満州事変三部作ではないが、プロローグから始めると、昭和3年の張作霖爆殺、そして、翌昭和4年の白朗による奉天城襲撃計画、最後に昭和6年の俗にいうところの満州事変。こうして翌7年には、やや強引にではあるが満州国が始まっている。この2番目の奉天城事件は白朗29歳の時であった。渡辺龍策氏は「馬賊」の中で「このころ29歳の馬賊頭目小白竜こと尚旭東は、張学良に一撃を加えてやろうと考えていた。」と書いている。確かに、父親を殺されて怒り心頭の張学良もわかるような気がするが、その強い抗日姿勢に白朗は何らかの危うさを察知されたのだろうか。
けれど、結果は失敗に終わっていることは周知のとおりである。当時28歳だったという津田鶴城が妓楼で酒におぼれて襲撃計画を壮語してしまった、ということである。その時の白朗の対応を私は見事と感じている。さっさと「自首」してしまうのである。大陸追放にはなったものの「頭山満や緒方竹虎らの庇護をうけた。」(馬賊から)とある。リアリスト白朗を語る一つのエピソードかもしれない。20代の終わりに自己を見直す時間を得たのはある意味良かったのかもしれないとも思う。それに、奉天城襲撃計画自体が私には、若干違和感を感じてもいる。しかし、「襲撃」が行われてもし張学良と白朗が深く遭遇するようなことがあったなら、そこに新たな絆のようなものが生まれたかもしれない、などという妄想も生まれてくるのである。(文責:吉田)
けれど、結果は失敗に終わっていることは周知のとおりである。当時28歳だったという津田鶴城が妓楼で酒におぼれて襲撃計画を壮語してしまった、ということである。その時の白朗の対応を私は見事と感じている。さっさと「自首」してしまうのである。大陸追放にはなったものの「頭山満や緒方竹虎らの庇護をうけた。」(馬賊から)とある。リアリスト白朗を語る一つのエピソードかもしれない。20代の終わりに自己を見直す時間を得たのはある意味良かったのかもしれないとも思う。それに、奉天城襲撃計画自体が私には、若干違和感を感じてもいる。しかし、「襲撃」が行われてもし張学良と白朗が深く遭遇するようなことがあったなら、そこに新たな絆のようなものが生まれたかもしれない、などという妄想も生まれてくるのである。(文責:吉田)