すぎな之助の工作室

すぎな之助(旧:歌帖楓月)が作品の更新お知らせやその他もろもろを書きます。

時に浮かぶ、月の残影27

2005-07-14 23:49:06 | 即興小説
撫子の言葉は、まるで、秋風に吹かれた木から葉が落ちるがごとく。静かな、……介入できない運命のような。

「私には、それしかないから」

そう言いくくると、金の容姿の少女は、そっと口をつぐんだ。
今まで語ることも無く、これからも無言でいるかのように。

「……なによこの子、」
気味悪がったのは、恐れたのは桔梗の方だった。
一歩、階段を下がって、距離を置く。
「何よこの子は? 翔伯?」
素性を知りたがる桔梗だったが、翔伯の反応はふるわなかった。
「さあ私もわからん。李両が訳知り顔だったが。彼に聞け」
「また李両なの!?」
いいわよもうッ! と、一段と高い声で叫ぶと、桔梗は全てを振り切るように、今度は階段を登っていく。二人を乱暴に押しのけて。
「わかったわよ李両のところに行けばいいんでしょ! 翔伯なんて!」
どこにでも行けばいいんだわ! と、捨て台詞を残して、桔梗は駆け上っていった。


時に浮かぶ、月の残影26

2005-07-14 23:30:47 | 即興小説
「桔梗!」
耳をつんざくように響き渡った、翔伯さんの声。
私は、……首を、かしげた。
わからなかったから。翔伯さんが、顔色を変えて怒っている、その理由が、わからなかったから。
桔梗さんは怖い人だ。瞳がらんらんと輝き、唇がぎっと引き結ばれて、怖い顔をして、私のことを脅かそうという気持ちが、いやおうなく伝わってくるから。
でも、私には、答える言葉があった。
桔梗さんの言葉に。

「そうよ? だって、行きなさいと言われたのだもの?」

その言葉が、私の全部。
だから私はここにいる。




時に浮かぶ、月の残影25

2005-07-14 01:25:47 | 即興小説
背後から聞こえたか細い声に、翔伯は我に返った。
年端も行かぬ娘に、修羅場を見せてしまった。
「桔梗、話は帰ってからする」
「それはいつもの逃げ口上ね!?」
「ああ、違う」
嘆息と共に首を振り、翔伯は体を傾けた。
桔梗の目に、男の後ろで身をすくめてすっかり小さくなっている金髪の少女が映った。
「……これ、あなたの仕事の?」
他人がいたことに気付かされて、桔梗の声の調子が下がった。
翔伯はうなずいた。
「新人の、撫子という。彼女を月まで連れて行く」
「なんてこと」
長嘆息の後に、桔梗は苦くこぼした。
「また増やすのね? 李両は。なんてことなの」
青紫の髪を荒くかきあげて、桔梗は嘆く。
「終わらない夜を、まだ続けるつもりなの?」
翔伯が眉をひそめた。
「最期の朝を迎えたい者など、ごく少数だ」
桔梗は、話にならない、という様子で、なげやりにつぶやいた。
「こんなもの牢獄と同じよ。終わらない夜の中で生き続けて、一体なんになるの?」
「生きることができるならば、終わらない夜で構わない。多くのものが、こう思っているんだ。お前と違って」
そこで話を打ち切り、翔伯は今度は、撫子に話しかけた。
「すまなかったな。嫌な話を聞かせてしまった」
撫子は階段にしゃがみこんで、両腕で頭を覆って、小さく震えていた。
極端な反応のしかたに、翔伯は不審を覚えた。
自分と無関係の口論で、これほどの反応を示すとは、……ひどく穏やかな環境で育てられてたのか、それとも逆に、酷い環境の中で怯えながら育ってきたのか。
呆れ半分、哀れみ半分で、翔伯は撫子に言ってやる。
「そんなに怖がるな。君には関係の無い話なのだ」
「……ごめんなさい、」
腕にうもれた頭から、ようやく返事があった。
「こんな気の小さな子を連れて行くの? 月へ?」
桔梗が口を出した。呆れていた。
「撫子さん、それは李両が命じたの?」
小刀を突きつけるような口調で、瑠璃の瞳の女性は、尋ねた。
撫子は、恐る恐る、腕を取って、たずねた女性の方を見た。
瑠璃の瞳。青紫の長い髪。激しい気性の、桔梗。
「……いいえ、この塔に、来るように、言われたのです」
「李両以外から?」
「はい」
「酔狂な者がいたものね」
桔梗は、片頬で笑った。
「可哀想に。それはね、けっして善意の言葉じゃないわ?」
「……?」
何を言うのかと、よくわからずに、撫子は首を傾げた。
自身にきざまれた「塔に行け」という言葉には、今まで何の性質も無かったのだから。そうすることしか、考えていなかったのだから。

