K.H 24

好きな事を綴ります

小説 イクサヌキズアト-11

2022-05-08 07:59:00 | 小説
第参話 イクサノヒビ

参.兢
 
 スポーツ庁長官の室伏広治氏は、全柔連が小学生の全国大会を中止することを受けて〝(年齢が)早い段階から全国大会をやる意義はあるのかと個人的には思う。より健全で、生涯スポーツとして楽しめる取り組みが大切〟と支持する考えを示した。
 
「なるほどね、あの人は現役の頃、新生児の運動発達過程から応用したトレーニングを確立させた、なんて話もあるから、子供の発達に悪影響な要素を省くって感じで考えてんのかなぁ」
「そうなんだろうな、俺らがさぁ、子供の頃は根性論が優先されてたもんな、科学的なフィジカルケアやらメンタルケアなんて皆無な時代だったからな」
 
 アラフィフの男二人が、家呑みをしているなかで、テレビのニュース番組で流れた話題に喰いついた。
 
「でもよぉ、ゆとり教育が出てきた時があるだろ、円周率が三.一四じゃなくなって、運動会のかけっこの順位もつけないとかさ、ケイゾウのお子ちゃんたちの頃だろ」
「うちの子の話はしたくないな、もう俺は独り身だから、その頃のことは思い出したくないんだ、悪いな、タケナリ」
「いやいや、こっちこそ、いちばんキツい頃だったもんな」
 
 この二人の男は、大学が同じで、そこで友人となり、更には、二人ともバツイチである。だから、月に一、二度、どちらかの家で呑みの場を設けるようになった。
 
「いやいや、いいんだけど、それにしても、ゆとり教育ってなんだったんだろうな、今回の室伏さんは子供の身体と心の成長を考えてっていうなら、分かるんだけどな」
「ああ、まぁ、うちらの時は詰め込み教育でさ、学歴至上主義だの点数至上主義とかで、それからの弊害があるってことじゃないかな」
「ん、俺らの世代は人も多かったからな、線引きが必要だったろうから、それが変な方向にいったってか」
 
 二人はこれまでに、このような内容の話をしてこなかったわけではないが、そのテレビの報道がきっかけで、教育制度についての会話が立ち上がった。
 回想しながら、前にもこの内容に近い話をしたなと思っても、酒のアテには丁度良いとも思いながら話を続けた。
 
「ああ、タケナリ思い出したよ、これはまだ、話してないと思うぜ」
 
 ケイゾウは嬉しそうにタケナリに左手の人差し指を腹側を床に向けて『ああ』という歓喜に合わせ揺らして、向けた。
 すると、タケナリは新しい話題なのか半信半疑ながら強い期待をせずに半笑いになった。
 
「俺よう」
 
 ケイゾウは首を傾げたり、目線を右斜め上に向ける等、マイペースで言葉を発し始めた。
 
「中学の時は荒れてたんだけど、体育祭と文化祭は隔年でやってたのよ、で、体育祭は俺の学年は中二の時にしかなかったわけ、けど、俺は体育祭出れなかったんだけど」
「なんだよ、厨二病《ちゅうにびょう》か」
 
 タケナリは期待薄な話題が飛び込んできて、待ってましたとばかり、ツッコミを入れた。
 
「違うよ、いや、そうだったかもな(笑)、で、体育祭出たくなくなったから、わざと結膜炎になったわけよ」
「やっぱ、厨二病じゃねぇの」
 
 二人は互いに笑った。
 
「ははは、だからな、体育祭の練習には出たんだよ、練習の時はやる気満々だったわけ、でも、棒倒しの練習でさぁ、二回目だったかな、相手の組がよ、五、六人束になってボコボコにしてきたんだ、卑怯だろ」
「げぇー、やられちまったのか、おめぇ一人を止めたってどうしようもないだろう、えっ、嫌われ者だったのか(笑)」
 
 タケナリは初めて聞く話だと確信し興奮が高まった。
 
「そうだったのかもしれんけど、棒に登る登らないで抑えられるんなら分かるけど、確か棒の二、三メートル先ですんるだせ、卑怯だろ」
「知らんは、その場見てねぇんだから、でも、お前、相当ヤンチャしてたんだな、お前の存在がデカかったんじゃないか」
 
 タケナリは差し支えないように対応した。
 
「で、その後はどうなったのよ」
 
 ケイゾウがグラスに入った焼酎のロックを飲み干している途中にタケナリは煽った。
 
「ええ、そりゃ練習が終わったら一人一人ボコボコにしてやったよ」
「ははは、ははは、執念深いなぁ、やっぱ厨二病だよ」
 
 二人は爆笑の渦を巻き起こし、一旦、会話は中断した。
 
「いやぁ、久し振りに笑ったわ、酒が旨いわ」
「おう、ウケたか、ボコボコからのボコボコ返し、でも、恥ずかしくなってきたや、本当にガキだよな」
「良いんだよガキだから、その程度のことは、お前にとって、それで体育祭を棄権したというか、辞退したというか、それで正直な気持ちを表したって思えたわけだから、ガキなんだから良いんだよ」
「でもよう」
 
