平成31年3月5日付け日本経済新聞「経済教室」より
低い日本の労働生産性「上」
著者:森川正之氏(経済産業研究所副所長)
米国との格差、複合的要因
ポイント
○ 生産性も時間当たり賃金も米の3分の2
○ 労働時間の短縮は生産性向上に直結せず
○ 資源配分の効率性の違いが生産性に影響
日本の労働生産性の水準は米国の約3分の2で、主要7カ国(G7)諸国中最下位だ。
時間当たり賃金の平均値を比較しても、日本は米国の3分の2だ。
なぜ日本の生産性は低いのか。多くの研究がなされてきたが、日本の生産性を規定する唯一決定的な要素は見出されていない。
最近の研究によれば、日本のサービスの質が米国よりも高いことを補正すると日本の生産性は1割ほど高くなる。
しかし日本の労働生産性が米国に比べて大幅に低いという結論が覆るわけではない。
日本は労働時間が長いので時間当たり生産性が低いという見方も根強い。だが従事者当たり、労働時間当たりどちらの生産性をみても、国際的な位置はほぼ変わらない。
横軸に従事者一人当たり、縦軸に1時間当たりの生産性をプロットすると、近似線では日本はこれらの線上に位置する。時間当たり生産性を計算する際の分母はパートを含む全労働者の数字であること、統計がカバーする労働者の範囲や労働時間のとらえ方が国により違うことなどに注意が必要だが、平均的にみる限り日本は国際標準から外れた異常値ではない。
近年、働き方改革の一環として労働時間の短縮が進められている。過度の残業はメンタルヘルスを含む健康に有害だし、生産性にもマイナスに働くだろう。だが極端な長時間労働を別にすると、労働時間を短くすると生産性が高まるという単純な関係ではない。
ワークライフバランスと生産性の関係も実証的にみると相関関係はあるが因果関係ではない。働き方改革を通じた生産性向上が強調されるが、両者を結び付けるのは無理がある。ただ労働時間短縮やワークライフバランス改善が生産性にマイナスの影響を及ぼすというエビデンス(証拠)もないので、労働者にとっての便益という素直な視点から取り組むべき課題だ。
無駄な会議や稟議(りんぎ)の削減、業務の段取りの改善、意思決定権限の委譲、意義の乏しい社内ルールの見直しなど、生産に結び付かない労働投入を減らすことは企業現場の生産性を高めるうえで有効だ。仕事の進め方を不断に改善することは大事だ。その本質は個々の職場のマネジメントの問題だが、過剰な規制や行政指導など政策も影響する。
同一労働同一賃金も働き方改革の柱の一つだ。筆者の分析によれば、パート労働者の賃金水準は生産性とほぼ一致している。平均的にみる限りパート労働者の賃金は生産性に見合わない低水準に抑制されているわけではない。非正規労働者の生産性・賃金を引き上げるには、スキルアップのための教育訓練や自己啓発を促すような人事・労務管理などの対応が本筋だ。
なぜ日本の労働生産性は低いのか。その憶測はおおく、日本人はサービスがタダだと思っているからとか、日本は競争が激しすぎるからといった的外れな議論もある。
日本の企業経営が下手だからという指摘もよく聞かれるが、その根拠は曖昧だ。「世界経営調査」の結果をみる限り、日本企業の平均値は米国およびドイツと並んで最も高く、英国やフランスをかなり上回る。
一般に生産性向上の二大エンジンは技術革新と労働力の質向上であり、今後もこれらが生産性向上の柱となるのは間違いない。しかし、日本の研究開発集約度は米国よりも高いし、学力やスキルの国際比較調査からみても日本の人的資本の質はトップレベルだ。
各国の所得水準の差を要因分解した研究の多くは、資源配分の効率性の違いが国全体の生産性に強く影響することを示している。この観点からは、日本では「優良企業のシェア拡大、非効率企業の撤退」という新陳代謝のダイナミズムが弱いことが比較的重要な要因かもしれない。グローバル競争の障壁、労働者・企業の地理的移動のコスト、政府規制、既存中小企業の保護などがこの点に関係する。
過去の研究を通じて何が生産性を高めるのか、逆に何が生産性の足を引っ張るのか、わかってきたことも多い。
例えば企業の教育訓練投資は生産性への寄与が大きい。IT(情報技術)革命の経験に照らすと、AI(人工知能)など新しい汎用技術を利用するサービス産業で、教育訓練などの補完的な向け資産投資を充実することが今後の生産性向上にとって重要だ。
マイナス要因の例としては過度な土地利用規制が人や企業の最適配置を阻害し、国全体の生産性を押し下げていることが分かっている。都市集約の利益を生かすことが大事だ。
