K.H 24

好きな事を綴ります

小説 イクサヌキズアト-6

2022-04-13 16:34:00 | 小説
第弍話 残り香

弍.解放地
 
「解放地だから、この中、探検に行こうぜ」
 
 空港に近い、南に位置するにここは、海側と陸側にフェンスが建てられていて、住民の活動範囲は、今に比べると小さなもので、県庁や市役所のある中央地へ仕事にでする朝のラッシュ時間は、気が遠くなるような渋滞、大型スーパーを建てられや市内し、価格競争なぞ皆無で、住みやすいとは嘘でもいえない地域だった。
 
 そこで、雄二は、基地のフェンスが取り壊され、出入りが自由になった遠くて近い地に始めて足を踏み入れることになった。
「慎重に行こうぜ、ワクワクするな」
「お、俺は、怖いよう」
 
 雄二の同級生の昌幸《まさゆき》はノリノリで、もう一人の照芳《てるよし》は腰が引けていた。
 
「照芳大丈夫さ、ちゃんと歩ける道があるよ、草ボーボーなところに入らなきゃ大丈夫さ」
「草ボーボーにはハブが隠れてるかもしれんからな」
 
 雄二と昌幸が励ますつもりでかけた言葉は、「ハブ」という単語が強調されて、益々、不安を煽られた。
 
 そんなことに気がつかない二人は、構わず、足を踏み入れていった。
 
「待ってくれよ、俺を置いてかないでよ」
 
 照芳は諦めの境地に達し、二人を追いかけた。
 
 その中は大きな幅のアスファルトの道路がり、縁石が見えなくなる程伸びた芝、庭師の手入れが入らなくなり長い時が過ぎた木麻黄やがじゅまる等の木々が生い茂っていた。
 
「まるで、ゴーストタウンだな」
 
 照芳は我慢できずに口を開いた。
 
「えっ、どこが」
「もう誰もいねえからだけだろ」
 
 昌幸と雄二は照芳をあっさり否定した。
 
「おっ、池じゃねぇか」
 
 昌幸は駆け出した。雄二と照芳は追いかけた。
 
「ほんとだ、昌幸よく気づいたな」
「デカい草の間からキラキラするのが見えたんだ、それと噂で聞いたんだよ、ザリガニいっぱいいるとかさ」
「そっか、昌幸の兄ちゃんの友達とかが先に、中学生だもんな」
 
 照芳だけは静かにしていた。
 
 草をかき分け水辺に近づく雄二と昌幸は、照芳が後をついてきやすいように、根元から草を踏み潰して進んでいった。
 
 水面が顔を出した。三人とも残念そうな表情に変わった。
 
「もっと綺麗な水かと思ったのに」
 
 照芳が開口一番だった。
 
「まあな、もう誰も居ないから」
「うん、でも案外、こんな状況だから、誰にも見つけられないで、ザリガニは増えたんじゃないか」
 
 昌幸は細長い枝の切れっ端で水を掻き回すと、ドロが舞い上がった。
 
「うわっ、汚いなっ」
「はっ、漫湖公園の川より綺麗だって」
 
 比較対象を持たないのは照芳だけだった。
 
「ちょっと山みないになってるとこ、いくか」
 
 昌幸はその池から離れ、歩き出した。
 
「昌幸、今度は網とか、釣り竿とか、持ってこよや」
「俺、釣り竿ないよ、雄二持ってるか、あっ、照芳が持ってるか、宜しく」
「はっ、ああ、うん」
 
 照芳は、雄二と昌幸が新しいことをし始める時はいつもおよび腰な態度になるのだった。
 
 三人がその小山に近づくと、木麻黄の木が複数並んでた。その中が見づらいので、雄二は右側に回った。
 
「おい、洞窟か、あれ」
「洞窟?」
 
 昌幸だけ目を輝かせ雄二へ駆け出した。
 
「本当だ、楽しそう、ワクワクする」
「でも、今日は懐中電灯ないから、今度だな」
「そうだな何時か分からんけど、そろそろ暗くなるはずだしな」
「今日は探検じゃなくなったな、調査だな」
 