 ケイゾウがその懐かし話で渦巻いた空気を、鎮めるような声色に気がついたタケナリは、その言葉を耳にして、不意に目を合わせた。
 
「俺らの中学の頃は校則が 五月蝿《うるさ》かったじゃないか」
 
 ケイゾウはそう続けた。
 
「いや、そうでもないぞ、俺らはそんな校則は簡単に破って、怒られて、また破って、イタチごっこでさ、それが良かったと思う、先生たちとのコミュニケーションの一つになっていたと思うぜ、今頃はよ、親とか周りの大人も一緒になって訴えていって、変態チックな校則とかは直ぐに晒されるから、子供たちを守ることはできても、主体性がなくなってないか」
「なるほどね、複雑だよな今の子の環境は、大人たちの考えに流されちまいそうだな、あっ、だからネチネチした虐めがあるのか、大人に気づかれないような」
 
 ケイゾウは自分自身の思春期と現代の思春期の子らの心情を比較する展開に代えていった。
 
「どうなんだろう、形が変わっただけじゃないか、俺たちの頃の虐めは裏でどうにかするってのはなかったと思うけど、そうでもないか、たまにはあったか、でも殆ど、学校は隠蔽してたよな、警察沙汰にしないようにしてたよな」
「そ、そうだったな、今と比べるとあれは酷かったな、そいえば、タケナリ聞いてくれ、俺の地元の奴なんか、小六の時に三個上の中二年生一五人位にボコられて救急搬送されたけど、学校は警察沙汰にしなかった、あれは驚いたよ、背中をさ、そこが厚めのハイカットのスニーカーで血が出るまで殴られてよう、痛々しかったなぁ」
「傷害事件じゃねぇか」
 
 二人の思春期談義は疲労感を覚えるまで終わらなかった。
 
「ひぃー、尽きないな」
 
 いつの間にか二人のグラスの中の氷は融点を超え、グラスの底には池ができていた。
 
「でもよう、ケイゾウ、この国の教育体制って、軍国主義的思考が拭えきれないでいるんじゃねぇかな」
「進歩ねぇな」
 
 続

小説 イクサヌキズアト-10

2022-05-05 23:57:00 | 小説
第参話 イクサノヒビ

弍.合否
 
「うん、受験勉強しないといけないから」
 
 悲しげに、且つ、ばつが悪そうな空気をヒロシは漂わせた。
 
「そうなんだ、残念だ、また一緒に全国大会目指したかったのにな、しゃうがないや、ヒロシ勉強頑張れよ」
 
 小学校五年生の終業式の三日前に、同じ野球チームだったヒロシとマコトはどちらかが、転校してしまうような雰囲気になった。
 
「どうしたのよ、あんたたち、暗い顔して」
 
 二人を見かねて、ヒロシとクラスになったことがあるアンジュが光を照らしてきた。
 
「ヒロシが野球辞めないといけなくなったからさ」
 
 マコトは普段アンジュと会話することは少ないが真っ先に口を開いた。
 
「あっ、そうなんだ、それは残念ね、でも、ヒロシ中学受験するんでしょ、それなら勉強だけに絞らないとね、私も受験するのよ」
「ああ、知ってるよ、俺、アンジュと同じ塾通うんだ、春講座からだけどね」
「じゃあ、頑張ろうよ、野球ができなくなるのは一年間だけでしょ、中学でも高校でも野球できるじゃん、そうそう、大学でも」
 
 アンジュはヒロシに前を向くように促した。
 
「そうだな、ヒロシ、これからの人生、長ぇんだ、人生、前向いていかなきゃ」
 
 アンジュは知らなかったが、ヒロシは父親に無理矢理、野球を辞めさせられて、将来は医師になるようにいわれて、已む無く重い腰を上げて受験に臨むことになっていた。
 だから、まだ心の中に納得できない闇を抱えて、それを知っているマコトと暗くなっていたのだ。
 
「あんたたち二人で野球するってことは当分できないと思うけど、ずっと続けていたら、いつかはできるようになるわよ」
 
 マコトはアンジュの言葉に感銘を受けたが、ヒロシはそれでも、モヤモヤを消し去ることはできないでいた。
 
 誰もが時の流れを操れるわけがなく、終業式は終わった。
 ヒロシとアンジュは翌日から塾通いが始まり、マコトは野球の練習に没頭し、ヒロシが傍にいない寂しさをかき消していた。
 
 四月を迎え、ヒロシたちは六年生になった。マコトとアンジュが同じクラスになったが、ヒロシだけ別だった。
 そんな環境の変化で、益々、マコトは野球に時間を費やした。授業中、右手が空くとソフトテニスのボールを握り、休み時間はずっと握ってた。
 