日米生産性格差を解消する決定的な方策はないが、エビデンスを活用して生産性向上の余地を現実化し、生産性の押し下げ要因を除去する努力を重ねていく必要がある。
まとめ
△ 日本の労働生産性の水準は米国の3分の2で、主要7カ国(G7)諸国中で最下位。
△ 時間当たり賃金の平均値を比較しても、日本は米国の3分の2。
? なぜ、日本の生産性は低いのか? → 多くの研究がなされてきたが、唯一決定的な要因は見出されていない。
○ 日本のサービスの質が米国よりも高いことを補正すると日本の生産性は1割ほど高くなる。△ それでも日本の生産性が低いという結論は覆らない。
? 労働時間が長いので生産性が低い → 従事者当たり、労働時間当たりどちらの生産性指標をみても、国際的な位置はほぼ変わらない。
? 働き方改革の一環として労働時間の短縮 → 極端な当時間労働を別にして、労働時間を短くするほど生産性が高まるという単純な関係ではない。ただし、過度な残業はメンタルヘルスを含む健康に有害だし、生産性にもマイナスに働くだろう。
? ワークライフバランスと生産性の関係 → 相関関係はあるが因果関係ではない。
? 働き方改革を通じた生産性向上 → 両者を結び付けるのは無理がある。
ただし、労働時間短縮やワークライフバランス改善が生産性にマイナスの影響を及ぼすというエビデンスもないので、労働者にとっての便益という視点で取組むべき。
? 非正規労働者の処遇改善のための同一賃金同一労働 → 非正規労働者の生産性・賃金を引き上げるには、スキルアップのための教育訓練や自己啓発を促すような人事・労務管理などの対応が本筋だ。
? なぜ、日本の労働生産性は低いのか? → 日本人はサービスがタダだと思っている、日本は競争が激しい、企業経営が下手…という答えは的外れな議論。
生産に直接結びつかない労働投入を減らすことは、企業現場の生産性を高めるうえで有効。
○ 無駄な会議や稟議の削減
○ 業務の段取りの改善
○ 意思決定権限の委譲
○ 意義の乏しい社内ルールの見直し など
優良企業のシェア拡大、非効率企業の撤退
△ グローバル競争の障壁
△ 労働者・企業の地理的移動コスト
△ 政府規制
過度な土地利用規制が人や企業の再配置を阻害し、国全体の生産性を押し下げている。
都市集積の利益を生かすこと。
△ 既存中小企業の保護
低い日本の労働生産性「上」
著者:森川正之氏(経済産業研究所副所長)
米国との格差、複合的要因
ポイント
○ 生産性も時間当たり賃金も米の3分の2
○ 労働時間の短縮は生産性向上に直結せず
○ 資源配分の効率性の違いが生産性に影響
日本の労働生産性の水準は米国の約3分の2で、主要7カ国(G7)諸国中最下位だ。
時間当たり賃金の平均値を比較しても、日本は米国の3分の2だ。
なぜ日本の生産性は低いのか。多くの研究がなされてきたが、日本の生産性を規定する唯一決定的な要素は見出されていない。
最近の研究によれば、日本のサービスの質が米国よりも高いことを補正すると日本の生産性は1割ほど高くなる。
しかし日本の労働生産性が米国に比べて大幅に低いという結論が覆るわけではない。
日本は労働時間が長いので時間当たり生産性が低いという見方も根強い。だが従事者当たり、労働時間当たりどちらの生産性をみても、国際的な位置はほぼ変わらない。
横軸に従事者一人当たり、縦軸に1時間当たりの生産性をプロットすると、近似線では日本はこれらの線上に位置する。時間当たり生産性を計算する際の分母はパートを含む全労働者の数字であること、統計がカバーする労働者の範囲や労働時間のとらえ方が国により違うことなどに注意が必要だが、平均的にみる限り日本は国際標準から外れた異常値ではない。
近年、働き方改革の一環として労働時間の短縮が進められている。過度の残業はメンタルヘルスを含む健康に有害だし、生産性にもマイナスに働くだろう。だが極端な長時間労働を別にすると、労働時間を短くすると生産性が高まるという単純な関係ではない。
ワークライフバランスと生産性の関係も実証的にみると相関関係はあるが因果関係ではない。働き方改革を通じた生産性向上が強調されるが、両者を結び付けるのは無理がある。ただ労働時間短縮やワークライフバランス改善が生産性にマイナスの影響を及ぼすというエビデンス(証拠)もないので、労働者にとっての便益という素直な視点から取り組むべき課題だ。
無駄な会議や稟議(りんぎ)の削減、業務の段取りの改善、意思決定権限の委譲、意義の乏しい社内ルールの見直しなど、生産に結び付かない労働投入を減らすことは企業現場の生産性を高めるうえで有効だ。仕事の進め方を不断に改善することは大事だ。その本質は個々の職場のマネジメントの問題だが、過剰な規制や行政指導など政策も影響する。