 雄二と昌幸の楽しむ積極性は、最後まで照芳には理解し得ないものだった。
 
「機能は面白かったぞ、池はあるし、洞窟もあったぞ、きっと昆虫とか、いるはずだから、今度いこうぜ、な、な」
 
 翌朝、昌幸は学校の自分のクラスに入るなり、雄二と照芳がいる集団に入ってきた。
 
「だろう、昌幸だって面白かったっていってんじゃん」
 
 雄二は昌幸の勢いに乗った。
 
「でもね、池はいいとして、でも、ばい菌が多いかもしれないから、怪我は気をつけないと、あっ、その洞窟なんだけど、防空壕かもしれないわ」
 
 雄二たちのクラスで、唯一、ボーイッシュな格好をしている亜紀子《あきこ》は、解放地のことを懸念した。
 
「そうよ、解放地は危ないって晴子《はるこ》先生もいってたでしょ」
 
 追い討ちをかけるように学級委員長の園子《そのこ》が口を挟んだ。
 
「いやいや、委員長様まで、池は長靴履いて手袋すればいいし、防空壕であっても、入ってみないと分からんし」
「そうそう、だから、七、八人でいって、入っていく人がロープを持って、外で待ってくれる人もそのロープを持ってならいいんだよ、なっ、照芳」
「うん、それはいい考えだ、けど、俺はまだ怖いよ」
 
 女子たちの意見をかわそうと雄二と昌幸は懸命だったが、照芳だけは怖さを吐露してしまった。
 
「照芳はいつも怖がるな、俺たち六年なんだぜ、多人数で力合わせれば大丈夫だろ」
 
 この話の中にいた、雄二たちクラスの見栄っ張りな一彦《かずひこ》は、照芳を否定的に見ていた。
 
「そういうなって、一彦、照芳はちゃんと俺らの後をついてきてたんだから」
「まぁまぁ、ムキになんなよ一彦、照芳はいつも俺たち二人の傍にいるんだ、怖がりだっていいじゃない、それよりも道具を集めてさぁ、みんなでいこうぜ、解放地」
 
 雄二は照芳の助太刀をして、昌幸は池と洞窟を探検する仲間を募った。
 亜紀子が真っ先に参加を表明すると、一彦は仲良しの拓也《たくや》と勇樹《ゆうき》、幸太郎《こうたろう》を誘って、参加すると返事した。この時は口を摘むんでいたが、亜紀子と仲良しの体育が得意な美香、幼い頃からスイミングスクールに通っている行事好きの弥生《やよい》が、給食の時間に探検に参加することを雄二に申し出た。
 放課後、その一〇人は教室に残り、道具を集めることと、探検する日を決める話し合いをした。
 その結果、ロープや長靴、釣り竿、網等を誰が持ってくるのか分担した。ここまではすんなり決まったものの、いついくかは時間をかけた。当日、突然これないといい出す人が出ないようにと。
 結局、弥生のスイミングスクールが休みの日、四日後の土曜日の午後に決定した。
 みんな好奇心に満ちた表情を浮かべたが、照芳だけが不安な面持ちだった。
 
「一彦にあんないわれ方してさ、女子も参加するからさ、俺、怖がりだろ、泣いちゃったりしたらどうしよう」
「気にすんなよ、俺たちいつも一緒じゃないか、大丈夫だって、みんながいうように、お前は怖がりだと思うけど、逃げたことないだろ、だから、一緒に遊べるし、親友だと思ってるぜ」
 
 下校中の家路で、照芳が不安を打ち明けると、雄二は照芳をこれまでにない励ましをいって見せた。
 すると照芳は、雄二に笑顔を見せ、同時に、「明日の放課後、一人で洞窟へいこう」と、当日、恥をかかないように予行演習を敢行することを心に誓った。
「ねぇ、雄二、照芳君が帰ってこないらいしの、何か心当たりある」
「照芳が」
 
 探検の計画を立てた翌日の、テレビ業界でいう〝ゴールデンタイム〟で、雄二は「クイズ一〇〇人に聞きました」を見てる最中に、母親から信じられない事象が耳に入ってきた。
 
「はっ、照芳んちから電話なの」
 
 雄二は母が電話している玄関に駆け寄った。
 
「そうよ、あんた、心当たりあるの」
 
 雄二の母親は、受話器の送声口を左手で押さえ、眉間に皺を寄せていた。
 
 雄二は数秒、間を置いた。
 
「母ちゃん、解放地かも、解放地」
「うちの子が解放地にいったんじゃないかっていってますが」
 
 雄二の声を耳にすると、直様受話器に話しかけた。
 
「お父さん、雄二を連れて解放地にいってくれない、照芳君がそこで迷子になってるかもしれないの、探すの、手伝ってあげて」
 
 母親は、風呂から上がったばかりの父親がビールを呑む前に、電話の傍から大声を上げた。
 
 雄二と父親は車に乗って家を飛び出した。
 
 解放地に着くと、照芳の父親と合流し、昌幸の家にも連絡を入れたと聞かされ、洞窟がある方角へ足を進めた。
 
 近づくに連れ男の子の泣き声が聞こえてきた。
 懐中電灯の光に気がついた一人の大人が早足で寄ってきた。
 
「こんばんは、照芳君の、雄二君のお父さんですね、昌幸の父です、昌幸が洞窟があるっていっておるのですが、そこに入っていったんだっていうと、すぐ、泣いてしまいまして」
「おじさん、僕、洞窟知ってるよ、父ちゃん、いこう」
 
 雄二たちがいう洞窟は、やはり、防空壕跡だったようで、雄二が覚えていた出入り口は土砂で塞がっていたのだ。その傍で座り込んだ昌幸は泣いていたのだった。
 
「先ずは、警察を呼びましょう」
 
 昌幸の父親は、心乱さぬよう、鮮明な口調で言葉を発した。
 それに反して、照芳の父親は全身が虚脱し、俯き、立っているのがやっとのようで、顎を突き出し、口が開いたまま、防空壕の出入り口であろう、土砂が崩れ中が確認できないところを見つめていた。
 
 警察が到着し、壕のようすをみてすぐ、重機の手配を無線で嘆願していた。
 
 警官は昌幸と雄二から全ての事情を聞くと、照芳の父親以外は帰るよう促されると、雄二は抵抗したものの、自分の父親に手を引かれ、帰宅した。
 
「照芳は命に別状はありませんが、怪我をしていて当分入院することになりました。昨夜はありがとうございました」
 
 翌朝、早々に照芳の母親から電話があった。照芳は何故、そんな状況になったのか、まだ、意識が朦朧として喋れないということもつけ加えられた。
 
 照芳が喋れるようになり、その経緯を聞くと、友達一〇人で探検することが決まり、当日は怖がらないようにと予行演習のつもりで、独りで壕にはった。そして、足元に硬いものがふれたから、それを手に取り光を当てて確認すると、錆びた手榴弾で、不意にそれを、方向は構わずに投げたのだった。
 手榴弾を投げたのが出入り口付近だったようで、その爆風に吹き飛ばされ意識をなくしていたようである。
 照芳本人は、右耳の鼓膜が破れ、身体の左側に無数の擦過傷を負ったようである。
 
 後日、雄二と昌幸家族はお見舞いに病院を訪れた。雄二と昌幸は照芳の行いから命の大切さを学んだ。
 そして、互いの家族が謙遜しあい、もう二度と同じ過ちをしないように子供たちを諭した。
 
「まだ、終戦してないのですね」
 
 病棟回診で照芳の病室へ入ってきた主治医は、照芳の身体を診た後、見舞いにきていた雄二ら全員の顔を確認し、悲しげな表情でそういった。
 
 続


小説 イクサヌキズアト-5

2022-04-12 17:53:00 | 小説
第弍話 残り香
 
 壱.時を超えた攻撃
 
 世界大戦が終わり、戦勝国に統治されていたこの地は、沢山の大人たちが動き、その国の一部の大人も巻き込み、漸く、祖国復帰を迎えた。
 しかしながら、終戦直後から地中で牙を剥いて潜んでいた不発弾は、その復国から始まった経済発展に伴い顔を出し始めたのだった。
 
「はいみんな、ここに集まって下さーい、大丈夫よ、大丈夫」
 
 外から爆音が聞こえ、地震のように床が揺れ、奇声が上がる中、がじゅまる幼稚園では、父母らも参加する催しが行われていた最中だった。
 
 腹の底から湧き上がる恐怖感を懸命に抑え、保育士は園児たちを安全な場所へ避難させていた。
 保育士たちの身体は、我が園児を守るためだけに動いていたが、頭の中は別の状況も過ぎっていてパニック状態であった。
 というのは、この園児たちの兄や姉、妹、弟たちの多くは、外の遊具で遊んでいることを知っていたからだ。
 
「マーマー何があったの、僕、靴ないよ、怖いよ」
 
 目に涙のダムを抱えていた雄二《ゆうじ》は、一人の園児の弟だった。
 玄関前から母親に手を取られ人波に逆らわないよう無我夢中な母親の早足に誘われ、声を揺らして訴えた。
 
「雄二、靴は後でいい、早く逃げるよ」
 
 雄二は母親のその声で、更に、恐怖を煽られ、兄への心配も襲いかかってきて、目元のダムが決壊した。
 
 そうやって母親に手を引かれる前は外の遊具に魅せられて、知らない子供たちと強い日差しを浴びながら、目を輝かせていた。
 
 たまたま尿意を感じ、屋内へ戻り、前以て教えてもらったトイレで用を足し、再び外へ出ようとしたところ、九官鳥に気を取られ、幼稚園という新たな世界に益々、心を奪われしまうのだ。
 九官鳥が紅くなるほど、透き通った眼差しを送っていた時、雄二は異変を感じた。
 
 外からの音、少し遠くからの音。それを耳にした直後、雄二の周囲は揺れ動いた。逆に、雄二は立ちすくむしかできないで、九官鳥は頭の中から飛び去っていき、首を左右に振って目で状況を伺うことしかできないでいた。何が起こったのか全くもって分からない時が、流れた。その時の長さなぞ計れるわけもなく。
 
 気がつくと、母親に手を取られ、再びトイレへ向かったのだった。
 トイレに着くと、雄二にとっての高窓から外へ脱出した。隣りのアパートの階段の踊り場だった。雄二の涙は、この場でやっと声が付いてきて、泣きじゃけるのだった。
 
 雄二の父親が営む電気店兼自宅にたどり着いた。勿論、雄二の兄は健在である。
 
「パーパー怖かったよ、マーマーもにぃーにぃーもだいじょぶだからよかった」
「怖かったか、何もなくて良かったな、不発弾が爆発したみたいだな、工事現場で不発弾があるの分からんで、ショベルカーが叩いてしまったみたいだな、外で遊んでた子たちも怪我した子もいたみたいだな」
 
 父親は、雄二が余計に怖がらないように簡単に、悲惨な事故を説明した。
 
 この不発弾爆発事故は、祖国復帰後の大きな事故の一つとなった。今の世でも時折、テレビ局が放映する復帰特別番組に取り上げられるほどの事故だった。
 
「パーパー、僕、シッコしたかったから、中の便所にいって、その次、九官鳥見てたから、マーマーが助けにきてくれたよ」
 
 雄二は父親の話を聞くと、強い安心感に包まれて、その時の状況を口遊むのであった。
 
 雄二はいつになっても、不発弾処理のニュースを耳にすと、その時の言葉には表せない香りを目の奥に感じるのであった。
 
 続


小説 イクサヌキズアト-4

2022-04-10 16:01:00 | 小説
第壱話 和合

 肆.解決にならない解決
 
「親父のは無理だけど、お前と俺の字は鑑定できるだろ、ねぇ、凪先生」
「なんだよ泰生、俺に恥をかかすつもりか、それでも兄弟かよ」
 
 凪が設けた、泰生と忠成が対峙する場は、早々に冷ややかな空気へ変化した。
 
「お前は俺にここで弁護士と遺産相続の話しをするっていってたよな、それをなんだよ、古い昔のことから持ち出しやがって」
「なんで、相続の話だろうが」
 
 二人は早々に喧嘩腰になった。
 
「お二人とも喧嘩はご勘弁です、忠成さんは遺産相続の話があるということで今日はいらしたのですね、泰生さん、説明不足ですよ、忠成さん、順序が前後することになりますが、この覚え書きに署名されているのは確実ですね」
 
 躊躇なく凪は、二人の間に入った。
 
「ああ、そうだよ、チェッ」
 
 忠成は舌打ちを吐いた。
 
「お前なぁ、凪先生にそんな態度とるんじゃないよ、何様だ」
 
 泰生は火に油を注がんばかりに小言をいった。
 
「お前は一生俺のことを馬鹿にし続けるんだな」
 
 忠成は刃渡り10センチ程の折りたたみナイフをライトグレーのジャケットの内ポケットから取り出した。
 
 一瞬、時が止まった。凪があの力を使い止めたのだ。
 
『忠成さん、あなたは人生を諦めてはいけないわ、泰生さん、広い視野で忠成さんをみてあげて、あなたも自分の生活に余裕がなくて、不安を拭いたいのは分かるけど、人はみんなそうなのよ、戦時中の怖さは、今はないのよ』
 
 凪は、止まった世界の中で、ゆっくり立ち上がり、二人の間に行くと、ナイフを取り上げ、耳打ちをしたのだった。
 
「忠成、あの頃はしょうがなかったんだと思うよ、たまたま俺の方が給料高かったわけだから、贈与税とか固定資産税とかの話をしたじゃないか、そして、お前が、広いだけの土地を所有しても維持費で火の車になることを納得したろが、それから、お互い相応の金額の借金をしてアパート建てたろ」

