競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

千可ちゃん8

2013年07月23日 | 千可ちゃん
 ここは霊安室。中央に戸村が寝かされてます。もちろんこれは死体です。今この死体を見下ろしている男がいます。宙に浮いてる戸村です。こっちは幽霊です。
「オ、オレ、死んじまったのかよ…」
 と、ドアが開き、3人が入ってきました。まず入ってきたのは、さっき千可ちゃんの病室にいた2人の刑事さんです。
「奥さん、こちのです」
 この声を発した若い刑事さんに初老の刑事さんが耳元で、
「おい、シングルマザーだぞ」
「あは、そうでしたね」
 続けて女性が入ってきました。この人は戸村の母親です。戸村の母親は戸村の死体の前で佇みました。
「なんでこんなことに?」
「お子さんが自転車に乗ってたアベックを襲ったんですよ」
 戸村の母親はかなり厳しい目で初老の刑事さんの顔を見ました。
「だから、なんでうちの息子は死んだのよ!」
「さあ、皆目見当がつかないところでして…。明日司法解剖するので、それまで待ってほしいんですが…」
 戸村の母親は目を逸らしました。
「くっ!。
 なんか、ちっちゃい娘がいたそうね。そいつが殺したんでしょ!。たくさん賠償金を獲ってやる!」
 それに若い刑事さんがプツンときました。
「奥さん、それはいくらなんでも言い過ぎですよ!!」
 それを抑える初老の刑事さんが小声で、
「おい、やめろ!」
 その一部始終を戸村の幽霊が見てます。
「なんだよ。またこれかよ…。こいつのせいで、オレの人生はむちゃくちゃになっちまったんだ…」
 戸村は次の瞬間、母親の背後に何か得体の知れない影を見つけました。それは少女の霊です。白目の部分が異様に光っており、黒目がまったく見えてません。しかし、戸村にはっきりと記憶されてる少女です。そう、これは千可ちゃんの生き霊です。
「あ、あのときの女?」
 と、いきなり戸村の母親が胸を押さえ、へたり込みました。
「うぅ、心臓が…」
 2人の刑事さんは慌てました。
「お、おい?」
「どうなってるんだ?、親子ともども心臓麻痺か?」
 戸村は千可ちゃんの霊に殴りかかりました。
「くそーっ!、オレのお袋になんてことしやがるんだーっ!!」
 が、突然千可ちゃんの身体から白い光が放たれ、戸村は弾き飛ばされてしまいました。
「うぐぁーっ!!。
 くそーっ!!」
 戸村が立ち上がろうとすると、彼の母親は床に大の字になっており、千可ちゃんが馬乗りになってその首を絞めてます。と、千可ちゃんはあらぬセリフを口にしました。
「死ね!、死ね!、死ねーっ!!」
 母親はまたもや悲鳴を上げました。
「うぎゃ~!!」
 慌てふためく2人の刑事さん。
「おい、救急車だ!、早くしろ!」
 戸村は再び千可ちゃんに殴りかかろうとします。
「このやろーっ!!」
 と、ここで千可ちゃんは突如消えました。
「き、消えた?…」
 もうこの部屋には千可ちゃんの生き霊はいないようです。
「くそーっ、恨むのはオレだけで十分だろ!。なんでお袋まで恨むんだよ!」
 戸村は成仏するまでは、自分の母親を守ることを決意しました。

 ベッドの上で眠っていた千可ちゃんは、ふと目の前に何かの気配を感じ、目を覚ましました。それはお母さんの掌でした。ここは千可ちゃんの病室です。
「お母さん…」
「ごめん、こんな時間になっちゃって…」
「お母さん、私、人を呪い殺しちゃった…」
 と、またもや千可ちゃんの目から涙が溢れ出てきました。
「泣かないで。たぶん私も殺してた。あれは正当防衛よ」
「で、でも…」
「それよりも、千可、あなた、今、生き霊を飛ばしてたわよ」
「ええ?」
「やっぱり自分じゃコントロールできない生き霊だったか…。止めておいて正解だったようね」
 どうやら千可ちゃんのお母さんは、千可ちゃんの生き霊を止めてたようです。
「ど、どこに行ってたか、わかる?」
「さあ、そこまでは…」
 でも、千可ちゃんはどこに行ってたのか、だいたいわかってるようです。
「あなたが生き霊を飛ばすのは2回目だけど、この調子だと1回目も覚えてないようね」
「えっ!?」
「城島さんが拉致られたとき、拉致した男は交通事故で死んだけど、あれ、あなたがやったのよ」
 千可ちゃんの身体に衝撃が走りました。私はすでに1人殺してる。その事実を聞いて千可ちゃんはパニックになりそうです。

