さゆりのひとり言-多発性骨髄腫と共に-

多発性骨髄腫歴20年/'08年4月臍帯血移植/「病気は個性」時にコケながらも前向きに/はまっこ代表/看護師/NPO所属

訃報

2011年07月29日 23時40分48秒 | MM闘病記

ちょうど一週間前の先週金曜日、私と同じ多発性骨髄腫で闘病されていたKさんが、ご永眠されました。
たまたま、数日前に奥さまのYさんにおしゃべり会のお誘いをしていたので、ご連絡下さいました。
享年45歳、愛娘は5歳という早すぎる別れでした。

私がお会いするきっかけになったのは、このブログでした。
昨年1月頃だったと思います。
自家移植を一回したのち、すぐに同種移植を提案され、奥さまが情報収集されていた時、
日本骨髄腫患者の会を通じて、こちらを紹介されたという事でした。

タイミングよくお会いする機会があり、知り合って早々にご夫婦とお会いし、
以降も何かとご縁があり、度々偶然鉢合わせたり、お会いする機会も多くなりました。
とても優しいKさんと、若いのに献身的に熱心にご主人を支える奥さまのYさん。
愛情深く、お互いを大切にされている様子は、とても素敵で私にとっては憧れでした。

年上のお二人に対してなので、失礼かもしれませんが、
お二人ともとってもしっかりされているんです。
Kさんが移植後に再発したり、具合が悪くなったりしても奥さまは気丈に振る舞われていました。
それは、参列した葬儀の場でもそうでした。
そのせいか、お父さんの結婚指輪を胸にした5歳の娘さんも、溢れる涙をタオルで押さえ、
必死に耐えていました。
大人だな~と思いました。

実は、私は、急な訃報にとてもショックを感じていました。
2004年、私が2回目の自家移植をした時に出会った当時私よりも少し年上の「ママ」
と呼んでいた患者さんの時を思い出しました。
病気は白血病でしたが、お子さんはまだ2歳か3歳か、でした。
その時同じように仲良くなった方と3人で、退院したらディズニーシーに行こう!って話していました。
しかし彼女は、そのまま正面玄関から退院することはできませんでした。

なぜ?なぜなぜなぜ?
当時、一人暮らしで両親は姉家族と二世帯同居、という私には、
私でなくて、なぜ彼女なの?
どうして、お母さんを必要としている娘をひとりにさせて、一方では何のために生かされたのかを考えている私が生きているの?
と考えました。

だから今回も、同じように考えてしまうのです。
私なんかより、生きている事を必要とされている人がなぜ?と。

しかし、今回、奥さまのYさんからは、
「夫はいつもさゆりさんの姿を目指し、治療に取り組んでおりました」
と言うお言葉を、ご葬儀が行われる前のメールで下さいました。
そして、ご葬儀で紹介されていた内容には、
亡くなるほんの5日前まで、ご家族でお祭りに出かけたり、
とっても大切な時間を家族で過ごされていたとありました。

明日の命の保証なんて、誰にだって出来ないものですが、
私にしましても、今や、数ヶ月先の私への(生死に対する)不安は薄れています。
だから、どうしたって疲れてしまえば後回し、明日やればいい、となっているのが現実です。

でも、Kさんのご家族にとっては、この2~3年の日々は、一日一日が尊く、本当に大事にされていらっしゃった事が
感じられました。
ですから、ご本人もご家族も、やれることはやった、という達成感すら感じ、
涙の中にも、温かく送り出す家族が、そこにはいらっしゃいました。
そして、Kさん自身も、とても穏やかなお顔をされていました。

そのような事を通し、私が生かされている意味を、再び確認する事が出来ました。
私が生きている事そのものが、誰かの目標になり、生きる希望になる。
なんと、有難いお役目を課せられた事でしょう。
そして、尊い事でしょう。

しかし未だに、その果たすべき役割を、しっくりする形で実践できていないのです。
私の中で一本通るべき芯が通っていない、という感じです。
少なくとも、血液疾患患者さんやご家族のサポートを
何らかの形でしていきたい、というのだけはあるのですが。。。

だいぶ体力も安定してきたし、メンタル的にも余裕が出てきたようにも感じるので、
そろそろ、私のこれからの人生のミッションを確立していきたいです。
そんな風に、改めて考える事が出来たのも、
Kさん、そしてご家族皆様のおかげです。

心より感謝申し上げます。
そして、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

 


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1 コメント

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訃報 (コロジー)
2011-07-30 08:34:55
さゆりさんから訃報の連絡をいただき7月25日の告別式に参列してきました。
Kさんとは同じ病院、同時期に入院治療をしていたことをさゆりさんのランチ会で判りYさんとそれ以降メールで情報交換していました。

Yさんを励まそうと告別式に参列しましたが、コロジーを見つけるなりYさんは席まで来ていただき身体は大丈夫なのですかと反対に声を掛けてくださいました。
コロジーは涙で声を掛けるどころか話もできませんでした。

Yさんは喪主の立場、母親の立場を気丈夫にしっかりとこなされていました
ご冥福をお祈りいたします 合掌
コロジー
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