第弍話 残り香
弍.解放地
「解放地だから、この中、探検に行こうぜ」
空港に近い、南に位置するにここは、海側と陸側にフェンスが建てられていて、住民の活動範囲は、今に比べると小さなもので、県庁や市役所のある中央地へ仕事にでする朝のラッシュ時間は、気が遠くなるような渋滞、大型スーパーを建てられや市内し、価格競争なぞ皆無で、住みやすいとは嘘でもいえない地域だった。
そこで、雄二は、基地のフェンスが取り壊され、出入りが自由になった遠くて近い地に始めて足を踏み入れることになった。
「慎重に行こうぜ、ワクワクするな」
「お、俺は、怖いよう」
雄二の同級生の昌幸《まさゆき》はノリノリで、もう一人の照芳《てるよし》は腰が引けていた。
「照芳大丈夫さ、ちゃんと歩ける道があるよ、草ボーボーなところに入らなきゃ大丈夫さ」
「草ボーボーにはハブが隠れてるかもしれんからな」
雄二と昌幸が励ますつもりでかけた言葉は、「ハブ」という単語が強調されて、益々、不安を煽られた。
そんなことに気がつかない二人は、構わず、足を踏み入れていった。
「待ってくれよ、俺を置いてかないでよ」
照芳は諦めの境地に達し、二人を追いかけた。
その中は大きな幅のアスファルトの道路がり、縁石が見えなくなる程伸びた芝、庭師の手入れが入らなくなり長い時が過ぎた木麻黄やがじゅまる等の木々が生い茂っていた。
「まるで、ゴーストタウンだな」
照芳は我慢できずに口を開いた。
「えっ、どこが」
「もう誰もいねえからだけだろ」
昌幸と雄二は照芳をあっさり否定した。
「おっ、池じゃねぇか」
昌幸は駆け出した。雄二と照芳は追いかけた。
「ほんとだ、昌幸よく気づいたな」
「デカい草の間からキラキラするのが見えたんだ、それと噂で聞いたんだよ、ザリガニいっぱいいるとかさ」
「そっか、昌幸の兄ちゃんの友達とかが先に、中学生だもんな」
照芳だけは静かにしていた。
草をかき分け水辺に近づく雄二と昌幸は、照芳が後をついてきやすいように、根元から草を踏み潰して進んでいった。
水面が顔を出した。三人とも残念そうな表情に変わった。
「もっと綺麗な水かと思ったのに」
照芳が開口一番だった。
「まあな、もう誰も居ないから」
「うん、でも案外、こんな状況だから、誰にも見つけられないで、ザリガニは増えたんじゃないか」
昌幸は細長い枝の切れっ端で水を掻き回すと、ドロが舞い上がった。
「うわっ、汚いなっ」
「はっ、漫湖公園の川より綺麗だって」
比較対象を持たないのは照芳だけだった。
「ちょっと山みないになってるとこ、いくか」
昌幸はその池から離れ、歩き出した。
「昌幸、今度は網とか、釣り竿とか、持ってこよや」
「俺、釣り竿ないよ、雄二持ってるか、あっ、照芳が持ってるか、宜しく」
「はっ、ああ、うん」
照芳は、雄二と昌幸が新しいことをし始める時はいつもおよび腰な態度になるのだった。
三人がその小山に近づくと、木麻黄の木が複数並んでた。その中が見づらいので、雄二は右側に回った。
「おい、洞窟か、あれ」
「洞窟?」
昌幸だけ目を輝かせ雄二へ駆け出した。
「本当だ、楽しそう、ワクワクする」
「でも、今日は懐中電灯ないから、今度だな」
「そうだな何時か分からんけど、そろそろ暗くなるはずだしな」
「今日は探検じゃなくなったな、調査だな」
雄二と昌幸の楽しむ積極性は、最後まで照芳には理解し得ないものだった。
「機能は面白かったぞ、池はあるし、洞窟もあったぞ、きっと昆虫とか、いるはずだから、今度いこうぜ、な、な」
翌朝、昌幸は学校の自分のクラスに入るなり、雄二と照芳がいる集団に入ってきた。
「だろう、昌幸だって面白かったっていってんじゃん」
雄二は昌幸の勢いに乗った。
「でもね、池はいいとして、でも、ばい菌が多いかもしれないから、怪我は気をつけないと、あっ、その洞窟なんだけど、防空壕かもしれないわ」
雄二たちのクラスで、唯一、ボーイッシュな格好をしている亜紀子《あきこ》は、解放地のことを懸念した。
「そうよ、解放地は危ないって晴子《はるこ》先生もいってたでしょ」
追い討ちをかけるように学級委員長の園子《そのこ》が口を挟んだ。
「いやいや、委員長様まで、池は長靴履いて手袋すればいいし、防空壕であっても、入ってみないと分からんし」
「そうそう、だから、七、八人でいって、入っていく人がロープを持って、外で待ってくれる人もそのロープを持ってならいいんだよ、なっ、照芳」
「うん、それはいい考えだ、けど、俺はまだ怖いよ」
女子たちの意見をかわそうと雄二と昌幸は懸命だったが、照芳だけは怖さを吐露してしまった。
「照芳はいつも怖がるな、俺たち六年なんだぜ、多人数で力合わせれば大丈夫だろ」
この話の中にいた、雄二たちクラスの見栄っ張りな一彦《かずひこ》は、照芳を否定的に見ていた。
「そういうなって、一彦、照芳はちゃんと俺らの後をついてきてたんだから」
「まぁまぁ、ムキになんなよ一彦、照芳はいつも俺たち二人の傍にいるんだ、怖がりだっていいじゃない、それよりも道具を集めてさぁ、みんなでいこうぜ、解放地」