「マコト、熱心ね、ボール割っちゃわない」
 
 ある日の昼休み、アンジュに声をかけられた。
 
「ああ、ピッチャーだからな」
「エース、頑張りなよ」
 
 マコトとアンジュは仲が悪いわけではないが、ヒロシとの件があった以来、会話が長続きしないようになった。アンジュは塾が一緒になったことで、ヒロシの近況を知り、あの時暗くなっていた二人の理由を想像して、かけた言葉を少しだけ後悔していたのだ。
 マコトはアンジュが若干、遠慮がちに話しかけてくることで、ヒロシから聞いたのだろうと思い、アンジュに対しての自分へぎこちなさを感じていて、極力、簡潔に話を済まそうとしていた。
 
「マコト、あんた親とか、誰かのいいなりになるのって嫌いなんでしょ」
「ああ、大嫌いだ、何だよ急に」
「放課後、運動場見てて、マコトたちの練習を見てて、準備運動終わったら、ほぼ一人で練習してる感じだったからさ、それと弟がね、マコトさんは自分に厳しいっていってたの」
「えっ、アンジュの弟、野球してないのに、うん、ピッチャーは試合中孤独だからな」
 
 アンジュはマコトに、最近、塾でヒロシが辛そうにしていることを伝えたかったが、上手く話しを広げることができなかった。
 
「アンジュだって、私立いきたいって自分で決めたんだろ、いつも急いで帰るじゃん、塾に間に合うようにしてるんだろ、嫌な顔、してない気がすんぜ」
「うん、私はお医者さんになりたいから」
「おっ、頑張れよ」
 
 アンジュはヒロシのことを伝えることを止めた。マコトはヒロシとの今ではなく、未来を見据えていると感じたからだ。
 
 時は過ぎ、三人がハタチを迎えた年だった。
 アンジュは一流国立大学の医学科にストレートで入学。
 マコトは地方の一流といわれるまでには、もう少し実績が欲しい私立大学の野球での特待生で入学していた。
 地元の成人式には二人とも参加できなかった。というか、参加する気になれず参加しなかったというのが正しい。
 
 アンジュは列の前にいるマコトの後ろ姿をみつけた。でも、声をかけるなんてできない雰囲気と場だった。
 アンジュよりも先にマコトは、涙を堪えて尚香した。祭壇から離れていく時にアンジュと目があった。しかし、弔問客の中に小学校の頃の野球チームのメンバーは一人、二人くらいしか目に入らなかった。それがとても悲しく感じていた。深く考えずにアンジュを待った。
 
「お前しかいなかったんじゃない、チームの奴らいなかったよな」
「うん、いなかったと思う」
 
 アンジュとマコトはヒロシの葬儀を執り行っている寺の出口の傍で、久し振りに会う喜びとヒロシが他界してしまった悲しみとの相反する気持ちを整理しきれないで、特に、マコトはチームのメンバーが殆どいなかったことへのやりきれない悲しみも相まって涙を鼻からも流してハンカチで拭っていた。
 そんな姿をアンジュは受け入れていて、表情を変えず目線を逸すこともしなかった。ただ、一本のハイライトには火をつけた。
 
「悲しいね」
 
 しっかり吸い込んだ煙を反対側の空へ噴き出した。
 
 その煙の薫りに気がついたマコトは幾らか冷静さを取り戻した。
 
「色々と思うことがあってさ、アンジュ、煙草吸うんだな」
「医者目指してるのにね、免許取ったら止めよかな、あっ、待ってくれてたんでしょ、お茶しない?、それとも一旦帰ってから出かけようか?」
 
 二人はそれぞれの実家へ戻った。
 
「小学校振りだけど、なんか変わらないね」
「ああ、見た目はお互い変わったと思うけど、あの頃の匂いは残ってる感じだ、いや、俺はね何か懐かしいことを思い出すと、何か匂いが目の奥で漂ってくるんだ」
「面白いね、もしかしたら、嗅球と視交叉、海馬は比較的近い位置にあるからね、あっ、ごめん、脳の解剖学。」
 
 お互いの実家から歩いていける距離のワインバーで二人は呑むことになり、これが会話の始まりだった。
 
「ヒロシは最後、どんな気持ちだったのかな」
 
 一杯のワインを呑み干した頃に、この日の本題に入った。
 
「泥酔で階段から落ちていったんでしょ、痛い感覚はなかったかもよ、酔った気持ち悪さが優ってて」
 
 アンジュの二本目のハイライトは半分くらいまで短くなっていた。
 
「頑張ってたんだろうな、受験勉強、羽目を外してしまったのか、あいつの人生、あいつの人生だもんな」
「うん、私の中でヒロシの人生は戦って、戦って、戦いぬいた人生だったと思うわ」
「えっ、戦ってた、アンジュはそう思うんだ、俺は耐え抜いていたと思ってたよ、そうか、耐えるってのはヒロシにとっての手段か、そうか戦う手段だ」
「うん、そうとしか考えられない、まだ二浪目なんだもん、そろそろ合格できてもおかしくないと思う、運が悪かったのよ、薄っぺらい人生じゃ決してなかったはず」
 
