皆様、こんばんは。
事務局です。
29日の一宮市内は、朝から青空が広がっています。
気温はぐんぐん上がって25℃を越えていました。
14日午後、地域寄席「すぎと寄席」の鑑賞に訪れました。
前回の続きです。
炊亭あたり様の演目「井戸の茶碗」が続いています。
落語の途中、裏長屋に住んでいらっしゃる、千代田卜斉(ちよだぼくすい)のご紹介がありました。
この時、ご職業の中に、
「お昼は素読(すどく)の指南、夜は売卜(ばいぼく)して、糊口(ここう)を凌(し)ぐ生活を送っていた」
という部分がありました。
若い方は、
(1)素読とは?
(2)売卜とは?
(3)糊口を凌ぐとは?
になると思います。
先ずは(1)の「素読」です。
文章を読む際、意味の解釈を加えず、文字を声に出して読み上げることです。
文章を読む方法は、素読の他に、「音読」と「黙読」がありますね。
皆様、ご存じですよね。
音読(おんどく)は、声を出して文章を読むことです。
たまに、「音読しても意味がない」とおっしゃる方がいます。
寺西の過去の経験で、意味がない、とおっしゃる方は、教材に関係するお仕事に就いている方ばかりでした。
黙読(もくどく)は、声を出さないで文章を読むことです。
音読や黙読が、文章の意味を理解して読み上げるのに対して、素読は、ただ読むだけです。
江戸時代の寺子屋や藩校では、素読はふつうに行われていました。
加えて、明治時代の文豪や政治家など、歴史の偉人の皆様も、素読をおこなっていた記録が残っています。
(2)の「売卜」とは?
ご商売で占いをされる方のことです。
現在ですと、占いの舘あたりで、お客様に占いをされている方になるでしょうか?
(3)の「糊口を凌ぐ」とは?
やっと食べていけるような、貧しい生活を送る、という意味です。
「糊口」の糊(のり)は、粥(かゆ)のことです。
粥は、炊いた米や雑穀を水で煮た食べ物です。
ご飯などが水を含んで増量しますら、米や穀類を節約することができます。
糊で粥を表すのは、昔、ご飯粒を水で溶かして、柔らかく軟らかくした粥状のものを、紙などの接着剤として使っていたから、ではないかと思われます。
ちなみに寺西は、小学生の頃、粥状の糊を自分で作って、使ったことがあります。
※2018年4月30日に追記しました。
●高齢者の方より、粥より薄い、という意味で、糊という漢字を使う、というご指摘をいただきました。
糊と表現しますと、極貧生活になるそうです。
凌ぐは、「苦境を切り抜けて」と表せばよろしいでしょうか。
落語に戻ります。
途中、地震がありましたが、あたり様は、地震を落語の中に取り入れて、上手くネタにされていました。
今回は、ダンディーでアダルトな炊亭あたり様がトリを務めました。
何時もは、KOHARU亭兄弟様による、若くて活気がある、終わり方でしたが、今回は、巧みな言葉、余裕のある語りで、洒落た終わり方になりました。
短い時間でしたが、楽しい一時でした。
席亭様、落語を演じられた皆様、まりのきれいなおねいさん、お疲れ様でした。
ブログに関するご感想・ご意見・クレーム等は、ブログのコメントや携帯電話にお願いします。
事務局です。
29日の一宮市内は、朝から青空が広がっています。
気温はぐんぐん上がって25℃を越えていました。
14日午後、地域寄席「すぎと寄席」の鑑賞に訪れました。
前回の続きです。
炊亭あたり様の演目「井戸の茶碗」が続いています。
落語の途中、裏長屋に住んでいらっしゃる、千代田卜斉(ちよだぼくすい)のご紹介がありました。
この時、ご職業の中に、
「お昼は素読(すどく)の指南、夜は売卜(ばいぼく)して、糊口(ここう)を凌(し)ぐ生活を送っていた」
という部分がありました。
若い方は、
(1)素読とは?
(2)売卜とは?
(3)糊口を凌ぐとは?
になると思います。
先ずは(1)の「素読」です。
文章を読む際、意味の解釈を加えず、文字を声に出して読み上げることです。
文章を読む方法は、素読の他に、「音読」と「黙読」がありますね。
皆様、ご存じですよね。
音読(おんどく)は、声を出して文章を読むことです。
たまに、「音読しても意味がない」とおっしゃる方がいます。
寺西の過去の経験で、意味がない、とおっしゃる方は、教材に関係するお仕事に就いている方ばかりでした。
黙読(もくどく)は、声を出さないで文章を読むことです。
音読や黙読が、文章の意味を理解して読み上げるのに対して、素読は、ただ読むだけです。
江戸時代の寺子屋や藩校では、素読はふつうに行われていました。
加えて、明治時代の文豪や政治家など、歴史の偉人の皆様も、素読をおこなっていた記録が残っています。
(2)の「売卜」とは?
ご商売で占いをされる方のことです。
現在ですと、占いの舘あたりで、お客様に占いをされている方になるでしょうか?
(3)の「糊口を凌ぐ」とは?
やっと食べていけるような、貧しい生活を送る、という意味です。
「糊口」の糊(のり)は、粥(かゆ)のことです。
粥は、炊いた米や雑穀を水で煮た食べ物です。
ご飯などが水を含んで増量しますら、米や穀類を節約することができます。
糊で粥を表すのは、昔、ご飯粒を水で溶かして、柔らかく軟らかくした粥状のものを、紙などの接着剤として使っていたから、ではないかと思われます。
ちなみに寺西は、小学生の頃、粥状の糊を自分で作って、使ったことがあります。
※2018年4月30日に追記しました。
●高齢者の方より、粥より薄い、という意味で、糊という漢字を使う、というご指摘をいただきました。
糊と表現しますと、極貧生活になるそうです。
凌ぐは、「苦境を切り抜けて」と表せばよろしいでしょうか。
落語に戻ります。
途中、地震がありましたが、あたり様は、地震を落語の中に取り入れて、上手くネタにされていました。
今回は、ダンディーでアダルトな炊亭あたり様がトリを務めました。
何時もは、KOHARU亭兄弟様による、若くて活気がある、終わり方でしたが、今回は、巧みな言葉、余裕のある語りで、洒落た終わり方になりました。
短い時間でしたが、楽しい一時でした。
席亭様、落語を演じられた皆様、まりのきれいなおねいさん、お疲れ様でした。
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