同一労働同一賃金も働き方改革の柱の一つだ。筆者の分析によれば、パート労働者の賃金水準は生産性とほぼ一致している。平均的にみる限りパート労働者の賃金は生産性に見合わない低水準に抑制されているわけではない。非正規労働者の生産性・賃金を引き上げるには、スキルアップのための教育訓練や自己啓発を促すような人事・労務管理などの対応が本筋だ。
なぜ日本の労働生産性は低いのか。その憶測はおおく、日本人はサービスがタダだと思っているからとか、日本は競争が激しすぎるからといった的外れな議論もある。
日本の企業経営が下手だからという指摘もよく聞かれるが、その根拠は曖昧だ。「世界経営調査」の結果をみる限り、日本企業の平均値は米国およびドイツと並んで最も高く、英国やフランスをかなり上回る。
一般に生産性向上の二大エンジンは技術革新と労働力の質向上であり、今後もこれらが生産性向上の柱となるのは間違いない。しかし、日本の研究開発集約度は米国よりも高いし、学力やスキルの国際比較調査からみても日本の人的資本の質はトップレベルだ。
各国の所得水準の差を要因分解した研究の多くは、資源配分の効率性の違いが国全体の生産性に強く影響することを示している。この観点からは、日本では「優良企業のシェア拡大、非効率企業の撤退」という新陳代謝のダイナミズムが弱いことが比較的重要な要因かもしれない。グローバル競争の障壁、労働者・企業の地理的移動のコスト、政府規制、既存中小企業の保護などがこの点に関係する。
過去の研究を通じて何が生産性を高めるのか、逆に何が生産性の足を引っ張るのか、わかってきたことも多い。
例えば企業の教育訓練投資は生産性への寄与が大きい。IT(情報技術)革命の経験に照らすと、AI(人工知能)など新しい汎用技術を利用するサービス産業で、教育訓練などの補完的な向け資産投資を充実することが今後の生産性向上にとって重要だ。
マイナス要因の例としては過度な土地利用規制が人や企業の最適配置を阻害し、国全体の生産性を押し下げていることが分かっている。都市集約の利益を生かすことが大事だ。
日米生産性格差を解消する決定的な方策はないが、エビデンスを活用して生産性向上の余地を現実化し、生産性の押し下げ要因を除去する努力を重ねていく必要がある。
まとめ
△ 日本の労働生産性の水準は米国の3分の2で、主要7カ国(G7)諸国中で最下位。
△ 時間当たり賃金の平均値を比較しても、日本は米国の3分の2。
? なぜ、日本の生産性は低いのか? → 多くの研究がなされてきたが、唯一決定的な要因は見出されていない。
○ 日本のサービスの質が米国よりも高いことを補正すると日本の生産性は1割ほど高くなる。△ それでも日本の生産性が低いという結論は覆らない。
? 労働時間が長いので生産性が低い → 従事者当たり、労働時間当たりどちらの生産性指標をみても、国際的な位置はほぼ変わらない。
? 働き方改革の一環として労働時間の短縮 → 極端な当時間労働を別にして、労働時間を短くするほど生産性が高まるという単純な関係ではない。ただし、過度な残業はメンタルヘルスを含む健康に有害だし、生産性にもマイナスに働くだろう。
? ワークライフバランスと生産性の関係 → 相関関係はあるが因果関係ではない。
? 働き方改革を通じた生産性向上 → 両者を結び付けるのは無理がある。
ただし、労働時間短縮やワークライフバランス改善が生産性にマイナスの影響を及ぼすというエビデンスもないので、労働者にとっての便益という視点で取組むべき。
? 非正規労働者の処遇改善のための同一賃金同一労働 → 非正規労働者の生産性・賃金を引き上げるには、スキルアップのための教育訓練や自己啓発を促すような人事・労務管理などの対応が本筋だ。
? なぜ、日本の労働生産性は低いのか? → 日本人はサービスがタダだと思っている、日本は競争が激しい、企業経営が下手…という答えは的外れな議論。
生産に直接結びつかない労働投入を減らすことは、企業現場の生産性を高めるうえで有効。
○ 無駄な会議や稟議の削減
○ 業務の段取りの改善
○ 意思決定権限の委譲
○ 意義の乏しい社内ルールの見直し など
優良企業のシェア拡大、非効率企業の撤退
△ グローバル競争の障壁
△ 労働者・企業の地理的移動コスト
△ 政府規制
過度な土地利用規制が人や企業の再配置を阻害し、国全体の生産性を押し下げている。
都市集積の利益を生かすこと。
△ 既存中小企業の保護