 二人のワインのボトルは底が見え始めてて、アンジュは五本目のハイライトに火をつけていた。
 
「受験戦争と親父さんのプレッシャーとに戦ってたんだな、あいつは負けを認めずに、勝つまで戦うつもりだったんだろうな」
「でも、犠牲になっちゃった、もし違ってたら謝るけど、マコトは野球で乗り越えたけど、私やヒロシは勉強で挑戦してた、しんどいのよ、自分との戦いだから孤独との戦い」
「確かに、好きなことに夢中になって、ゲロ吐くほど練習したけど、良い球投げれるようになったし、それを打たれてもまた課題ができて、それに挑んで、勝ち負けはあまり拘らなかったな、アンジュたちの気持ち、分からないかもな」
「やっぱり素直ね、マコトは、だから乗り越えられたのね、大人たちはさ、勝手に受験戦争って言葉を作った、戦争を経験している人もいたからね、とても迷惑よ、ただただ己との戦いで、ろくに勉強を教えないで、学ぶ喜びを教えないで、受験で儲けてやろうって大人もいて、だから、ヒロシは自分と向き合って戦ってたはずなのに、気を抜いてしまった時間があったんだろうね」
 
 結局二人は、ワインを二本呑み干し、ヒロシの思い出話を続けて店を出た。
 ヒロシは自分自身や親父さんの存在に負けたのではなく、受験戦争に潰されたと結果づけた。
「ねぇ、マコト、朝まで一緒にいてよ」
 
 アンジュは街灯の光の影でマコトに急に抱きつき、耳元でそう言った。
 
 続

小説 イクサヌキズアト-9

2022-04-26 21:38:00 | 小説
第参話 イクサノヒビ

  壱.最小単位
 
「なんで連絡してから来ないのっ、突然来ないでよっ」

 義母は黙り込んでしまった。
 
「折角、来てくれたんだから、そんないい方しなくていいだろうが」
「突然来られるのは私嫌なの、家族だからこうやっていえるんでしょ、あんたは黙ってて」
 
 理不尽だ、何故、自分の母親にそんないい方をするのだ。恐ろしくて堪らない。
 
 別の日。
 
「家計簿ソフト買ってよ」
「えぇ、こないだフリーソフト、ダウンロードしたじゃないか」
「あれは、使いにくいのっ、使いやすいの買って来てよ」
「あのさぁ、お前の使いやすいってどんな機能なんだよ、どんな入力の仕方なんだ、具体的にいってくれないと、これまでに三つもダウンロードしたじゃないか」
「分からないわよ、簡単にできるものよ」
 
 この夫婦は時折、こんな些細なことで喧嘩が始まる。
 
「パソコンは仕事で必要に迫られて、色々調べてなんとか使ってるんだよ、お前も自分で時間作ってそうやんなきゃ」
 
 夫は妻に何か教えることを煩わしく思えてならなかった。
 
 別の日。
 
「デジカメかったから」
「なんで、三台目だろ、今までのやつは使えなくなったのか」
「充電式がいいなって思って」
「俺が買ったからか、俺は研究で必要だからかったんだよ、なんで今までのもの、使えるのに買うかなぁ」
「だって、充電式が便利だもん」
 
 夫は呆れていた。
 
「毎月の支払いが大変なの、銀行から借入して支払いをまとめようよ」
「分かったよ」
 
 妻は、必要だからといい、三社程のクレジットカードを容赦なく使い込んでいた。
 一方の夫も交際費はカード決済やキャッシングするしかなく、財布の中には常にタバコ代くらいの現金しか入っていない。
 生活費を銀行から借入するなんて、人生、負けたように思っていた。
 しかしながら、夫は踏ん張った。仕事への打ち込みを強化して、どんどん出世した。
 夫は出世したといえど、中間管理職である。これ以上の役職にはつけないのが分かっていた。
 
「俺は、これ以上稼げないぞ、二人の子も小学生なんだからお前も働けよ」
「そんなこといわないでよ」
 
 妻は現実を捉えきれてなかった。家計簿ソフトさえ使っていなかった。夫は給料や賞与が増えていくことに何の喜びを感じられなくなっていた。
 それに加え、この夫婦はセックスレスになっていた。夫は毎晩の飲酒でストレス発散をしていて、ビールでは金が嵩むと思い、安い四リットルの焼酎を買い、それをチビリチビリ飲むようになった。
 しかしながら、そんな飲酒ではストレス発散になるわけがなかった。
 
 そもそも、ストレスにはストレッサーなるストレスの元になる日々の事象が存在している。勿論、統計学的な計算で、数値化され一般的に例を上げることはできるのだか、実際は個々人によって千差万別で、参考程度のものと考える。
 したがって、ストレスを抱える者はその原因をみつけられないでいたり、誤認してしまうことは少なくない。
 そこで、ストレスを感じた時、直ぐにストレッサーはなんだったのか、ストレッサーから己を回避する手段がないか、思慮する必要がある。
 残念なことに、この夫はストレッサーの存在さえ認識しておらず飲酒しか発散する糸口としてしか考えられないようだ。
 