 泰生は忠成が折りたたみナイフを取り出して襲って来たことなぞ、無かったかのように喋り始めていた。
 
「泰生、お前はどんどん、どんどん、話を独りで進めていくんだよ、いつでも、それと、言葉足らずなんだよ」
 
 忠成さえ、折りたたみナイフを隠し持っていたことが嘘のように、無かったことになっていて喋ってきた。
 
「あぁ、そうかもしれないな、でもな、俺はみんなのために行動してんだ、だから、お前にもアパート建てたり、勧めただろ」
「それが嫌なんだよ、俺にだって伝手はあるのに、何から何まで決めてきて」
 
 二人の確執は治らないようだ。
 
「お二人の確執は埋まらないようですね、ベルリンの壁だって崩れ去ったのに、どうですか、お互い、兄弟として協力し合えないようですが、ご理解できました」
 
 凪は泰生と忠成に目配せしながら喋り、春生に一瞬だけ目線を送って確認した。二人の兄弟は元より、春生さえ、口を詰むんだままだった。
 
「これは仕方のないことだと思います、お二人は長年こんな状態なのでしょうから、でも、一歩進んだと思いますよ、互いが嫌になったことをいい合えたのだから、仲良くしようなんて考えない方が逆にいいですね、ですから、今回の安造さんの現金は、数三さんに相続してもらって構いませんね」
 
 凪は杉下家の遺産相続からの戦慄を、あの力を使って解決させたのだ。根本的な解決にはいたらなかったが。
 
 恐らく、杉下家の家族の不仲は、世界大戦以前からのことで、それに大戦のキズが安造に多額の財産をもたらした。
 しかし、安造はその、財産運用を上手くできずにいて、泰生と忠成の間の溝を深くすることに拍車をかけてしまった。
 
 世界大戦がなければ、この一家の歯車は滑らかに回ったのだろうか。そんなタラレバを論じるのは誰一人居たなかった。
 
 しかしながら、この一家が戦争はなかったほうが良かったと悔やんでも悔やみきれないでいた。
 
 嘗ての軍国主義国家の傘の下の教育制度の功罪であろう。
 
 第壱話 和合 終

 次回予告
  第弍話 残り香


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2022-04-07 09:44:00 | お願い
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小説 イクサヌキズアト-3

2022-04-07 07:56:00 | 小説
第壱話 和合

参.糸口
 
 春生は自分の実家の闇に気づいたように感じてた。父、泰生と叔父、忠成の仲の悪さはつい最近できたものではなくて、自分の想像を超える深い亀裂が自分自身が産まれる前からあるのだろうと。肩の力が抜けているにも拘らず、下っ腹に向かって不愉快な重みが両肩から鉄塊で押しつけられるような、これまでに経験のない重さ、いや、身体の虚脱を感じていた。
 
「すまんな、大きな声出して、忠成とはいつもそうなんだ、俺と忠成の間に幸子《さちこ》がいたんだけど、精神病を患ってて幸子ばかり面倒をみてたもんだから、その幸子は母さんと結婚する前に死んじまったんだけどな」
 
 そう話し出す泰生の顔を見上げる力くらいしか出せない春生だった。
 
「そうなんだ、父さんは忠成叔父さんに信頼されてないってこと」
「そんかもしれんな」
 
 それだけいうと泰生は春生から離れていった。
 
「春生、大丈夫?今に始まったことじゃないし、兄弟で解決しないとね、コーヒー淹れたから来なさい」
 
 千鶴は春生を慰めるわけでもなく、泰生のかたを持つわけでもなく中立であるかのように振る舞った。
 
「ありがとう、いただきます、母さんは父さんと叔父さんのこと一部始終しっていたの」
「父さんと結婚する前のことは少し教えてもらったけど、詳しくはわからないは、結婚式にも忠成さんはひょこっとあらわれたは、どうやって連絡とったのか私は分からなかった、強いていうなら、父さんは寡黙でしょ、人に相談なんて滅多にしないから、良くいえば独りで抱え込む、悪くいえば身勝手ってみられてもおかしくないわね」
 
 千鶴は中立だった。春生はそんな千鶴の強さを初めてしった気がした。
 
「うちって、色々と問題ありなんだ」
「どんな家だって、何らかの問題を抱えているものよ、深く考え過ぎちゃだめ、誰だっけ、〝右から左へ〟とか歌う芸人さん、それが良いのよ」
 
