すぎな之助の工作室

すぎな之助(旧:歌帖楓月)が作品の更新お知らせやその他もろもろを書きます。

時に浮かぶ、月の残影50

2005-07-21 00:45:23 | 即興小説
私は、
いつのまにか父の後ろに来ていた。
父の背中越しに、菊の姿を覗き見ていた。

銀無垢の衣装を、彼女は着ていた。
金の目の白い女が、銀の長衣を着ていたのだ。
その姿を見て、私は、背骨を銀の剣に貫かれたような、それほどの深い精神的な衝撃を受けたのだ。
私は、私がその姿に見入っているのだと気付くまでに、時間を要した。
「……どうしたんだね? 桔梗や?」
しばらくの後、気配に気付いた父に、そうたずねられるまで。

「あ?」

その時の私の滑稽さといったら、なかっただろう。
まるで魂を抜かれたかのように、ぼうっとした寝起きのような声を上げたのだ。しかもほうけた顔で。
我を忘れて見入っていたのだ。相手が美しい男というならばまだわかるが、女の菊を見入っていたのだ。
私は、時を忘れて、彼女を見つめていたのだ。それが自覚されると、今度はもうれつに腹が立った。

「桔梗? 桔梗?」
父は私の様子に不審をおぼえ、再度、再再度、名前を呼んだ。
「ああ……、」
私は、言い訳を考えねばならなかった。
……絶対に、見ほれていたなどとは、言えなかった。
私だって若い女、容姿に気を配り、自信があるのだ。この自慢の「瑠璃の瞳」に心奪われる男性は多く、そのたびに私は心中で「やっぱりね」と、ほくそえむのだから。
言うものか。
「いえね。菊さんの着ている衣装があまりにまばゆくて。……これが『きしょく』の衣装ですの?」
私は、理由を衣装のことにすりかえた。
しかし、対する二人の反応は不思議なものだった。
「すまんな菊。娘は何も知らないのだよ」
「一向構いませんよ」
それでは失礼を、と、一礼して、菊はさっと部屋の扉を閉めた。
私は、わけがわからないままで、……しかも菊に魅入られたままだった。