平成31年3月6日付け日本経済新聞「経済教室」より
低い日本の労働生産性「下」
筆者:滝澤美帆氏(東洋大学教授)
産業・企業間で格差大きく
ポイント
○ 国際比較での低い労働生産性に違和感も
○ 日本のサービス業は中小企業の割合高い
○ 生産性向上が経済規模維持の唯一の方策
残業時間の罰則付き上限規制や有給休暇取得の義務化などを含む働き方改革関連法が2019年4月以降、順次施行される。
日本の労働生産性を国際比較する目的から日本生産性本部が18年12月に公表した「労働生産性の国際比較2018」では、日本の1時間当たり労働生産性(労働1時間当たり付加価値額)は47.5ドル(購買力平価換算で4733円)で、経済協力開発機構(OECD)加盟36カ国中20位と計測されている。この水準は米国の3分の2程度に当たり、データ取得可能な1970年以降、主要先進7カ国で最下位の状況が続く。
高い技術に裏付けられた世界に名だたる製造業が数多く存在する日本で、なぜ労働生産性水準が低位にとどまっているのか。ドライに計測された労働生産性の数値と実感のかい離はなぜ生じているのか。
本稿では、産業間・企業間の異質性、企業活動の国際化、計測上の技術的な問題の3点から、「違和感」の背景となっている事象を整理したい。
例えば筆者が宮川大介・一橋大学准教授と経済産業研究所(RIETI)のプロジェクトとして実施した研究では、労働生産性水準について産業ごとに米欧の代表的な先進諸国と比較している。化学や輸送用機械、はん用・生産用・業務用機械といった一部産業では、日本の労働生産性が欧米を上回るか少なくとも同程度である一方、サービス産業分野の生産性水準が欧米と比べて傾向的に低いとの結果を報告している。
一方、日本には多くの中小企業が存在することも広く知られている。特に卸売・小売業などサービス業では、米国と比べ圧倒的に規模の小さい企業の割合が高く、国土の割に事業所数も多い。
例えば卸売・小売業の従業員10人未満の事業所数シェアが米国では50%程度なのに対し、日本では78%に達する。こうした小規模企業は平均的に生産性が低く、経済全体の生産性水準を押し下げている可能性が高い。
企業間生産性格差の存在は「違和感」の背景事情の一つと考えられる。
全く異なる視点から、本邦の製造業の海外展開に注目したい。
日本企業のフローの対外直接投資額は16年に過去最高の1700億ドルを記録し、17年も高水準を維持している。
日本企業による海外企業のM&A(合併・買収)も活発で、13年以降その件数は年々増加している。
このように海外で現地の従業員を雇い、高い付加価値を生み出していたとしても、国際総生産(GDP)には加算されない点に注意すべきだ。すなわち生産性の高い大企業が国内での生産を縮小し、海外展開を積極的に進めることで、見た目以上の生産性水準が低下しているかもしれない。
海外子会社の事業活動を補足するような官民データを活用してより実態に即して計測することで、「違和感」の一部は解消されるだろう。
最後に生産性の計測に関する技術的課題に触れたい。
例えば生産性の分子となるアウトプットの計測方法が各国で異なること、特にサービス産業でサービスの質の国際格差に関する調整が困難であることなどが挙げられる。
将来にわたる労働力の減少が明らかな日本で、生産性の向上が経済規模の維持・拡大のほぼ唯一の方策であることは間違いない。低生産性企業の退出、高生産性企業への資源の移動、対内直接投資や外需の呼び込みなど、生産性向上に向けた施策の方向性にはそれほど大きな異論はないだろう。
まとめ
「産業間・企業間の異質性」からの生産の低さ
○ 化学や一部機械産業では、日本の生産性が欧米を上回るか少なくとも同程度である。
△ サービス産業分野の生産性水準が欧米と比べて傾向的に低い。
△ 各産業内の企業間でも、生産性に関する大きな格差が存在する。
「企業活動の国際化」からの生産性の低さ
△ 日本企業の対外直接投資額は16年に過去最高を記録し、高水準を維持している。
△ 日本企業による海外企業のM&A(合併・買収)も活発。
△ 海外で現地の従業員を雇い、高い付加価値を生み出していたとしても、国内総生産(GDP)には加算されない。
「計測上の技術的な問題」からの生産性の低さ
△ 例えば生産性の分子となるアウトプットの計測方法が各国で異なる。
△ 特にサービス産業でサービスの質の国際格差に関する調整が困難。
将来にわたる労働力の減少が明らかな日本では、生産性向上が経済規模の維持・向上のほぼ唯一の方策であることに間違いはない。
→ 低生産性企業の退出
→ 高生産性企業への資源の移動、
