せん妄か?(血だらけの父)4

2022-03-01 22:51:36 | 
しばらくして 救急病棟の扉が開き
中からとぼとぼと父が出てきました。

顔にはガーゼが沢山貼られています。


私たちを見つけるとこちらへやってきて、私と母の真ん中に座りました。

ガーゼだらけのお爺さんは
「ふん 」と鼻で少し笑いました。

「わしはもう、だいぶん前に死なないといけなかった。なかなか死なんなー。


死にたかったんかな…
死にたいからお酒のんだんかな…

そんな気持ちが頭の中でグルグルと回ります。

最近の酒の飲み方は尋常ではなかったそうです。

ご飯を食べようとすると吐き気がし、
お酒しか喉をとおらない状態でした。

しばらくすると父は会計を済ます前にまた立ち上がりました。

スタスタと歩き
自動で出るはずのアルコール消毒の前に立ちます。

傷だらけの手を差し出しますが
器具が壊れているのか
消毒液は出ませんでした。

また
「ふん」と鼻で力なく笑っていました。

「まだ おかね はらってないよ。
まだ かえらないよ。

そうハッキリとゆっくりと話しても、言葉が届いていない様子でした。

私は父を見張り 母は会計を済ませました。


そして母はまた父の手を掴み自分の肩にのせて

「ネイロ 悪かったな。
仕事あるのに…。お父さんはお母さんがつれて帰れるから仕事行き。」

そう言って私を仕事に行かせようとしてくれました。


ところが
家に帰るとまた父が暴走したらしく
母から電話がかかってきました。

「お父さんあかんわ、ガーゼ 全部はがすねん。
何すんねん!って怒ったんやけど。

それから縫った糸も、これ何やって言って引っ張って 布団が血だらけやねん。」

母は私の仕事をすっかり忘れてしまうくらいに気持ちが動転していました。

私も、これ以上助けることが出来ずに
「そうかぁ…。助けに行きたいけど、でもな、私、今から仕事やねん。 」

「あーーごめんごめん。はよ行きや〜」

「こっちもごめんね。」
そう言って電話を切りました。

『どうしよう どうしよう。』

でも、何度考えても
『どうしようもない』事

仕事場に向かう坂道が、辛く険しく重たかったです…















病院に行く父(血だらけの父) 3

2022-03-01 12:08:08 | 
父母はもう既に家に到着していました。

玄関を開けても誰もでてこない。

洗面所では
父が普通に顔を洗っていました。

開いた傷が痛いだろうに
何も無かったかのように洗う後ろ姿…

ただ、血が洗えば洗うほどに
白い洗面台に流れ見えるので、
長い洗顔となっているようでした。

母がベランダから出てきて
「服もカバンも血だらけやったわ。」
そう私に言ってから、
忙しそうに父の布団を敷きだしました。


病院の旨を伝え、とりあえず父にはバレないようにさっさと家に帰ることにしました。

また、血だらけでめーちゃんを触ろうとするに違いないからです。

免疫力の無い父の血をめーちゃんが舐めては、父が感染症になりかねません。


私は何故か震えているめーちゃんを抱えて
オトの待つ家に帰りました。


「ただいま」

きっと不安だったに違いないオトは、何も聞かないし普段通りの雰囲気でいます。

それから、オトと普通にお昼ご飯を食べ
仕事場に電話し、1時間だけ遅刻させてもらえるよう交渉しました。

そして、慌ただしく父のかかりつけの病院へ向かいました。

着いた頃には救急病棟に案内されていて、
待合のベンチで母が父の上着を畳んでいました。

「傷口が深いから縫うらしいわ。
『痛いよ〜頑張ってね』って先生に言われてた。
『うんと懲らしめてください』って言っておいたわ。
痛い目にあってわからないと。」

アルコール中毒の父はもう断酒しなさいと言われているにも関わらず飲み続けているのです。

本人の『酒を断つ』強い意志がない限り治療は始まらないし、
身内の管理はますますアルコール依存を加速しかねません。
もう、成り行きを見てこちらはそれを静観するしか術がないのです。
認知症も加速し、『酒』への執着は切り離せないものになっています。

『痛い目にあいなさい』という母の気持ちは凄く理解できます。

かと言って、今後も改心はしないだろう。言葉にはしなくても私も母もそう確信しながら…
2人横並びにベンチに座り黙りました。

救急病棟の扉から
声が聞こえてきました。


「痛いけど 頑張ってね」


「口あけてください!


