TV音楽番組の多くが“口パク”というのは、今や常識といえるのかもしれない。つまり、実際に歌手が歌っているのではなく、CDやDVDを流している。生(ナマ)ではちょっと厳しいかな……というのが一番の理由のようだ。
しかし、「perfume」という女性グループのように、意図的にメカニックな声質を出すために声を加工し、あえて“口パク”をさせるケースもあるそうだ。
何よりも、生ではバックバンドへのギャラや音合わせその他に「コスト」や「時間」がかかるからと業界氏は語る。その点“口パク”は、画面に合わせて声やバックミュージックをあれこれ調整でき、また「音と映像とのコラボレーション」によって、効果的な画面が創れるというのが魅力らしい。
局内の制作番組であればそれでいいだろう。しかし、「コンサート」となると問題があるはずだ。高いチケットを買わされた上に、たとえ一部分とは言え、CDやDVDを聴かされたとなれば、何となく詐欺にあったような気分ではないだろうか。と余計な心配をしていたら、コンサートにはその種の疑惑がいつも付きまとうと、業界氏は平然と語る。
業界氏は続ける――。マイクで口元を隠し、動きの早い踊りで視線を「振付け」に引きつけるのは、“口パク”の可能性が大きいとか。確かに、激しく歌って踊り、それが終わったすぐ後に、観客に向かって語りかけるなど、生理的にかなり困難なはずだ。
したがって、立ったままの姿勢で、しかも“節回し”がその都度変わるような演歌では、“口パク”はかなり困難だという。というより、何といっても演歌歌手は実際に歌がうまいから、と業界氏は付け加えた。
シンセサイザーや音のミキシング技術の進歩により、歌は上手くなくとも「それなりの歌手」に仕立てることができる音楽業界――。そのことによって、関連産業は数多くの「音とパフォーマンス」のバリエーションを創り出し、またファンの拡大を図って来た。無論、今後も関連技術の向上や販促のアイディアはいっそう進むことになるのだろうが……。
その昔、どうお世辞を繕っても上手いとはいえない浅田美代子が、たどたどしく歌っている様子を想い出した。振付けもマイク・パフォーマンスも何もなかった。彼女なりに懸命に歌っている姿を、はらはらしながら見ているだけだった。そして、大きく音を外すこともなく何とか歌い終えたとき、万雷の拍手があり、みんなほっとしたものだ。
歌う方も聴く方も“素朴な真実”に支えられていた。