【4】 航空士官訓練学校――「フォーリー軍曹」(訓練教官)の登場
オートバイに乗ったザックが、『パイロット訓練学校』へやって来ます。ここは「海兵隊の基地」であり、その施設の広大さと「軍隊という組織の大きさ」……。それに対する「訓練候補生」という「一個人の小ささ」のようなものを対比させています。
オートバイを降りたザックが、「モニュメントのジェット機」の所に到着します。ここで最後の「クレジット」として、脚本、製作、そして締めはもちろん『directed by Taylor Hackford』と、監督の「テイラー・ハックフォード」が紹介されます。
その画面右手に、「訓練生」となるために集まって来た青年たちが、モニュメントの周囲に「たむろ」しています。ジェット機とそれを取り巻く右手の「訓練候補生」と左手の「ザック」という構図。この瞬間は「まったくの他人」である「彼ら」と「ザック」。しかし、のちに親友となっていく彼ら。巧みな配置の演出です。
何よりも、「思い思いの服装と格好」により、リラックスして待機している「訓練候補生」の雰囲気がよく出ています。「映像」が、いかに「瞬時」に「物事を語りうるか」を如実に示しています。
「このシーン」は、ザックを含めた「彼ら個々の成長」と「人間関係の深化」という「その後」の比較とにおいても、重要なカットそしてシーンとなっています。
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次のカットは、『THROUGH THESE DOORS PASS THE FUTURE OF NAVAL AVIATION』〔海軍航空隊の未来の強者(つわもの)ここを巣立つ〕という碑文。
その碑文のある「階段」を、ダークブラウンのズボンと黒靴だけが映った「一人の人物」が降りてきます。人物は階段を下りたところで足を揃えて静止し、五体を左90度に向け、再び歩き始めます。
左脇にステッキ(指揮棒)を挟んだ左肩一部が映り、次に「襟章」「胸章」そして「帽子」だけが映ります。黒人ということは判っても、顔や全身の映像はまだありません。
次のカットは、「帽子」だけを映したカメラが徐々にロングに引きながら、その「後頭部」と「肩から上」を映し出しています。そこでこの人物の命令口調の「声」が発せられます。
――Fall in! (集まれ!)
彼はジェット機の周りに「たむろしている青年たち」に集合整列の合図をかけたのです。
――I said “Fall in”, you slimy worms.(集まれ! ウジ虫ども)
ここでようやく「飛行訓練学校」訓練教官の「エミール・フォーリー軍曹」の正面上半身が映し出されます。いかにも「しごき」そうな「訓練教官」の雰囲気が漂っています。見事な登場の仕方であり、また「させ方」といえるでしょう。
ここまでわずか25,6秒。その見事さには溜息が出るばかり……。
この映画の中で一番好きなのが、実は「この登場シーン」です。何十回観ても飽きません。「映像」として、また「カット」の「編集(つなぎ方)」としても秀逸であり、「フォーリー軍曹」をいっそう魅力あるものとしています。
この「登場シーン」が引き立つのも、「思い思いの服装と格好で集合を待っていた」青年たちの「リラックスした雰囲気」によるものです。またこのシーンは、次の「訓練生の整列」と「教官の言い回し」のシーンへの見事な「つなぎ」を果たしています。
私は「ルイス・ゴセット・ジュニア」がこの「フォーリー軍曹」役で「アカデミー助演男優賞」を受賞できた最大のポイントは、この「登場の仕方」と「整列シーン」にあったのではないかと思えてなりません。
それにしても「ウジ虫ども」とは……凄い表現ですね。でもこういう表現は、当時の米国軍隊の「伝統的な歓待のメッセージ」なのかもしれません。
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参考までに言えば、トム・ハンクス主演の『フォレスト・ガンプ』においても似たようなシーンがありました。
それは陸軍に入隊した主人公(フォレスト・ガンプ)が、「訓練所」への軍用バスに乗るシーンがあります。そのとき、自分の名前を告げてバスに乗り込むわけですが、名前を名乗った彼に、運転手(もちろん軍人)は、「口にすることも憚られるような台詞」を浴びせます。このときの「日本語のテロップ」にも「ウジ虫」という文字が流れていました。
ついでに言えば、フォレスト・ガンプが入った新人訓練所の教官も「黒人」であり、号令の掛け方など、まさに『愛と青春の旅立ち』の「パクリ」ともいえるものでした。というより、「オマージュ」と言ったほうがいいのかもしれません。
【5】フォーリー軍曹とシド
それにしても、この「整列シーン」は見事です。まったく無駄がありません。適度の緊張とユーモアの中に、「国家そして軍隊組織の途方もない大きさ」と、それに対する「新人訓練生の吹けば飛ぶような存在感の軽さ」のようなものが、暗黙のうちに描かれているからです。
軍曹が『Uderstand?(判ったか?)と尋ねたら、Yes, sir と答えろ!』と言い、『Uderstand?』そして『Yes, Sir』を2回繰り返させるシーンがあります。この雰囲気と声の調子がとてもいいですね。いかにも「しごき教官」と「訓練生」という感じがよく出ています。
この整列の際、フォ-リー軍曹は黒人の「ペリマン」を手始めに、「シド」、「ザック」、そして「デラ・セラ」に絡んでいますね。巧みな「人物紹介」であり、各人物の持つ雰囲気を瞬時に表現しています。
ともあれ、「この整列シーン」の素晴らしさは、言うまでもなくフォーリー軍曹の「啖呵調の台詞とその口調」にあります。さんざんシドをからかった後、軍曹はシドに尋ねます。
――出身はどこだ?
――オクラホマです。
――ああ。名物を(たった)2つ(だけ)知っている。
この最後の行の台詞の原語(原音)をぜひ確認してください。フォーリー軍曹は、実はこう言っているのです。
――Only two thing come out of Oklahoma. Steers and queers.
おわかりですね。「Only」と「Oklahoma」の「O」の「頭韻」、そして「Steers」(去勢牛)と「queers」(ゲイ)の「脚韻」が、この台詞回しをとてもリズミカルに歯切れよく、つまりは心地よいものにしているのです。
引き続き軍曹は尋ねます。『お前はどっちだ?』と。そしてさらに『貴様は? 角はない。ゲイの方だな』。
シドは答えます。『ノーサー!』。すかさず軍曹『ささやくな! ヘンな気になる』。シド『ノーサー』。
この二人のやりとりに、「ザック」が小さく苦笑します。「軍曹」は「ザック」の方を睨み、歩み寄って来るのです。(続く)