第弍話 残り香
壱.時を超えた攻撃
世界大戦が終わり、戦勝国に統治されていたこの地は、沢山の大人たちが動き、その国の一部の大人も巻き込み、漸く、祖国復帰を迎えた。
しかしながら、終戦直後から地中で牙を剥いて潜んでいた不発弾は、その復国から始まった経済発展に伴い顔を出し始めたのだった。
「はいみんな、ここに集まって下さーい、大丈夫よ、大丈夫」
外から爆音が聞こえ、地震のように床が揺れ、奇声が上がる中、がじゅまる幼稚園では、父母らも参加する催しが行われていた最中だった。
腹の底から湧き上がる恐怖感を懸命に抑え、保育士は園児たちを安全な場所へ避難させていた。
保育士たちの身体は、我が園児を守るためだけに動いていたが、頭の中は別の状況も過ぎっていてパニック状態であった。
というのは、この園児たちの兄や姉、妹、弟たちの多くは、外の遊具で遊んでいることを知っていたからだ。
「マーマー何があったの、僕、靴ないよ、怖いよ」
目に涙のダムを抱えていた雄二《ゆうじ》は、一人の園児の弟だった。
玄関前から母親に手を取られ人波に逆らわないよう無我夢中な母親の早足に誘われ、声を揺らして訴えた。
「雄二、靴は後でいい、早く逃げるよ」
雄二は母親のその声で、更に、恐怖を煽られ、兄への心配も襲いかかってきて、目元のダムが決壊した。
そうやって母親に手を引かれる前は外の遊具に魅せられて、知らない子供たちと強い日差しを浴びながら、目を輝かせていた。
たまたま尿意を感じ、屋内へ戻り、前以て教えてもらったトイレで用を足し、再び外へ出ようとしたところ、九官鳥に気を取られ、幼稚園という新たな世界に益々、心を奪われしまうのだ。
九官鳥が紅くなるほど、透き通った眼差しを送っていた時、雄二は異変を感じた。
外からの音、少し遠くからの音。それを耳にした直後、雄二の周囲は揺れ動いた。逆に、雄二は立ちすくむしかできないで、九官鳥は頭の中から飛び去っていき、首を左右に振って目で状況を伺うことしかできないでいた。何が起こったのか全くもって分からない時が、流れた。その時の長さなぞ計れるわけもなく。
気がつくと、母親に手を取られ、再びトイレへ向かったのだった。
トイレに着くと、雄二にとっての高窓から外へ脱出した。隣りのアパートの階段の踊り場だった。雄二の涙は、この場でやっと声が付いてきて、泣きじゃけるのだった。
雄二の父親が営む電気店兼自宅にたどり着いた。勿論、雄二の兄は健在である。
「パーパー怖かったよ、マーマーもにぃーにぃーもだいじょぶだからよかった」
「怖かったか、何もなくて良かったな、不発弾が爆発したみたいだな、工事現場で不発弾があるの分からんで、ショベルカーが叩いてしまったみたいだな、外で遊んでた子たちも怪我した子もいたみたいだな」
父親は、雄二が余計に怖がらないように簡単に、悲惨な事故を説明した。
この不発弾爆発事故は、祖国復帰後の大きな事故の一つとなった。今の世でも時折、テレビ局が放映する復帰特別番組に取り上げられるほどの事故だった。
「パーパー、僕、シッコしたかったから、中の便所にいって、その次、九官鳥見てたから、マーマーが助けにきてくれたよ」
雄二は父親の話を聞くと、強い安心感に包まれて、その時の状況を口遊むのであった。
雄二はいつになっても、不発弾処理のニュースを耳にすと、その時の言葉には表せない香りを目の奥に感じるのであった。
続
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