すぎな之助の工作室

すぎな之助(旧:歌帖楓月)が作品の更新お知らせやその他もろもろを書きます。

時に浮かぶ、月の残影18

2005-07-10 23:29:32 | 即興小説
私は、開いた口が塞がらなくなっていた。
「李両、」
乾いた声で呼ぶと、番長はこちらの混乱などとりあわぬ穏やかさで、ぬけぬけとこう言う。
「来たね。紹介しよう、新人の撫子君だ」
さらに、彼女の方を向くと、「彼が君の指導をしてくれるよ?」と、言ってのけるではないか。

「李両。連れて行けるわけがない」
「行けそうだけど。君なら。数えられないほど通った、君なら」
「ああ私はな。目を閉じても行けるだろう。しかし、」
私は、感情を隠すことをせず、眉をしかめた。
「彼女には間違いなく無謀だ。その体付き、……なにもしたことがないだろう?」
たとえば武術は? と、彼女に問うと、予想通りの答えが返る。
「なにも」
私は李両に言ってやる。
「なにを考えている? 李両?」
「……沢山考えているが?」
気分を害した、濁った声が返った。
「頼むよ翔伯。連れて行ってくれ」
「今言ったように、それは無謀な話だ。断らせてもらう」

「あの……どこへ、連れて行くんですか? 私を」

撫子という名の娘が、おずおずと尋ねた。
私ははっきりと指をさした。窓外の月を。

「ここを出て、未来を通り過去を通って、月へ行く。月へ連れて行く話をしているんだ」


時に浮かぶ、月の残影17

2005-07-10 22:24:04 | 即興小説
李両さんは私の右肩に手をのせて、また元の部屋へ戻った。
……働けといわれても、何をするのかわからない。
ここに来ること、それしか、わからない。
「あの、働くっていうのは、……私、一体どんなことをすれば?」
李両さんは私を椅子に座らせてから、自分も腰を下ろした。「ああ、わたしのことは番長と呼んでくださいね? これからは」といいながら。
「しかしよく似合う。なるほど、黒と銀の衣装に映えるのは、金か」
褒められたのだとわかったのは、言い終えて、番長が笑いかけてくれた時で。
似合うとはなんだろうか? と、違和感を覚えていた。私は。
似合うなんて、
こんな時に、悠長な
あいかわらずな人だ。
……? 何を、考えているの私?

その時、扉が開いた。
「李両が珍しいことを言う」
との言葉と共に。





時に浮かぶ、月の残影16

2005-07-10 21:20:29 | 即興小説
扉の前に立つ。
すると、話し声が聞こえてきた。

「……一体、どんな?」
「付いていけばいい。それでおいおいわかります」

一つは女性の声。
もう一つは慣れ聞いた番長の声。

「よく似合う。可愛らしいですよ?」

翔伯は失笑した。
あいつが新人の容姿を褒めるとは、どうしたことだ?
笑いついでに扉を開けた。


時に浮かぶ、月の残影15

2005-07-10 21:13:46 | 即興小説
明らかに、待っていたのだ。
「翔伯、」
青紫の髪の女性が、立っていた。
あと二階分登れば頂上という、階段の踊り場に。
窓から射す月光がひどく美しく、翔伯は女性よりもそちらに目を奪われ。
「翔伯、」
再度聞こえた、今度は焦れた呼び声に、息をついて応じた。
「どうした桔梗」
「今日もあちらへ出かけるの?」
恨みがましい瞬きは、彼女の瑠璃の瞳を嫉妬に輝かせる。
翔伯はうるさげに首を振り、ああ、と応じた。
「もう、いいかげんになさったら? それよりも、私が、」
「今日からは、仕事だ」
むしろ勝ち誇ったように、翔伯は微笑んだ。
「仕事? ……まさか」
不安と恐れに駆られた桔梗の震えた声に、翔伯はうなずいて、しかし一笑した後に否定した。
「今日からは、私は教育係だ」
「何を言うの? 一体誰の? 正気? 誰の指示?」
仰天は一瞬、すぐに喰らい付いてきた質問に、翔伯は笑みを止めることもせずに、答えて返した。
「李両の指示だ。誰かは知れんが、新人だ」
「……あの、性悪ッ」
最後の言葉は、泣き出しそうで。

二人はそうしてすれ違った。
一人は階上へ悠々と。
一人は階下へ泣きくれて。


時に浮かぶ、月の残影14

2005-07-10 18:54:36 | 即興小説
「働くというのは、あの……?」
来た時からとまどい通しの撫子に、李両は微笑んで返した。
「働くために来たのですよ? あなたは」
ちょっとこちらにおいでなさい、と、撫子を手招いて、李両は隣部屋に連れて行く。
そこは寝室だった。
寝台と、姿見と衣装入れしかない、あっけないほど簡素な。
「ご覧なさい。撫子君」
李両は撫子を、姿見の前に立たせた。

李両よりも頭一つ分小さな、女の子が立っていた。
金の容姿、大きい目をした女の子が。
そして彼女は、黒い筒襟の衣に、銀のマントを羽織っていた。
「あなたのその衣服は、懐郷の塔に住む者がまとうものです」
そのまま立っていてくださいね? と、言い置いて、李両は衣装箱を開けた。箱の中には間仕切りがしてあり、衣服とマントと帽子とが分けて入っていた。そのどれも、数は少なかった。
「さ、これを被って」
さしだされた帽子を、撫子は受け取った。
柔らかな、円筒の帽子。黒の帽子で折り返しは銀。左右横に銀の飾りがつけられている。
「できあがりだよ撫子君。君は、ここに、働きに来たんです」