 これはあの日の夜のことです。千可ちゃんのお母さんは千可ちゃの異変に気づいて、千可ちゃんの霊的エネルギーを頼りにクルマを走らせてました。と、ついに千可ちゃんがいるマンションを発見しました。お母さんはそのマンションとは反対側の車道の脇にクルマを駐めました。ちょうどマンションのエントランスから男が駆け出てきたところです。男は両ひざの上に手を置き、激しくなった息を整えてます。
「はぁはぁはぁ…。くそーっ、どうしてあんなところに幽霊がいるんだよ!」
「くくく…」
 その笑い声で男はびっくりしました。なんとエントランスの自動ドアの前に半透明の千可ちゃんがいるのです。その両目は異様に光ってます。そう、これは千可ちゃんの生き霊です。男は後ずさりしました。
「くそーっ!!」
 が、すぐにガードレールに行く手を阻まれました。
「くっ!」
 男はガードレールを乗り越えようとしましたが、クラクション。見ると右側から1台のトラックが迫ってきてます。次の瞬間、千可ちゃんの生き霊が男の肩を押しました。
「うわーっ!!」
 この光景をずーっと見てた千可ちゃんのお母さんは、かなりの衝撃を受けました。悪党とはいえ、娘がたった今1人の命を奪ったのです。
 人が集まってきました。お母さんはここにいたらまずいと思い、クルマを発進させました。

 再び病室です。自信をなくしてしまった千可ちゃんがぽつりと言いました。
「あのときお母さんは私の顔を見ると、いきなり私を引っぱたいた。私、なんで引っぱたかれたかわからなかったけど、こんなことがあったんだ…。
 お母さん、私どうしたらいいの?」
「わかんない。私、生き霊を暴走させたことないから。でも、このままだとあなたはずーっと無意識のうちに人を殺し続けることになる。なんとかしないと…」
 千可ちゃんはいろいろと考えました。ちなみに、千可ちゃんは今鎮痛剤を飲んでるので眠気がありましたが、身体に気合を入れ、生き霊が飛び出すのを徹夜で我慢することにしました。

 翌朝担当の医師の先生が来て、千可ちゃんの右頬のガーゼを貼り替えました。
「よーし、午後には退院できそうだな」
「先生、外に出ていいですか?」
「ああ、病院の中だけならいいよ」
「ありがとうございます」
 千可ちゃんはさっそく廊下を歩き始めました。で、森口と書かれた表札の前で立ち止まりました。
「ここだ」
 千可ちゃんはさっそくそのドアを開けました。
「森口くん」
 森口くんはベッドのリクライニング機能を使って読書してました。
「あ、羽月さん」
「いいかな?」
「も、もちろん」
 千可ちゃんはベッドの脇にあった椅子に座りました。
「私、今日退院できるみたい。森口くんは?」
「それが…、あばら骨が3本折れてて、ちょっとムリみたい。ったく、ひどいことするよ」
「そっか…。
 ねぇ、森口くんは戸村が憎い?」
「も、もちろんだよ!」
「殺したいほど憎いの?」
「え?、でも、あいつ、死んだんでしょ?」
「あは、もし生きてたならの話よ」
「そっか…。
 殺すまではなあ…。でも、ぼくに謝んなきゃ、絶対許さないよ!」
 千可ちゃんは明るい顔を森口くんに見せました。
「あは、そっか」
 千可ちゃんは立ち上がりました。
「森口くん、またカラオケ行こっね」
「うん」
 再び千可ちゃんの病室です。ドアが開き、千可ちゃんが現れました。
「ホテルみたいにDon't disturbて札があるといいんだけど…」
 千可ちゃんはピシッとドアを閉めました。そして、ベッドに横たわりました。
「だれも起こさないでね」
 千可ちゃんは深い眠りにつきました。