雄二は照芳の助太刀をして、昌幸は池と洞窟を探検する仲間を募った。
亜紀子が真っ先に参加を表明すると、一彦は仲良しの拓也《たくや》と勇樹《ゆうき》、幸太郎《こうたろう》を誘って、参加すると返事した。この時は口を摘むんでいたが、亜紀子と仲良しの体育が得意な美香、幼い頃からスイミングスクールに通っている行事好きの弥生《やよい》が、給食の時間に探検に参加することを雄二に申し出た。
放課後、その一〇人は教室に残り、道具を集めることと、探検する日を決める話し合いをした。
その結果、ロープや長靴、釣り竿、網等を誰が持ってくるのか分担した。ここまではすんなり決まったものの、いついくかは時間をかけた。当日、突然これないといい出す人が出ないようにと。
結局、弥生のスイミングスクールが休みの日、四日後の土曜日の午後に決定した。
みんな好奇心に満ちた表情を浮かべたが、照芳だけが不安な面持ちだった。
「一彦にあんないわれ方してさ、女子も参加するからさ、俺、怖がりだろ、泣いちゃったりしたらどうしよう」
「気にすんなよ、俺たちいつも一緒じゃないか、大丈夫だって、みんながいうように、お前は怖がりだと思うけど、逃げたことないだろ、だから、一緒に遊べるし、親友だと思ってるぜ」
下校中の家路で、照芳が不安を打ち明けると、雄二は照芳をこれまでにない励ましをいって見せた。
すると照芳は、雄二に笑顔を見せ、同時に、「明日の放課後、一人で洞窟へいこう」と、当日、恥をかかないように予行演習を敢行することを心に誓った。
「ねぇ、雄二、照芳君が帰ってこないらいしの、何か心当たりある」
「照芳が」
探検の計画を立てた翌日の、テレビ業界でいう〝ゴールデンタイム〟で、雄二は「クイズ一〇〇人に聞きました」を見てる最中に、母親から信じられない事象が耳に入ってきた。
「はっ、照芳んちから電話なの」
雄二は母が電話している玄関に駆け寄った。
「そうよ、あんた、心当たりあるの」
雄二の母親は、受話器の送声口を左手で押さえ、眉間に皺を寄せていた。
雄二は数秒、間を置いた。
「母ちゃん、解放地かも、解放地」
「うちの子が解放地にいったんじゃないかっていってますが」
雄二の声を耳にすると、直様受話器に話しかけた。
「お父さん、雄二を連れて解放地にいってくれない、照芳君がそこで迷子になってるかもしれないの、探すの、手伝ってあげて」
母親は、風呂から上がったばかりの父親がビールを呑む前に、電話の傍から大声を上げた。
雄二と父親は車に乗って家を飛び出した。
解放地に着くと、照芳の父親と合流し、昌幸の家にも連絡を入れたと聞かされ、洞窟がある方角へ足を進めた。
近づくに連れ男の子の泣き声が聞こえてきた。
懐中電灯の光に気がついた一人の大人が早足で寄ってきた。
「こんばんは、照芳君の、雄二君のお父さんですね、昌幸の父です、昌幸が洞窟があるっていっておるのですが、そこに入っていったんだっていうと、すぐ、泣いてしまいまして」
「おじさん、僕、洞窟知ってるよ、父ちゃん、いこう」
雄二たちがいう洞窟は、やはり、防空壕跡だったようで、雄二が覚えていた出入り口は土砂で塞がっていたのだ。その傍で座り込んだ昌幸は泣いていたのだった。
「先ずは、警察を呼びましょう」
昌幸の父親は、心乱さぬよう、鮮明な口調で言葉を発した。
それに反して、照芳の父親は全身が虚脱し、俯き、立っているのがやっとのようで、顎を突き出し、口が開いたまま、防空壕の出入り口であろう、土砂が崩れ中が確認できないところを見つめていた。
警察が到着し、壕のようすをみてすぐ、重機の手配を無線で嘆願していた。
警官は昌幸と雄二から全ての事情を聞くと、照芳の父親以外は帰るよう促されると、雄二は抵抗したものの、自分の父親に手を引かれ、帰宅した。
「照芳は命に別状はありませんが、怪我をしていて当分入院することになりました。昨夜はありがとうございました」
翌朝、早々に照芳の母親から電話があった。照芳は何故、そんな状況になったのか、まだ、意識が朦朧として喋れないということもつけ加えられた。
照芳が喋れるようになり、その経緯を聞くと、友達一〇人で探検することが決まり、当日は怖がらないようにと予行演習のつもりで、独りで壕にはった。そして、足元に硬いものがふれたから、それを手に取り光を当てて確認すると、錆びた手榴弾で、不意にそれを、方向は構わずに投げたのだった。
手榴弾を投げたのが出入り口付近だったようで、その爆風に吹き飛ばされ意識をなくしていたようである。
照芳本人は、右耳の鼓膜が破れ、身体の左側に無数の擦過傷を負ったようである。
後日、雄二と昌幸家族はお見舞いに病院を訪れた。雄二と昌幸は照芳の行いから命の大切さを学んだ。
そして、互いの家族が謙遜しあい、もう二度と同じ過ちをしないように子供たちを諭した。
「まだ、終戦してないのですね」
病棟回診で照芳の病室へ入ってきた主治医は、照芳の身体を診た後、見舞いにきていた雄二ら全員の顔を確認し、悲しげな表情でそういった。
続
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます