すぎな之助の工作室

すぎな之助(旧:歌帖楓月)が作品の更新お知らせやその他もろもろを書きます。

時に浮かぶ、月の残影13

2005-07-10 18:34:40 | 即興小説
今日二度目の招請だった。
懐郷の塔の側壁内部を通る表階段を、翔伯は登る。

数多の人が行き交う階段を。
「おつかれさまです。翔伯さん」
「招請ですか?」
「おつかれさまです」
すれ違うたびに声を掛けられる。
うなずきや軽い返事をしながら、塔を登っていく。
皆、筒襟の黒い衣服に銀のマントを羽織っている。
宵闇と月光から造ったかのように。それは風景に、溶け込む。夜の世界に。

新人の教育係か。……この私が?
内心で苦笑を浮かべて、翔伯は登る。
何を考えているやら。李両?
銀の容姿の、細い青年。かの理知的な表情を、まもなくこの目で見るであろう友人の顔を思う。

李両、……昔語りが希望か?


時に浮かぶ、月の残影12

2005-07-10 16:41:28 | 即興小説
一人分の机と椅子だけが、いつもその部屋にあり。それ以外には、何も無い。
それが、李両の書斎だった。

今。
二人分の椅子が部屋の中央に用意されて、李両と撫子が腰掛けている。
「ここは懐郷の街。ご存知ですか?」
「……さっきまで知りませんでした。私を街に案内してくれた人が、教えてくれるまでは」
「ここは懐郷の塔。ご存知ですか?」
「はい」
撫子はうなずいた。
「ここに来るために、きたのです」
李両は笑ってうなずいた。

「あなたはここに何をしに来たか、ご存知ですか?」
「いいえ」
「そうですか。撫子君、あなたは、この懐郷の塔で暮らし、そして働くために来たのですよ?」
「……はたらく?」
「そう」
李両は笑って言葉を切って、扉へ向かって声を掛けた。

「翔伯を呼んできなさい!」


時に浮かぶ、月の残影11

2005-07-10 16:25:45 | 即興小説
李両が、裏階段を使うべく、塔の中から外へと扉をくぐって行った。
その後すぐに、二人を凝視していたほとんど全員が、ぎょっとした様子で口を開いた。
「子どもだ」
「李両様が連れてらした、あれは子どもだ」
「……どうして?」

「どうして、私はここに来たのでしょうか?」
書斎に通され、椅子をすすめられて、さて何から話しましょうか? と、番長が切り出したところ、撫子は困惑してたずねたのだった。
「……」
言葉を受けた李両は、しばらくの間、思いを込めた瞳で暖かく微笑んで見つめていた。どんな思いかは知れないが。
「この石像は、私に預けてくださいね?」
返ってきた言葉に、撫子は一層とまどう。
「あなたに預ける?」
それは困る、と、喉から出そうになった。
困る。それは、それは私の……私の……
私の……、何?
「……」
撫子は言葉を失った。
何を、言うつもりだったのだろう。私は。
「預けておいてくださいね? 必ず大切に、大事に保管しておきますから」
「……はい」
応じるしかなかった。
でも、不安は、感じなかった。
「はい。大切にしてくださいね?」
李両は、しかと笑った。
「必ず」



時に浮かぶ、月の残影10

2005-07-10 15:59:31 | 即興小説

李両は、撫子を書斎へと案内した。
塔の頂上へ。
途中、老若男女、たくさんの人とすれ違った。誰もが二人を注視していた。敵意は感じないが、どうにも「珍しいもの」に対して浴びせる、好奇心に富んだものだった。
「……私、何か、おかしいですか?」
右手を李両に引かれて行く撫子は、あてられるたくさんの視線にひどくとまどい、小さな声でようやくたずねた。
李両はさらりと首を振った。
「ううん。どこもおかしくないよ。私が連れている客だから、皆が見るんだ。それだけのこと。気にしなくっていい」
左腕に赤子の石像。右手に撫子の手を引いて、李両は行く。
「……はい」
うつむいて、撫子はついていく。

李両は、表裏の階段のうち、裏を使って登っていった。塔の側壁を回っていく。外を、通っていく。月光を浴びて。
風は強いが、そこを通る人はまばらで、だから撫子は安堵した。


時に浮かぶ、月の残影9

2005-07-10 13:16:45 | 即興小説

李両は撫子の手を握り、満面の笑みを浮かべていた。
「やあやあ、遠い所をわざわざよく来てくれたね?」
「あの、私、」
何か言おうと、一生懸命に何か言おうとする撫子の声をさえぎって、李両はくるりと門番を見た。
「それ。私に貸して」
「は、はい」
門番の豪腕が、李両の、細いが筋に締まった左腕に赤子の石像を渡した。
「よく持ってこれたねえ? 重かったでしょう?」
苦も無く片手に抱いて、李両はにっこりと、心からの微笑みを撫子に向けた。
夜の世界で、そこだけが暖かな灯火のように。
「……」
撫子は、ほうけて、李両を見上げた。
「あの、私は、」
「ここが、今日から君の住まいだよ」
言葉を、李両が、引き取った。
「今日からここが、君の住まいだよ。よろしく撫子君。私は懐郷の塔の番長、李両だ」