、今から後は、一家の内で五人が相分れて、三人はふたりに、ふたりは三人に対立し、
また父は子に、子は父に、母は娘に、娘は母に、しゅうとめは嫁に、嫁はしゅうとめに、対立するであろう。
*強調(太字)は来栖
ヒットラーは熱烈なキリスト教信者でした。バチカンはナチスのキリスト教信者を破門するどころか、パスポートを発行して逃亡の手助けをしています。ルーズベルト大統領もユダヤ難民受け入れを拒否しています。
ホロコーストはナチスの専売特許ではなく、キリスト教のお家芸であることをしっかりと認識しないと、世界を見誤りますね。