第参話 明暗-II
チナツの目の前は、暗闇だった。何も見えないと思いきや、影がいくつも蠢いている。
〝えっ、ここはどこなの。でも、確かに何かが動いている。〟
チナツは周りをキョロキョロ見渡した。
〝まん丸い影だ。星かしら。〟
不安ながら、自分の真後ろに縁から光を放射状に放つ円形を影をみつけ、その放たれた光の延長線上に夜空の星が輝くような情景を目にした。その星空を確認すると、何か気がついたように正面に視線を戻した。
〝地球の影だ。そうよ、地球の影よ。〟
そういうと、この暗闇を凝視した。確かに何かが動いてる。更に目を凝らすと、その影の中で、人間同士や四足動物同士、鳥同士等、更には、植物までもが動きだし争っていた。地球上の生物で同種同士の争いが繰り広げられていたのだ。それも性別や年齢も厭わず、それぞれが怒りのままに傷つけあっているのだった。
〝何よこれ、止めなさーい。〟
チナツは影達が争っていると気つくや否や反射的に止めさせようと叫んでいた。
チナツの声なぞ聞こえるわけもなく、首をへし折ったり、腕や脚をもぎ取ったり、暗闇に消えゆくが、すぐさま身体が再生し、忌ま忌ましい状況は止むことがなかった。
これを見てチナツは、この争いは永遠に続くものなのか、いや、この世界は恒常的に争いが止まない世界なんたと落胆するしかなかった。
〝チナツ、どうした。魂が抜けたようにぼーっとして。〟
兄のアキオが現れた。
〝あっ、お兄ちゃん。お兄ちゃんにも見えるでしょ、あれ。〟
〝ああ、地球の影だろ、見えるよ。生き物は常に争ってるからな、特に、人間は影で何してるか分かりゃしない。〟
アキオは、いつもより大人びた口調でそう応えた。
〝お兄ちゃん、怖くないの?チナツはあれを止めたいんだけど、聞いてくれないし、どんどん、どんどん、新しい影が出てくるのよ。〟
チナツは声を震わせていた。
〝そうさ、生き物の影なんて、次から次へと出てくるもんなんだよ。でも、教えたら、影の消し方。〟
アキオは、淡々といい放った。
〝そうだ、お兄ちゃん教えてくれたよね。そう、光を当ててあげればいいんだ。〟
〝うん、これで照らしてやればいいのさ。〟
アキオは三脚のついた照明機を自分の前に立てた。
〝いいか、点けるぞ。〟
光を照らされた影は一瞬にして消え去った。
〝やった、お兄ちゃん。ありがとう。争い事はなくなったね。〟
チナツはそういい、照明機の前に出ていった。
〝チナツ、そこに立つと俺たちの影ができるぞ。〟
チナツの傍にきてアキオがそういうと、兄妹の影は争いを始めた。
「チナツ、朝だぞ。起きろ。」
寝汗をかいて眠っているチナツの肩を振りながらアキオは起こそうとしていた。
「はっ、お兄ちゃん。チナツ怖い夢、見てた。あれ、どんな夢だったっけ。」
「はい、はい、お母さんが起きなさいって、お父さん今日から出張なんだら、みんなで朝ご飯食べて、お見送りしてあげなさいって。」
寝ぼけていたチナツはアキオにそういわれると、ぱっと目を覚まし飛び起きた。
「お父さんいってらっしゃい。お土産かってきてよ。」
アキオとチナツは父親に声を揃えて笑顔を見せた。
アキオとチナツはその晩、祖父母がいる実家で夕食を取る事になった。母親がPTAの会議があるからである。
しかし、母親は小学校の正門は潜らず、裏路地でアキオの担任教師が待つ車に乗り込んだ。
一方、その頃父親は温泉宿の貸切風呂で女性と二人、湯に浸かっていた。
アキオとチナツの両親は仮面夫婦だった。
一年後、その兄妹の両親は離婚した。兄妹は一緒に暮らすことはなかった。
人間は光と影を持って生きている。本当に地球上で最も進化を遂げた生物なのだろうか。
終