「今日は仕事休むよ、寝れないんだ」
「何いってんの、仕事はいきなさいよ」
 
 ある日の朝、ストレスに耐えられなくなった夫は目が虚ろで呂律も回らず、四リットルあった焼酎のペットボトルが空になっていて、そういう妻へ呆れたような目線を送った。
 
「あんた、眠らずにこんなに飲んだの、今日は休みなさい、職場には電話しなさいよ、私、仕事いってくるから」
 
 妻は夫の目線に驚き、そんな言葉を吐き捨てて、逃げるように午前中で終わるパートへ出かけた。
 
 それ以来、夫は外へ出られなくなった。
 
「お前、俺を殺す気か」
 
 夫が妻から仕事に行くように急き立てられると、そう叫んでいた。
 そういわれる妻は徐々に夫が手をつけられない存在になっていった。
 
 その夫は勿論、自分自身の両親からも半ば匙を投げられたが、孫のためだけの支援は心置きなくしてくれた。
 
 この夫は身近な人間に怖さを感じるようになった。
 人生を振り返ってみると、両親の仲違いな姿を目にし、一時期母親側に位置していると父親を悪い人間と捉えていたこと等、普通の家庭と思っていたことが崩れていった。
 そして、二人の子供の将来を考え、夫婦の関係が理解できる時期を見極めて離婚することを決意した。
 
 その後、夫は妻を遮断し、子供たちへだけには姉弟は協力し合うこと。人を比較する時は先ず、比較できるものかをよく考えること。日頃から周囲の人と話し合いをすること。その人たちの話をちゃんと聞くこと。言葉を大事にすること。言葉の使い方で誤解を招いて、上手くいくことも駄目になってしまうことさえある。等、ことある毎に話していった。
 
「父さん、家族が上手くやっていけないと、外でも上手くやっていけないってことだね」
「そうだな、上手くいけないというか、家族が上手くいってると外でも上手くいきやすいってことかな、家族は社会の最小単位だからな」
 
 夫の体調が改善し、外で働くことができるようになっても夫は妻とは距離を取り続けた。
 
 夫婦が離婚をする時、夫は子供たちに頭を下げて、家を出ていった。
 
 人はいつでも争いながら生きている。戦争の最小単位は家族のいざこざかもしれない。
 
 続


小説 イクサヌキズアト-8

2022-04-21 16:50:00 | 小説
第弍話 残り香

 肆.ガマフヤー
 
 亜熱帯気候に包まれた南に位置するこの島は、すぐ傍が海で風通しがいいものの湿度が高く、砂浜にパラソルをさして影を作り水着姿で過ごす時以外は、日向に出ると、そのムッと込み上げる湿度と光に皮膚を刺される痛みに攻められるのである。
 そこで、この島の人々は、突き刺さる太陽光が痛みを伴う光なのか否かで、季節を判別する。痛くなったら夏、そうでなければ大体冬と捉え、春と秋の存在をなくてもいいものと、考えている。
 
「二人とも、宜しくね、俺は視野が狭いから教授が連れてってくれないからさ」
「ああ、分かってる、でもさぁ、本物の洞窟なんだよな、ワクワクしてくるよ、なぁ、昌幸」
 
 照芳は医学科を卒業すると、医師免許を取得したものの、臨床はアルバイト程度で、解剖学教室の助教となった。
 
「まぁな、でも餓鬼の頃、思い出すな」
 
 昌幸の言葉は空気を澱ませてしまった。
 
「なんだ、なんだ、俺はあの時、防空壕に行ってなかったらここにはいないと思うよ、自分で決めて下見しようってなって、手榴弾を味わったんだから、良い経験だよ」
 
 照芳はその澱みを自ら洗い流した。
 
「そっか、凄えや、雄二は不発弾喰らったもんな、俺の友達はミラクルばっかだな」
 
 昌幸のお調子者は変わらない。
 
「おはようございます、諸見里さんが紹介してくれたお二人ですか、山田です、今日は宜しくお願いします」
「先生おはようございます、はい、兼城《かねしろ》君と上江州《うけず》君です」
 
 三人が解剖学教室の出入り口で喋っていると、山田洋介《やまだようすけ》教授がやってきた。
 丸刈りで眼鏡をかけてて、大柄な身体で、一見、厳ついが優しい顔つきである。
 
「あっ、おはようございます、兼城雄二です」
「おはようございます、上江州昌幸です」
 
 二人とも一瞬、腰が引けたが、その顔を目にするとホッとした。
 
「どうぞどうぞ、お入り下さい、私は出かける準備してますので、仲程さん、今日手伝って下さる、兼城さんと上江州さん、コーヒーでもお出ししてもらえますか」
「おはようございます、今日は宜しくお願い致します、どうぞ、こちらにお掛け下さい」
 
 山田教授は左奥の教授室へ向かい、事務官の仲程景子《なかほどけいこ》が、新品なソファーに案内してくれて、雄二と昌幸は更に、緊張感が解れた。
 
「思ってたより地味なんだな、ここって、職員室、俺は大学いってないからさ、雄二んとこもこんな感じなの」
「こんな感じだよ、学校だもんな」
「そだったな、昌幸は高校卒業したら親父さんの木材屋さんを継ぐのを決めたんだよな」
 