桔梗は、憐れみを込めて、笑った。
「酷い人もいたものね。あなたはその人に、『死んでくれ』と言われたも同じなのよ?」




時に浮かぶ、月の残影24

2005-07-14 00:54:33 | 即興小説
前を歩く翔伯さんが、立ち止まった。
私は、銀のマントを羽織った彼の背中にぶつかりそうになった。
「!」
立ち止まるどころか、後ろに一歩下がってきた。ここは階段なので、一歩上がる、という方が合っているけれど。
「!」
私は驚いて、階段を二歩下がった。
すると、翔伯さんと背丈が同じくらいになり、……彼が女の人に通せんぼをされているのが見えた。
青紫の髪の女の人が、両手を左右に広げて、階段の中央に立っていた。

「翔伯ッ! 行かせないわよ!」

涙交じりの金切り声。私は、身をすくめた。
……どうしてか、この手の声は、怖かった。

「翔伯! 私の話を聞いて! ねえもういい加減にしましょうよ!? どうしてなの!?」
女の人は取り乱していた。
「……愚痴や文句ならば、李両に言え」
翔伯さんは、落ち着いた、でも、苦い声だった。
女の人は、彼の返事の仕方が気に入らなかったらしく、「なによ! いつも李両を間に挟む!」と叫んだ。
「李両は関係ない! 私とあなたの……いいえ、私とあなたと菊の問題でしょ!?」
「菊の名前を出すな!」
翔伯さんも、叫んだ。
私は、驚いて、そして怖くなった。とても。
「お前に菊の名を出す資格はない!」
「なによ資格って!? あたしがまるで加害者みたいじゃないの!? そして彼女は被害者? そう私独り悪者なのね?! こんなに長く、一緒に生きてるのに!?」
「軽々しく彼女の名前を出すなと言っているんだ! 彼女は……」

「嫌ですやめて……」
私は、耐えられなくなった。耳をふさいで、しゃがみこんだ。
こわかった。もう聞きたくない。
もう聞きたくない。
……それならいっそ……
? それなら、何?
私は、何を、考えているの? 


時に浮かぶ、月の残影23

2005-07-14 00:39:08 | 即興小説
許せなかった。
どうして私を見てくれないのか?
これだけ長く、一緒に生きてきたのに。
許せない。
どうしてまだあの女のことを、忘れないの? 毎度毎度、月ばかり見て。毎日毎日、月の所へ行って。
もういいじゃないのよ。あんなものは、残影。本当の形など、もう、在りはしない。
無いのよ、どこにも。あの女なんて。
私はその間、その長い長い間、ずっと独りで、そう独りで、待ちぼうけ。

菊、私はあなたを許さない。
翔伯の心をつかんで離そうとしない、あなたを。
私に孤独を押し付けたあなたを。
……許さない。
許さないわよ、菊。

ああ、なんてきれいな月光。
相変わらずの、月光。
あなたのお陰で、世界は夜のまま。
最期の朝は、時に浮かぶ月の残影に妨げられて、近寄れもしない。

それは私と同じね。
菊、あなたの残影が翔伯を昔に止めている。だから私は、近寄れもしない。

許さないわよ、菊。