気の広場

気の世界あれこれ・・・
  日常雑感あれこれ・・・

家にとらわれるな ・・・ 3.家への溺れ

2010-10-03 13:55:46 | Weblog
ふと思い返してみると ・・・

たしかに私たちは 住み慣れた家への執着によって

  古いカラにとじこもっていることに気づくではありませんか。



ちょっと具合が悪いと

  寝床から起き上がるのもいやになるように

失敗や苦痛があると 家という寝ぐらにもぐりこみたくなります。



子どもは ケンカに負けると

イエにとじこもって 母親を防波堤にして

  自分の意気地なさをかくそうとします。


過保護も

  実は「家への溺れ」の延長線上に咲いた仇花 かもしれません。


つとめに出ていても

  しょっちゅう母のいる家へ帰りたがります。


新しい就職先で未来の希望に燃えている青年が

  連休前になると そわそわしてくるのも

            ・・・ 帰巣心理の現われでしょうね。



釈尊は それをきびしく戒めているのです ・・・ 。


家にとらわれることは 「昨日の自分」に執着することだ。

変化のない過去に身をおく いじけた心が

  そのような「昨日の思想」によりかかろうとする気持を生んでくる。


そこからは

・・・ 新しい考え は生まれない。

・・・ 孤独な精進 は出てこない。


家に執する心をすてよ

昨日よ去れ ・・・ その人こそ 心さとき人である ・・・ と。





家にとらわれるな ・・・ 2.執着心

2010-10-03 12:03:05 | Weblog
毎年八月十五日(お盆)に向けての

  あの慌しくも苦しく 切ないふる里帰りは

「イエ」という古巣へ帰る執着心を 実によくあらわしています。

水鳥の池をすて去るのと反対です。


しかし それが人間としての情なのでしょうね。

水が下へ流れていくように

  焔が上へ上がっていくように

私たちは おのずから「家のほうへ足が向き」

  ・・・ 家に執着するものです。



「心さときひとらは 家におぼるるなく」という釈尊のことばには

  ・・・ なにかひんやりするものが感じられます。


家に溺れず とらわれず すっすっと去りゆくということは

  ・・・ 不自然な気もします。





家にとらわれるな ・・・ 1.水鳥のごとく

2010-10-03 11:32:14 | Weblog
心さときひとらは 家におぼるるなく 立ち去りゆくなり

水鳥の池を すてさるごとく この家をすて かの家をすつ

                         (法句経)


「水鳥の池を すてさるごとく」 ・・・

水鳥は住まいとしていた池の魚を喰べるだけ喰べてしまうと

  さっと飛び去って 他の池に行く。

その捨て去り方は まことに見事で

  「立つ鳥あとを濁さず」というくらい

    ・・・ あざやかで 小気味のよいものです。


釈尊も その爽快さをごらんになっていたのでしょうね。


鳥だって夕方になれば ねぐらに帰ります。


古巣へ戻る楽しみは 動物にもある。

蛇も同じ穴に入るし 蟻も同じです。


「昨日の巣へ戻る安らぎ」

住みなれた家に戻って 足を踏み入れる自然さとくつろぎ。


・・・ それは 生物(いきもの)のもつ帰巣本能でしょう。






独楽(こま)のように ・・・ 3.沈黙の尊さ

2010-10-03 11:14:45 | Weblog
釈尊は

  大河のように生きよ

  そうした人は かならず世間も大事にする ・・・ と教えます。



大事業をなす人

りっぱに子どもを育てる親 ・・・
 
そうした人たちは

  けっして一喜一憂したり

    自分の仕事に焦立ちをもったりしません。


あれもしたい これもしたいという欲にふり回される

  小川のような人は

  ・・・ 何か一つのことを達成することはできません。



もちろん 動き回り 働くことはよい。


しかし 独楽をみてください。

本当に 完全に活動しているときは

  ・・・ 「静けさ」しかないではありませんか。


「独楽」とは 独り楽しむ と書きます。


うなりをたててまわっている独楽は

  なまじ身を動かさず 音もたてない。


優秀な自動車エンジンは 静かです。

安物エンジンは 轟音をたてる。


喧騒な人生には ・・・ 深みがない。



沈黙の尊さを忘れた私たちに

  釈尊のことばは ・・・ 鋭い反省を求めている のです。




(再掲)

  底浅き小川は音を立てて流れ

    満水の河はおのずから静かなり

                (スッタニパータ)




 