 春生は更に、千鶴の冷静な強さに驚いた。
 
 エンジンのスタート音が鳴った。アクセルを軽く空吹かしして、春生たちの家から一台のライトカーが、春生と千鶴のことを気に止めないように出ていった。
 
「あら、父さんどこに行くのからしら、せっかちだから、一言何か言って出かければいいのに」
「本当になんで何もいわないんだ、何考えてんだか」
 
 千鶴はいつものことのように表情は穏やかだか、春生は癇癪を起こしてた。
 
「まあ、まあ、あなたはこんなことしないように常に冷静でいてね、大丈夫、大丈夫、なるようになるは」
「母さん、平気なんだ」
「そりゃあね、いちいち気にしてたらあなたの父親とは一緒に居れないわ」
 
 春生は千鶴の言葉に熱で膨張しかけた心が一気に萎んでいった。それと同時に重たい身体が、いつの間にか軽くなっていてが、それを意識することはなく、諦めの境地に達した気がしていた。
 
「杉下さん、松井です、松井麗美です、法律事務所の」
 
 受話器の送話口を掌で覆って喋っているのか、周囲の音がこもって聞こえていて、麗美自身の声は小さな囁き声だった。
 
「あ、あ、杉下です、お世話になってます、もしかして、父がそちらに」
「はい、特に、問題はないのですが、お父様は感情を殺していて、上手く説明できないみたいで」
「分かりました、直ぐそちらへ伺います」
 
 春生は安心感と泰生の慌て振りが頭に浮かび薄笑いしてしまった。
 
「はい、いってらっしゃい」
 
 千鶴もそれを見て、笑みを浮かべ、春生の車の鍵を手渡した。
 
「中内君、春生さんいらしたわよ」
 
 ピカピカな赤色の軽自動車の運転席から降りる春生を見て、面談スペースのシャーカステンの奥でパソコンに向かっている甚平に、ゆっくり口を動かして伝えた。というのは、泰生は言葉を発するのだが、断続的で、その間は腕を組んで言葉を吟味してるのか、〝うぅー〟と、唸っているのだ。だから麗美は、自分の声が甚平の耳に届かないと察し、何度かそれを繰り返していた。
 
 一方、凪は普段と変わらない姿勢と表情で泰生を見つめていた。
 
「失礼します、杉下です、こんにちは」
 
 春生はノックすることを忘れて、声を出しながら事務所に入ってきた。
 
「あっ、こんにちは、泰生さん、いらしてますよ」
 麗美は慌てて、泰生が春生がきたことを気づくように、今度は事務所中に通る声を出した。
 
「松井さんありがとう、春生ここだ」
 
 泰生はシャーカステンの天辺から目まで見えるように立ち上がり、玄関先へ視線を向けた。
 
「父さん、どうしたんだよ」
「お前を待っていた」
 泰生は凪の目の前の椅子に座り腕を組み、目を瞑ってそう言った。
 
「ええぇ」
 
 凪と泰生以外の三人は声がシンクロした。でも、凪だけは軽く握った右手の親指側を唇に付かない程度に近づけて笑を堪え咳払いした。
 
「何いってんだよ、黙って出てったじゃないか」
 
 春生は呆気に取られた。
 
「そうだったか、まあいいや、お前も座れ、何故だか、上手く説明できないんだ、忠成のこと、お前が凪先生に説明してくれないか」
 
 泰生は周りの空気を読むことなく、あっさり春生に説明した。
 春生は仕方なく、千鶴から聞いていた、泰生と忠成の仲の悪さを凪に話した
 
「父さん、僕はこれぐらいしか知らないよ、後は自分で話しなよ」
「いや、充分ですよ、それで泰生さん、私が何をすればいいのですか」
 
 凪は予兆なく二人の間に入った。
 
「えっ、ああ、なんだ、忠成も連れてきていいですか、ええ」
「是非、是非、今回の相続の件、私が法律家として忠成さんに説明してさしあげますね」
「そうそう、宜しくお願いします」
 
 泰生は照れ臭そうな、気が進まないのか、そんな感情が絡み合っているのか、額に汗を滲ませて凪にお願いした。
 お願いされた凪は、とても顔の表情が緩み、ニコニコして、自分のスケジュールを手帳を開き、確かめ始めた。
 
「泰生さん、三日後の午後一時からで宜しいですよね、春生さん、忠成さんに電話して下さいます、そして、私に代わって下さい」
 
 こうして、凪だけが心乱さず振る舞い、泰生と忠成が対峙する場を設けたのであった。
 
 続