→ 対内直接投資や外需の呼び込み など
低い日本の労働生産性「下」
筆者:滝澤美帆氏(東洋大学教授)
産業・企業間で格差大きく
ポイント
○ 国際比較での低い労働生産性に違和感も
○ 日本のサービス業は中小企業の割合高い
○ 生産性向上が経済規模維持の唯一の方策
残業時間の罰則付き上限規制や有給休暇取得の義務化などを含む働き方改革関連法が2019年4月以降、順次施行される。
日本の労働生産性を国際比較する目的から日本生産性本部が18年12月に公表した「労働生産性の国際比較2018」では、日本の1時間当たり労働生産性(労働1時間当たり付加価値額)は47.5ドル(購買力平価換算で4733円)で、経済協力開発機構(OECD)加盟36カ国中20位と計測されている。この水準は米国の3分の2程度に当たり、データ取得可能な1970年以降、主要先進7カ国で最下位の状況が続く。
高い技術に裏付けられた世界に名だたる製造業が数多く存在する日本で、なぜ労働生産性水準が低位にとどまっているのか。ドライに計測された労働生産性の数値と実感のかい離はなぜ生じているのか。
本稿では、産業間・企業間の異質性、企業活動の国際化、計測上の技術的な問題の3点から、「違和感」の背景となっている事象を整理したい。
例えば筆者が宮川大介・一橋大学准教授と経済産業研究所(RIETI)のプロジェクトとして実施した研究では、労働生産性水準について産業ごとに米欧の代表的な先進諸国と比較している。化学や輸送用機械、はん用・生産用・業務用機械といった一部産業では、日本の労働生産性が欧米を上回るか少なくとも同程度である一方、サービス産業分野の生産性水準が欧米と比べて傾向的に低いとの結果を報告している。
一方、日本には多くの中小企業が存在することも広く知られている。特に卸売・小売業などサービス業では、米国と比べ圧倒的に規模の小さい企業の割合が高く、国土の割に事業所数も多い。
例えば卸売・小売業の従業員10人未満の事業所数シェアが米国では50%程度なのに対し、日本では78%に達する。こうした小規模企業は平均的に生産性が低く、経済全体の生産性水準を押し下げている可能性が高い。
企業間生産性格差の存在は「違和感」の背景事情の一つと考えられる。
全く異なる視点から、本邦の製造業の海外展開に注目したい。
日本企業のフローの対外直接投資額は16年に過去最高の1700億ドルを記録し、17年も高水準を維持している。
日本企業による海外企業のM&A(合併・買収)も活発で、13年以降その件数は年々増加している。
このように海外で現地の従業員を雇い、高い付加価値を生み出していたとしても、国際総生産(GDP)には加算されない点に注意すべきだ。すなわち生産性の高い大企業が国内での生産を縮小し、海外展開を積極的に進めることで、見た目以上の生産性水準が低下しているかもしれない。
海外子会社の事業活動を補足するような官民データを活用してより実態に即して計測することで、「違和感」の一部は解消されるだろう。
最後に生産性の計測に関する技術的課題に触れたい。
例えば生産性の分子となるアウトプットの計測方法が各国で異なること、特にサービス産業でサービスの質の国際格差に関する調整が困難であることなどが挙げられる。
将来にわたる労働力の減少が明らかな日本で、生産性の向上が経済規模の維持・拡大のほぼ唯一の方策であることは間違いない。低生産性企業の退出、高生産性企業への資源の移動、対内直接投資や外需の呼び込みなど、生産性向上に向けた施策の方向性にはそれほど大きな異論はないだろう。
まとめ
「産業間・企業間の異質性」からの生産の低さ
○ 化学や一部機械産業では、日本の生産性が欧米を上回るか少なくとも同程度である。
△ サービス産業分野の生産性水準が欧米と比べて傾向的に低い。
△ 各産業内の企業間でも、生産性に関する大きな格差が存在する。
「企業活動の国際化」からの生産性の低さ
△ 日本企業の対外直接投資額は16年に過去最高を記録し、高水準を維持している。
△ 日本企業による海外企業のM&A(合併・買収)も活発。
△ 海外で現地の従業員を雇い、高い付加価値を生み出していたとしても、国内総生産(GDP)には加算されない。
「計測上の技術的な問題」からの生産性の低さ
△ 例えば生産性の分子となるアウトプットの計測方法が各国で異なる。
△ 特にサービス産業でサービスの質の国際格差に関する調整が困難。
将来にわたる労働力の減少が明らかな日本では、生産性向上が経済規模の維持・向上のほぼ唯一の方策であることに間違いはない。
→ 低生産性企業の退出
→ 高生産性企業への資源の移動、
→ 対内直接投資や外需の呼び込み など