(2023.05.13 Sat. by my jugemブログより転載。)1997年の夏休みに実家の店番を手伝った。
台湾の夏は暑くても、実家の店は台北市の繁華街に有ったのでクーラーで冷えていた。
貧乏女子大生の若い私は21歳で、花の頃だが男はほとんど寄りつかず、店番していても、別に台湾男にナンパされることもなく、見かねた母親が私に友人やらを作らせようとしたのか、短期英会話教室に通わせたり、太る薬を病院で処方してもらったりと、gorillazの暗いアニメーションの曲に聴き入る「呆けた娘の尻を叩いては関わろうとしない」母親に、私はいつものように、気にはしなかった。
この辺は、自分が大分前に書いた『砂の流星群』という半自伝サスペンス小説にも、ある。筆名は月の如く変遷し、大体、〜彌冬月〜月衣で落ち着いている。
で、高校二年生から実名&実年齢でようやく普通に生活して来た私は、生まれてからずっと未婚で、出産の経験もないが、常に誰かに見張られていたようで、30代後半で小説家に何となく成り、私を見張る連中の事も想像で小説に書いている。時々、神霊にタロットダウジング等で訊ねて書いたモノでもあり、私の周囲への観察・想像と組み合わせると、神霊からのメッセージもかなりの確率で当たっていたのだろう。
私の人生を「監視しながら妨害までする連中」は、その肩書きが何であれ、犯罪者と同等の性質で、そいつらは、害虫人でしかない。