誤解されては困ること。
芸術家・文人:望玄(Miharu)に成りながら2014年後半〜、無国籍児の頃の話も少し公開している。小説を書きつつ、その頃の私(:嘉布:カノT家@小説)を徐々に公開して、今も思い出してはブログで書き足している。
それまでは、友人知人に話すこともなく←話したらなぜか軽蔑の目(高校在学時に同級生のW.N.)で見下されたことがあり、「無国籍だったことは封印していた過去」だ。
私:東郷嘉奈/元・蘇嘉奈にとっては、大変でようやく乗り越えた大きな困難(16年位)だったけど、それを恥ずかしいとは思わず、むしろ、本人としては「よくがんばったなぁ」と自分を褒めたいわけで、誇りでもある。
だけど、世の中、特に日本人は他人の苦難を見下すだけで、私:嘉奈の英検2級合格通知ハガキを先生に代わって「下の(プールと呼ばれた)クラスに落ちていた高校3年生の私」にヒラヒラさせて手渡すソイツ:W.N.の「見下した顔と態度」が今も気に食わない。
ブログにも書いたことがある話しで、ハガキついでに、大学でも「てめぇ:W.N.の顔が嫌いなんだよ!的な匂わせ暑中見舞い」を出したことがある。
それっきりで、そのW.N.というブスでチビ女から謝ることもなく、2人(初代部長:嘉奈と2代目部長:W.N.)の仲を取り持とうとするM.K.という男の主催する劇団ア☓春休み神戸震災励まし演劇公演に沖縄に戻って参加した時も、仲直りには至らず、そのままだ。前世紀末の実話。まだ2000年は迎えていない。
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