文明がひとつ滅びる物語しつつおまえの翅脱がせゆく 谷岡亜紀
これはいやだ。
素直に感覚が拒否する。
詠み手は何もわかってはいない。非常に低い。
文明が滅びるということがどういうことか、恐ろしくものを知らなすぎる。
その上でこういうものを軽く詠み、高いものとする心は、下衆めいている。
いにしへの小島を海に空目して滅びし夏の夢をぞおもふ 揺之
いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見むこのさびしさに君は耐ふるや 若山牧水
これは嘘だ。
本人の作かもしれないが、本人はこういうことを思っていない。
自分の心とは違うことを言っている。
形だけをつくり、自分をいい感じに見せようとしているのである。
こういうのは、歌への冒涜である。
旅ゆきて知らぬ山河をながむればおもひいづるはふるさとの山 揺之
死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる 斎藤茂吉
本人の作のようだ。悪くないが、下手だ。
意趣はわかるが、訴えてくるものが弱い。
息子が死んでゆく母に添寝をするとき、本当は何を思うものか。
切ない心が伝わってこない。
どこかつきはなして見ている心を感じる。
夜深きとほきかはづの音の満ちて死にゆく母の床の辺の夢 揺之
このカテゴリは結構好評らしいので、続けてやってみる。
力など望まで弱く美しく生れしまゝの男にてあれ 岡本かの子
少し時代はさかのぼるが、これはあからさまに間違ったことを詠った例なのであげてみた。
ご存じの通り、作者は岡本太郎の母である。
生れたままで弱いままの男ばかりがいれば、世間はめちゃくちゃになる。
たとえあらゆる難がふりかかってくるとわかっていても、男に生まれた限りは自分に力をつけねばならないというのが本当だ。
何もわかっていない女に育てられた子供が不幸だ。
神の手に男とされしおのれをぞ立てて自らへその緒を切る 揺之