 二人はだいぶこの場に馴染み、再び三人で、世間話をできるようになった。
 もう、空気は澱むことはなかった。コーヒーの薫りも後押ししてくれて。
 
「さぁ、出掛けましょうか」
 
 三人の雑談が一〇分近く続いていると、照芳にいわれたようにツナギを穿いてきた雄二と昌幸と同じ格好、ツナギ姿で山田教授はそういった。表情が先程とは違い、キリッとしていて、仕事モードだった。
 
「はい」
 
 雄二たち三人は山田教授のその表情で、特に、雄二と昌幸は再び、緊張感を高めソファーから立ち上がった。
 
 学術的に有効性が高いと考えられる発掘現場には、縄文時代の化石が出土しそうだということで、解剖学教室に依頼があった。この島で考古学的活動が可能な機関は照芳が所属する大学の解剖学教室しかなく、二〇年振りの依頼であった。
 
「山田先生、宜しくお願いします、お気をつけて」
 
 女性で准教授の石井《いしい》ひとみは発掘調査へ向かう、照芳が運転する山田教授と雄二、昌幸を乗せたバンを見送った。
 
「石井先生も行きたいと思ってるんでしょうけど、股関節を痛めてしまってて、彼女の分まで頑張りたいですよ」
「先生、すみません、僕も片目が見えなくて」
「いえいえ、仕方ありませんよ、懐中電灯の光しかないですから、そんな中では視野が狭いのはリスクを倍以上負うことになります、私一人で作業しようかと思ってましたが、諸見里さんがお二人を紹介してくれたから助かりますよ」
 
 現場へ向かうバンの中での照芳と山田教授の会話が始まった。
 
「山田先生、私たち二人は足手纏いになりませんか、発掘活動なんて初めてですけど」
「何言ってんだ、やりながら覚えりゃいいだよ、そうですよね山田先生」
 
 雄二らも二人の会話に加わった。
 
「いいですね、お二人は、諸見里さんの幼馴染だけありますね」
「はい、二人は勘がいいと思いますよ、ずっとこんな僕の味方でしたから」
 
 山田教授は笑いながらそういい、照芳は二人への信頼を強調した。当の二人はポカンと口が半開きになり、頭の中で思い浮かぶその会話に適した返す言葉をみつけられないでいた。
 
「いやですね、諸見里さんは、幼少期に稀に見る経験を積んだんですよ、そして、お二人に支えがとても幸せだったようで、本来なら医師として臨床で充分な実力を発揮できるのですが、私の教室に入りたいというので、お二人の話題がでて私も一度はお会いしたいと考えたのです」
 
 そうこうしているうちに現場へ到着した。ここは、この島で暮らす人なら、いや、この地域出身者ならば誰もが知っているといっても過言ではない、鍾乳洞である天千洞《てんせんどう》と同じ地盤の洞窟だった。
 その天千洞と出入り口が反対側になっていて、三年前に発見された洞窟なのだ。ここは、天千洞の広さの三分の一程度しかなく、多勢の人が収容できない広さと予想されていて、その違いが、縄文時代には住居として利用されていたと仮説立てられているのだ。
 
「じゃあ、諸見里さん何かあったら連絡しますから、運転お疲れ様でした、ではお二人さん、参りましょうか」
 
 その洞窟は、発見されて一年目は発掘調査の予算がつき、鍾乳石が確認できる場を見つけることができたが、二年目は世界大戦で命を落とされた方々の遺骨収集にあてられて、学術的発掘調査は一年間休止を余儀なくされたのだった。
 しかしながら、山田教授はそれに不満はなく、あえて遺骨収集を先にするよう要望したくらいだった。
 
「遺骨収集後の地図は頂いてますが、実際にはどうかを目視しないといけなくて、発見当初は諸見里さんと私とで調査を始めましたが、危険性を懸念する軽い事故がありまして、諸見里さんが危うく大怪我しそうになったんですよ、ですから今日は、お二人に安全性を確認して頂きたいのです」
 
 そういいながら洞窟入り口付近まで足を運んだ。
 
「そうなんすか、やたら日当が高いのはそんなことがあるんですね」
「ええ、でも遺骨収集の時の洞窟の採掘状況が良いとは聞かされているので、大丈夫だろうと思うのですが、念には念を入れないとですね」
「はい、光栄です僕らがそんな重要な仕事に携われるのは有り難い限りです、事故がないように、先生の指示に従います」
 
 洞窟の入り口は山田教授が漸く通れる程の穴が一〇メートル伸びていて、匍匐前進で進まなければならず、だから、ツナギ姿が必須で、その道中で分かれ道があったり、または、分かれ道が崩れ易い状態であれば補習しながら進まないといけないわけである。
 