「えーーー?なに?」

「くち あけて」

先生と看護師さんたちと、父の『え?なんて言ったの?』という「えーー?」の声の繰り返し。

縫おうとしてくれているのに意味がわからず口を閉じ続ける姿が想像できました。




助けてくれた人(血だらけの父 続き) 2

2022-03-01 10:17:15 | 
父と母が商店街を去った後、私も改めて
父が血を落としてしまったお店の方にお礼を伝えにいきました。

「そんなそんな(大丈夫 気にしないで)」と
笑顔で言ってくれる店のおばちゃん。

そして、警察の方に再度一礼して自転車で父母を追いかけます。

すると
後ろからまた警察官の声がしました。

「娘さん!娘さん!戻ってきて」

振り返るとそこには50代くらいの男性が警察官の方と一緒にいました。

「この方がね、第1発見者だったんですよ。」

そう紹介されて、
私は再び自転車を降り駆け寄りました。

「ありがとうございました。
こんなコロナ禍に、血だらけの老人に声をかけてくださったのかと思うと感謝の言葉もありません。」

深々と頭を下げたと同時に
ついに、私の涙腺は崩壊してしまいました。

本当に、みんなコロナが怖いし
それでなくても血だらけの老人が普通に歩いているだけで怖いと思います。
痛がりもせず、頭もボサボサで
怪しさしかなかったはずです。

私だったら怖くて少し離れてしまいそうです。

それなのに、声をかけてくれたんだと思うと涙が止まりませんでした。

「いやね、うちの親もね、以前道で倒れてね。コロナ禍だから救急も来なくて、病院も受け入れしてくれなくて、大変だったから…

だから、お父さん見た時他人事に思えなくて…

娘さん…泣かないで」

そう言ってくれました。

「(泣いて)すみません、ただただ感謝しかなくて。そしたら涙がでてきて。
すみません。」


「うちの親は90代でね…」

…私の父はまだ75歳だと言えませんでした。



その後は何を話したか覚えていません。
涙を止めようと必死だったのかもしれません。


話している最中に先程電話をしたかかりつけの病院から再度連絡が来て
そのおじさんとは別れました。



病院からは、担当医が今日来ているので
傷口見てくれるという連絡でした。

脳外科はないので、脳に関してはなにも処置出来ないこと。
入院も出来ないこと。
傷口の処置だけであること。
と、いうのが受け入れの条件でした。

血だらけの父 1

2022-03-01 00:19:37 | 
お昼前に突然母からの電話

「ネイロ お父さんが商店街で倒れたらしい。」
同じマンションの人が
父が倒れて警察に保護されていたのを見かけたので連絡してきてくれたんだそうです。

その時、母にはめーちゃんを預かってもらっていたので急いでめーちゃんを迎えに行きました。

「ネイロ お父さんを今から迎えに行くんやけど、自転車じゃないほうがいいよね」

「そうやな。とりあえず支えながら歩いて帰ることになると思うから自転車じゃないほうがいいかも。

72歳の母が、久々に走る。
痛い膝を引きずって…。

めーちゃんを一旦連れて帰ろうと思っていましたが、
必死で商店街へ向かって走る姿の母を見て
引き返しました。
そして、とにかく母より先に父を見つけてあげようと思いました。


「お母さん膝大丈夫?お父さんは大丈夫やで多分。今走っていかんでも歩いて向かったらいいよ。」

早歩き位の速度だけれど、顔を赤らめて必死に走る母に、母が大丈夫かと心配でした。

「それか、そんなに早く向かわなくちゃと思うなら引き戻って自転車に乗っていく?」

「いや、今から引き返すほうがしんどい!」

そう母が言ったので、
「じゃあ私が先に商店街に行ってくるから、ゆっくり向かってね」
と言い残して、先に自転車で商店街へ向かいました。

後ろは振り向きませんでしたが、
それでも母は走っていたんじゃないかと思います。
『人様に迷惑かけたくない』
そんな母の心の声が聞こえてきそうでした。



商店街に入り
入口から左右の人々に目を配らせながら父を探します。

暫くして警察官2人に保護された父を見つけました。

顔面が血だらけでめちゃくちゃになっていました。

ベンチに座らせてもらっていて

滴る血を時々警察官の方に拭いてもらっていました。

自分がどんな状態か分からないような表情をしていました。

私を見て
「じゃ これで失礼します」
と、何回も立ち上がり帰ろうとする父。

「お父さん、今 帰れないよ。
顔がぐちゃぐちゃになってるよ。
病院いかなくちゃ。」

そう私が何回言っても分からない様子で、
とにかく帰れないことだけは分かって座り、またちょっとしたら立ち上がり

「では、これでいいですな。」

なんて言って帰ろうとする繰り返しでした。


「救急車は11時にはかけたんですがまだ来ないんですよ。コロナ禍でなかなか来れないのかもしれません。」
そう警官の方が話してくれたのは11時45分頃でした。
母と無事合流できたので、
とりあえず来ない救急車をキャンセルしてもらい、家に連れて帰ることになりました。

母が来たことに安堵したのか
父は何事も無かったかのように 血だらけの手でめーちゃんをよしよししようとしました。


母は父に「なにすんの!」と怒り
父の手をつかみ
自分の肩にのせました。



「お母さんはしっかりしてるんやねぇ。」
と警察官の方が言いました。

「はい…ご迷惑をおかけしました。」

私と母は深々と警察官に頭を下げ、
そこら辺を血だらけにしてしまった商店街の人にも頭を下げました。

かかりつけの病院に電話するも、救急の受付はしていないと言われ

とりあえず父は母の肩を持ち
母が父を支えながら歩き帰りました。

今、何で警察官がいたのか
何で血を流しているのか
一体今日が何曜日なのか
なにもかもがわからない
そんな酩酊状態の父の後ろ姿は、
いつもより、より小さく見えました。

父と母と離れてからやっと私は
堪えていた気持ちが溢れてきました。