独楽(こま)のように ・・・ 2.ケチな人生 ・ 静寂の人生

2010-10-03 07:53:09 | Weblog
ひとは不安だと

  たえず何かをつぶやき 語りかけてきます。

自分の気持ちが不安定だと

  雑念が浮かび これを口に出したがります。



いまの社会がおしゃべりなのも 時代の不安を現しているのです。


この底の浅い小川のような人生を送っている人は

おそらく自分の仕事に全身をうちこんで

  ・・・ 充ちたりた「現在(いま)」に生き抜いていないはずです。


自分の河底を深くし 満々と流れる大河のように音も立てず

  自信をもって自分の仕事を掘り下げている人は

  ・・・ 燃焼しきっています。



いったいどちらが ・・・ まことの人生なのでしょうか。


自分の衣食住(くらし)や 金や 名誉にかかわりあって

  ・・・ たえず水音をたてているケチな人生 と

ひとりわが仕事に没頭する

  ・・・ 静寂の人生 と

いずれを 私たちはえらぶべきなのでしょうか ・・・ 。






独楽(こま)のように ・・・ 1.饒舌と沈黙

2010-10-03 06:03:50 | Weblog
底浅き小川は音を立てて流れ

  満水の河はおのずから静かなり

                (スッタニパータ)



私たちのまわりには
 
自分の生活について

いつもぶつぶつ文句ばかりいったり

  不平不満をことばや態度にあらわす人がいます。


その反対に

満ち足りた気分で生き抜いている人もいます。

そうした人は

他人をねたんだり

  意味のない文句不平を口に出したりしません。


この二つのタイプの人間 それを河にたとえ

「底浅き小川の音」 と

「満水の河の静けさ」 とに分けられたのです。



饒舌と沈黙 ・ 騒音と静けさ。

このちがいの中に 釈尊は

  ・・・ 人間の浅さと深さとをよみとられたのです。






大人の智慧 ・・・ 2.分別心

2010-10-03 03:10:55 | Weblog
子供は まわりの人たちのことを考えずに騒ぎまわる。

大人になれば おとな(大人)しくなる。


このちがいに 「自分に気づく」智慧の力です。



酔って電車のなかで わめく人

子どもがいたずらしているのをほっておく親は

  いくつになっていようとも ・・・「智慧」のない人間です。



よく「分別心」をもて といいます。

物事の限界を知れ と教えます。

  ・・・ これが「智慧のはかり」なのです。


「成人」になるということは

ただ年齢や 背丈や
 
  ヒゲがはえてきたという外見をさしていうのではなく

「自分のなかにブレーキをかける力」ができたということです。

自分の運転免許証を入手したということです。

だから 大人になると まわりは世話をやきません。

自制力 ・ コントロール能力あり ・・・ とみます。



どこからが行きすぎで どこまでがほどよい限度か

何が悪で 何が善か

これは 「はかり」にかけることができる人

自分とともに他人の存在を忘れない人間 ・・・

そうしたほんものの人間になれ

  ・・・ と 釈尊は教えているのですね。




 

大人の智慧 ・・・ 1.子ども

2010-10-03 03:10:24 | Weblog
知恵(智慧)あるものは権衡(はかり)を手にするなり

                       (法句経)


深い思慮ある人は

  物事の二つの面をみまもりながら上手にバランスをとる

  ・・・ という静かな反省力の尊さを説かれたことばです。



中国の古典にも

「法度(のり)をもって子を救う」 と書いてあります。


いってみれば

「はかり」とか 「法度」ということは

  ・・・ 「大人の智慧(知恵)」ということです。



子どもには この智慧のあるバランスがそなわっていません。

おいしいものがるとお腹をこわすまで食べ過ぎてしまいます。

ほっておくと 公園の花を折ったり

  旅行先で古美術を傷つけたりします。


青年もそうです。

体は大人よりも大きくなっても

夜中まで自動車を乗りまわして 人びとの眠りをさまたげたり

  酒をのんで 高速道路を猛スピードでとばしたりします。



「はかり」とは 目安のことです。

親には これがそなわっています (そなわっているはずです)。

だから この目安で

  食べすぎるな

  夜ふかしするな

  飲みすぎるな ・・・ と注意します。


十八 九歳になると この「はかり」が整ったかのように錯覚して

  他人のことばに耳をかさず

         ・・・ 自分のメータで走り出します。



もちろん 大人にもそうした「年をとった赤ちゃん」がいます。

高山植物をもぎとってキャンプの下敷用につかったり

白鳥を殺したり

選挙の買収をしたり ・・・ などなどをする大人です。


人びとに迷惑をかけて得意がる

  ・・・ ヤクザや右翼なども これに入ります。

彼らは 自分たちだけの仁義という「はかり」で

  すべて割り切ろうとします。


・・・ これは「子ども」と少しも変りません。





* 閑話休題


  もちろん! もちろん!! ごく最近は

  フロッピーを改ざんする大人や ・・・

  「一兵卒から・・・」などといい 単なる腹黒いボス ・・・

    などなど ・・・


  枚挙にいとまがないほど
 
    たちの悪い 子どもの大人 が多すぎます ・・・ 。