 その一〇メートルの細い入り口を通過するのに一時間近くかけた。そこを通過し山田教授が持参していた小型のサーチライト照らすと、美しい鍾乳洞となっていた。所々に小さな水溜りがあり、その直上には、先細りしている鍾乳石がツノを尖らせ、水滴を一〇秒に一回のサイクルで地面に垂らしているのであった。その水滴の着地点は小さなクレーターのように、波紋が広がったように、石灰岩を浸食していた。そして、その水滴たちは、着地点に留まることはなく、入り口から下方に濾過されるよう奥に池を作っていた。しかし、その池は、現状の水位を保つことから、更に、そこから、地面へ染み込み、川、もしくは、海へ流れているのだった。
 
「じゃあ、この入り口を広げることからはじめますか、一旦、外に戻りますよ」
 
 山田教授を先頭に一〇メートルのトンネルを戻っていった。
 
「あいあい、山田教授、お疲れ様です、天千洞窟よりは小さいけど立派な鍾乳洞になってますでしょう、あそこからは三人の遺骨がで出てきましたよ」
 
 外に出る戻ると、ガマフヤーの勢理客守《じっちゃくまもる》が待っていた。
 
「どうも、お久し振りです、お元気そうで、北側にガマがみつかったんですよね」
「えぇ、そこでは一〇数体分の遺骨が出できました、恐らく集団自決ですね、悲惨ですよ想像すると、慣れませんよ、みつける度に涙、涙ですよ」
「いやぁ、ご最もです、勢理客さん、その壕に案内してもらえますか、先ずは線香をあげさせてください」
 
 山田教授と勢理客はとても仲がいいように映り、その会話に雄二と昌幸は隙入ることができなかった。教授にいわれるがまま、二人も線香をあげに向かった。
 
 三人が線香に火をつけ、手を合わせ静かな風が流れると、勢理客は涙を流した。
 
「いつもありがとうございます、山田先生、ここで無念に旅立った人たちは心穏やかになれますよ」
「いやいや、とんでもない、勢理客さんの活動が素晴らしいんですよ」
 
 雄二と昌幸にとって、衝撃的な出来事だった。幼い頃から身近に感じていた〝戦後〟が薄っぺらいものに感じた。まだまだ、戦争は終わってないと再確認させられた。
 
「お疲れ様です、兼城さん、上江州さん、今日はありがとうございました、お陰で入り易くなりましたよ、この状態なら諸見里さんと石井先生も安全に中に入れますよ」
 
 鍾乳洞への入り口である一〇メートルの細いトンネルは、山田教授が中腰で通れるまでになった。
 
「先生、先程の勢理客さん、なんですけど、常に遺骨収集をなさってるんですかね」
「そうですね、本業の合間にやってるでしょうから」
 
 照芳の迎えの車がくる間、雄二はガマフヤーのことを質問し続けた。
 
「今日はありがとな、助かったよ、先生も喜んでたし」
「照芳は勢理客さん知ってるの」
 
 大学に戻り、雄二と昌幸が帰宅する時、照芳に見送られていると、昌幸がそう聞いた。
 
「あっ、勢理客さんに会えたの、知ってるよ、ガマフヤーだろ」
「そうだよな、やっぱり、山田先生も気さくに接してたからな、連絡先とかも知ってるか」
 
 昌幸が積極的になった。
 
「うん、知ってるよ、でもどうして」
「勢理客さんの手伝いをしたいんだ。」
 
 雄二はその発言に驚いた。
 
「えっ、昌幸、俺も手伝いたいな」
 
 雄二は昌幸に感化された。
 
 こうして、雄二と昌幸が照芳の大学の手伝いで、ガマフヤーの勢理客と出会うことになり、遺骨収集のボランティアを始めるようになった。
 
「まだ、戦争は終わってないんだよ、俺らの代で終わらせることは難しいかもしれないな」
 
 雄二は幼馴染と戦後の傷跡を直接的に触れるようになり、そういった言葉を時折、口にするようになった。
 
 第弍話 残り香 肆.ガマフヤー 終
 
 次回、第参話 戦の日々


小説 イクサヌキズアト-7

2022-04-16 18:18:00 | 小説
第弍話 残り香

参.剥がれない瘡蓋
 
 雄二ががじゅまる幼稚園で、母、兄と共に不発弾の爆発事故に遭遇して数ヶ月が経ち、その怖さを忘れかけた頃だった。
 
 父親の電気屋のテレビを店にある椅子に座って見ていた。
 その椅子は雄二のお気に入りだった。一般的な大人でも座面が広い円盤状のタイプで雄二はその上に余裕で胡座をかくことができた。そして傍に、瓶のファンタグレープが置けるスペースがあった。でも、「倒して瓶が破れるから辞めときなさい」と、母親によくいわれていたが、辞められないお気に入りの一時だった。
 
 ある日、そんな時を楽しんでいると、配達で外出することが多い父親が客と一緒に店に入ってきて、製品の説明をし始めた。その客は、父親から色々と説明を受けることに楽しそうに耳を傾け、時折、質問を交え、別の話題に脱線したりと、幼い雄二でも嬉しくなるような光景が流れていた。
 
 すると、店の出入り口は六枚の硝子戸の引き戸になっていて、父親たちの背後のずっと奥の引き戸が静かにゆっくり動き出した。雄二より歳上と誰もが分かる、白人の少年が人差し指を上向きに唇に当てて、半身になって入ってきた。
 雄二が位置する場所から見えないところへ向かった白人の少年は、一、二分も経たないうちに静かにたち去った。
 怖くなった、何故か不発弾の事故の時の匂いを思い出し、テレビのニュースで見た、軍人が交通事故を起こし、すぐには逮捕されなかった話題や中学生の女子が強姦された事件等、軍人の悪質な犯罪の報道を思い出して、益々、恐怖感ばかりが膨らんでいった。
 それと、目の前に父親がいるのだが、このことを雄二は話すことができなかった。怖くて、怖くて固まるばかりだった。
 
 ある日の警察署では、署長に噛みつく、一人の刑事課長がいた。
 
「署長、こんなに証拠を集めたのに、身柄を受け渡さないっていってるんですか」
「参ったよ、地位協定だというんだ、私もお手上げだ」
 
 一旦、警察署に女子中学生を強姦した二等兵二人を拘束したが、MP(Military Police)が早々にその二人を迎えにきたのだった。
 
「署長、私はどんな処分を受けて構わないので、MPへ掛け合ってきます」
 
 戦勝国と敗戦国との間に結ばれた地位協定というダイヤモンドより硬い壁は、刑事課長の瀬川亀吉《せがわかめよし》にとって歯痒く、呪いたいほどの鉄壁になっていた。
 
「瀬川君、私も同じ気持ちなんだが」
 
 部屋を出ていく瀬川に対して、それくらいの言葉をかけることしかできない署長だった。
 
 〝治外法権、地位協定、戦時中は地上戦を強いられて、各国軍人から迫害され、古えの時代には王国処分を受けた。一生、我々琉球王国々民は意見を尊重されないのか、マズローがいう自己超越の欲を満たせないのであろうか〟
 
 瀬川はMPへ向かう、車を運転しながらそう考えていた。
 
 一方、雄二はあの白人少年のことが頭から離れないでいたが、店の椅子に丸くなって眠り込んでしまった。

 〝雄二、この国は戦争に敗れ、この地は戦勝国の統治下になったんだ、逆らえないんだよ、あの国には、祖国は何もしてやくれないんだ〟
 
 雄二は夢を見て、その言葉で目が覚めた。はっとした。〝どうにもならないんだ〟と、感じていた。
 
 それ以来、雄二はその国の人たちを目にすると、恐怖心を抱くようになった。そして、祖国本土の人々に対しても、違和感を感じてならなかった。
 
 また、瀬川刑事課長は、あの壁を崩すどころか、頂さえ触れることなく定年を迎えた。
 署内の自分の机の荷物を片していた時、意固地になり過ぎて、軍司令官らと会うことすらできずにいて、政府にも相手にされず、自分自身の悲壮ささえ抱けずに無駄な時間を費やしたように思い、無念でならなかったようだ。
 
「瀬川さん、ご苦労様でした。私は力不足ですが、あなたの思いは常に心に秘めて、諦めずにいますので、ゆっくり休んで、第二の人生を楽しんで下さい」
 
 刑事課の部屋から出てきた瀬川に署長はそう伝えると笑顔を見せて見送った。
 署長は瀬川の後ろ姿がやけに小さく見えていた。
 
 
「ここがブームになってさ、芸能界やプロスポーツ界とかで活躍する同郷者が増えてよ、サミットの開催地に選ばれるとかで盛り上がったんだけど、世界の大手企業が運営するテーマパークが進出するだとかデマ紛いの話題が上がったり、基地は最低でも県外、なんて俺らを喜ばせてよ、知事と会った翌日には、軍は動かせないって謝る総理大臣が出てきたりとか、なんだか馬鹿にされてる感じだよな、俺たちに敗戦の代償を負わせ続けるためのプロパガンダを送ってたように思うよ」
「んん、それは考え過ぎかもしれんが、そう捉えてしまう気持ちは分からないでもないな、あとさ、全ての県民が基地の存在を反対してるわけじゃないのに、賛成する人たちを報道するマスコミも殆どないしな、俺ら琉球王国々民は、世界中から治外法権を被ってるのだろうかな」
 
 雄二と昌幸が三〇代を迎えようとしている頃のボランティアをした日の夜に設ける、サシ呑みの場での愚痴だった。
 
 二人は遺骨を拾う度に感じる、やり切れない、言語化できない虚しさを、呑みの場で愚痴に置き換え、発散することが習慣化していた。
 
 確かに世界大戦が終わり、敗戦国であるこの国は、平和に復興しているように見えている。
 しかし、社会制度に組み込まれた瘡蓋は、剥がせないものになっているのかもしれない。
 傷ついた皮膚が時間をかけて張りを戻すように、蟠りのない真の戦後はいつ訪れるのだろうかと、瀬川や雄二たちも、時折、頭を過る、尽きることのない、頭の中の幽霊と化していた。気がつかないうちに。
 
 続